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採用内々定取消慰謝料等請求事件
- 事件の分類
- 採用内定取消
- 事件名
- 採用内々定取消慰謝料等請求事件
- 事件番号
- 福岡地裁 − 平成21年(ワ)第2166号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社RE社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年06月02日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部各棄却
- 事件の概要
- 被告は、不動産の売買、賃貸、斡旋、仲介及び管理を業とするいわゆるマンションデベロッパーであり、原告及び甲は、平成21年3月に大学を卒業する予定で、平成20年5月30日に被告から採用内々定通知を受けた者である。同通知は、被告の人事担当であるAの名義で作成され、その通知には、原告の採用を内々定したこと、同封の入社承諾書を提出して欲しいこと、正式な内定通知は平成20年10月1日を予定していることが記載されていた。
その後、アメリカ経済を始めとする経済状況の悪化が続くことから、被告は経営改善のための経費削減等を行うほか、平成20年5月頃には採用予定者を5名から3名に減らす事を決定したが、その時点では新卒者の採用取り止めは全く検討されていなかった。同年7月30日、Aは原告及び甲を事務所に呼んで管理部長Bも交えて話をした際、被告の経営状況が話題になったが、Bは既に着手していた夏季賞与カットや退職勧奨等には触れず、原告及び甲に対し、「うちは大丈夫」などと発言した。しかし、その後も経済状況の悪化が続き、いわゆるリーマン・ショックと呼ばれる世界的金融危機となったことから、被告は更なる経営改善策を迫られ、同年9月26日に至って、正式内定となれば取消しは困難になると考えて、同月30日、原告及び甲に対し、本件内々定取消通知書を送付した。原告及び甲は、内々定の段階であることは知っていたが、被告への就職を強く希望していたことなどから、入社承諾書を送付すると、他の企業への訪問等就職活動を中止するとともに、原告は採用内定通知を受けていた企業及び最終面接を受けていた企業にそれぞれ断りを入れていた。
甲は、平成21年1月頃、現在の就職先から内定通知を受け、同年4月から働き始めたが、原告は平成12年12月頃から就職活動を再開したものの、4月を過ぎても就労できない状態が続いた。なお、被告では、平成21年5月から、取締役報酬について1年間15%のカットが行われ、株主への配当も、前年度の1株当たり750円から100円に減額されている。
原告は、採用内定の法的性質は始期付解約権留保付労働契約の成立と解され、内々定は内定と区別されておらず、本件内々定によって、就労始期を平成21年4月1日とする解約権留保付労働契約が成立したから、その取消は解雇に当たるところ、本件内々定取消は整理解雇の4要件を満たさず、社会通念上相当と是認することはできず違法であるとして、信義則違反による不法行為に基づき、1年分の賃金相当額240万円、慰謝料100万円、就職活動費5万円、弁護士費用34万5000円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、110万円及びこれに対する平成20年10月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、これを3分し、その2を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件内々定によって労働契約が成立しているか
被告は、倫理憲章の存在等を理由として、平成20年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として、人事担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ、内々定後に具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続き等は行われておらず、被告が入社承諾書の提出を求めているものの、その内容は入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものではない。また、被告の人事担当者が、本件内々定当時、被告のために原告との間で労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない。更に、平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では、複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し、平成20年(平成21年入社)の就職活動も、当初は前年度と同様の状況であり、原告を含めて内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかったという事情もある。
したがって、本件内々定は、正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致)とは明らかにその性質を異にするものであって、正式な内定までの間、企業ができるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり、原告及び甲もそのこと自体は十分に認識していたのであるから、本件内々定によって、原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。
2 期待権侵害あるいは信義則違反の有無について
被告は、平成20年9月下旬に至るまで、被告の経営状態や経営環境の悪化にも拘わらず、新卒者採用を断念せず、原告及び甲の採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。したがって、原告が、被告から採用内定を得られること、ひいては被告に就労できることについて強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり、特に採用内定通知書交付の日程が定まり、その僅か数日前に至った段階では、被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は、法的保護に十分値する程度に高まっていたというべきである。
それにもかかわらず、被告は同月30日頃、突然、本件取消通知書を原告に送付して本件内定取消を行っているところ、本件取消通知書の内容は、建築基準法改正やサブプライムローン等複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し、来年度の新規学卒者の採用を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また原告からメールによる抗議を受けながら、原告に対して本件内々定取消の具体的説明を行うことはなく、原告に対し誠実な態度で対応したとは到底いい難い。加えて、被告は、経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも、なお原告及び甲の採用を推し進めてきたものであるところ、その採用内定の直前に至って上記方針を突然変更した具体的理由は明らかとはいい難い。特に取締役報酬カットの幅や株主への配当状況等に照らせば、被告はむしろ、経済状況が更に悪化するという一般的危機感のみから、原告及び甲への現実的な影響を十分考慮することなく、急いで本件内々定取消を行ったものと評価せざるを得ない。そうすると、被告の本件内々定取消は、労働契約締結過程における信義則に反し、原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから、被告は、原告が被告への採用を信頼したために被った損害について、これを賠償すべき責任を負うというべきである。
3 損害額について
期待権侵害に基づく損害賠償の対象は、被告への採用を信頼したために原告が被った損害に限られ、原告が被告に採用されれば得られたであろう利益を損害として請求することはできないと解される。原告が被告の内々定を受けて被告以外の内々定を断った当時においては、原告が入社承諾書を被告に送付したにすぎないから、原告の期待権は法的保護に値する程度に達していたとはいえず、他に本件内々定の取消しと相当因果関係を有する賃金相当の逸失利益を認めるに足りる証拠はない。
本件内々定からその取消しに至る経緯、特に本件内々定取消しの時期及び方法、その後の被告の説明及び対応状況、原告の就職活動の状況及び現在も就職先が決まっていないことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、原告が本件内々定取消しによって被った精神的損害を填補するための慰謝料は、100万円と認めるのが相当であり、弁護士費用は10万円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法1条2項、709条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2077号7頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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