判例データベース
警察不正経理内部告発等配転命令控訴事件
- 事件の分類
- 配置転換
- 事件名
- 警察不正経理内部告発等配転命令控訴事件
- 事件番号
- 高松高裁 − 平成19年(ネ)第312号
- 当事者
- 控訴人愛媛県
控訴人個人1名 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年09月30日
- 判決決定区分
- 控訴棄却(確定)
- 事件の概要
- 1 本件内々定によって労働契約が成立しているか
被告は、倫理憲章の存在等を理由として、平成20年10月1日付けで正式内定を行うことを前提として、人事担当者名で本件内々定通知をしたものであるところ、内々定後に具体的労働条件の提示、確認や入社に向けた手続き等は行われておらず、被告が入社承諾書の提出を求めているものの、その内容は入社を誓約したり、企業側の解約権留保を認めるなどというものではない。また、被告の人事担当者が、本件内々定当時、被告のために原告との間で労働契約を締結する権限を有していたことを裏付けるべき事情は見当たらない。更に、平成19年(平成20年4月入社)までの就職活動では、複数の企業から内々定のみならず内定を得る新卒者も存在し、平成20年(平成21年入社)の就職活動も、当初は前年度と同様の状況であり、原告を含めて内々定を受けながら就職活動を継続している新卒者も少なくなかったという事情もある。
したがって、本件内々定は、正式な内定(労働契約に関する確定的な意思の合致)とは明らかにその性質を異にするものであって、正式な内定までの間、企業ができるだけ囲い込んで、他の企業に流れることを防ごうとする事実上の活動の域を出るものではないというべきであり、原告及び甲もそのこと自体は十分に認識していたのであるから、本件内々定によって、原告主張のような始期付解約権留保付労働契約が成立したとはいえない。
2 期待権侵害あるいは信義則違反の有無について
被告は、平成20年9月下旬に至るまで、被告の経営状態や経営環境の悪化にも拘わらず、新卒者採用を断念せず、原告及び甲の採用を行うという一貫した態度を取っていたものといえる。したがって、原告が、被告から採用内定を得られること、ひいては被告に就労できることについて強い期待を抱いていたことはむしろ当然のことであり、特に採用内定通知書交付の日程が定まり、その僅か数日前に至った段階では、被告と原告との間で労働契約が確実に締結されるであろうとの原告の期待は、法的保護に十分値する程度に高まっていたというべきである。
それにもかかわらず、被告は同月30日頃、突然、本件取消通知書を原告に送付して本件内定取消を行っているところ、本件取消通知書の内容は、建築基準法改正やサブプライムローン等複合要因によって被告の経営環境は急速に悪化し、来年度の新規学卒者の採用を取り止めるなどという極めて簡単なものである。また原告からメールによる抗議を受けながら、原告に対して本件内々定取消の具体的説明を行うことはなく、原告に対し誠実な態度で対応したとは到底いい難い。加えて、被告は、経営状態や経営環境の悪化を十分認識しながらも、なお原告及び甲の採用を推し進めてきたものであるところ、その採用内定の直前に至って上記方針を突然変更した具体的理由は明らかとはいい難い。特に取締役報酬カットの幅や株主への配当状況等に照らせば、被告はむしろ、経済状況が更に悪化するという一般的危機感のみから、原告及び甲への現実的な影響を十分考慮することなく、急いで本件内々定取消を行ったものと評価せざるを得ない。そうすると、被告の本件内々定取消は、労働契約締結過程における信義則に反し、原告の上記期待利益を侵害するものとして不法行為を構成するから、被告は、原告が被告への採用を信頼したために被った損害について、これを賠償すべき責任を負うというべきである。
3 損害額について
期待権侵害に基づく損害賠償の対象は、被告への採用を信頼したために原告が被った損害に限られ、原告が被告に採用されれば得られたであろう利益を損害として請求することはできないと解される。原告が被告の内々定を受けて被告以外の内々定を断った当時においては、原告が入社承諾書を被告に送付したにすぎないから、原告の期待権は法的保護に値する程度に達していたとはいえず、他に本件内々定の取消しと相当因果関係を有する賃金相当の逸失利益を認めるに足りる証拠はない。
本件内々定からその取消しに至る経緯、特に本件内々定取消しの時期及び方法、その後の被告の説明及び対応状況、原告の就職活動の状況及び現在も就職先が決まっていないことなど、本件に現れた一切の事情を総合考慮すると、原告が本件内々定取消しによって被った精神的損害を填補するための慰謝料は、100万円と認めるのが相当であり、弁護士費用は10万円と認めるのが相当である。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 本件拳銃保管が違法か否か
拳銃規範が、管理責任者に拳銃の管理及び監督について広範な権限と責任を与えているのは、そもそも拳銃が人を殺傷する能力を有する強力な武器であって、日本においてはその所持は一般に禁止されており、警察官は、その職務を遂行するために、特に法令によってその所持が認められているものだからである。以上に照らせば、各警察官に拳銃を所持する権利があるなどとは到底認められず、拳銃の管理及び保管に関する責任者には、拳銃の保管に関して広範な裁量権が認められていると解すべきである。B課長は、平成17年1月19日夜の面談の際の被控訴人の思い残すことはないとか、長男の刑事事件を担当した捜査官を許すことはできないとか、興奮して思い詰めた様子で話をしていた状況に加え、翌20日の記者会見で「辞めるときは死ぬとき」などの発言を伝え聞いて、本件拳銃保管を行ったものであるところ、これらの事情からすれば、当時の被控訴人については精神的にいささか不安定と判断されてもやむを得ない言動があったと認められるから、拳銃の管理責任者であるB課長の本件拳銃保管の判断は相当であり、その裁量権を逸脱ないし濫用したものとはいえない。
2 本件配置換えが違法か否か
地方公務員法は、道府県警察本部長が、道府県警察における職員の任命、休職、免職及び懲戒等を行う権限を有すること(6条1項)、職員の職に欠員を生じた場合において任命権者は、採用、昇任、転任、降任のいずれかの方法により、職員を任命することができることを定める(17条1項)。
配置換えは、基本的には、組織構造、それぞれの職の職務内容、職員の個々の状態、能力、適性及び勤務実績等を総合的に勘案して高度に合目的、技術的見地からなされる裁量行為であるというべきであるが、特段の理由がない限りは定期異動など特定の時期に行われているのが通常であり、職員も合理的な理由や必要性がなければ勤務場所を変更されたり、職務の担当の変更を命じられることがないということについて合理的な期待を有するというべきであるから、特定の職員に対する嫌がらせや報復のためになされる場合はもちろんのこと、その必要性に関する判断に社会通念上著しく妥当性を欠くところがあるような場合は、違法となるというべきである。
本件配置換えは、現職の警察官である被控訴人により愛媛県内警察内部で裏金作りが行われていたことを内容とする本件記者会見が実施された僅か4日後に内示され、被控訴人の反発にもかかわらず、その2日後にその新たな配属先の部署の新設のための訓令の一部改正が行われ、その翌日辞令交付が行われたものであるが、その事務内容自体からしてこれを新設する緊急の必要性があるとは認め難いほか、被控訴人のこれまでの経歴や担当職務ともほとんど無縁であり、被控訴人がこの部署に適任とは考え難い上に、被控訴人の年齢や経歴等からしても、敢えてこの時期にこのような新たな職務を意に反してまで経験させる意味があるのか疑問であって、他にこのような配置換えをこの時期に行うことの必要性や合理性の存在を首肯させるような事情は証拠上見当たらない。以上によれば、本件配置換えは、職務上ないし人事上の必要性や合理性とは全く無関係に、本件記者会見に端を発して実施されたものというほかなく、配置換えの権限者であるB課長が敢えて本件配置換えに及んだ意図は、本件記者会見に至る経緯や本件記者会見の内容等に照らすと、捜査費不正支出問題に対する県警側の組織的対応とは別の行動をとった被控訴人に対する嫌がらせないし見せしめのためと推認されるところであり、明らかに社会通念上著しく妥当性を欠くものというべきである。したがって、本件配置換えは違法である。
3 勤勉手当減額が違法か否か
被控訴人の本件記者会見までの勤勉手当の評語はC(勤務成績良好)であったのに、本件記者会見後の平成17年6月、12月の勤勉手当の評語はC下となり、勤勉手当が減額となった。この勤務成績の評定は評定権者の広範な裁量権が認められるべきであるが、当該裁量権も全くの自由裁量ではなく、評定が社会通念に照らして著しく不合理であるような場合は、勤務成績の評定及びこれに伴う勤勉手当の減額は違法となり得るというべきである。控訴人は、被控訴人の勤務状況が劣っていたことから適正に判断したものであり、勤勉手当の評価は記者会見とは全く関係ない旨主張する。しかし、被控訴人の本来の業務及び懈怠部分の各具体的内容やその量等を裏付ける証拠は何ら提出されておらず、被控訴人の業務懈怠及びその範囲等を客観的に認定するに足りる的確な証拠は提出されていない。被控訴人の評語C下は「欠勤時間がある。勤務成績がやや良くない」に相当するとされているが、本件配置換えの後、被控訴人に欠勤時間があることを認めるに足りる証拠はなく、注意処分を受けた形跡もない上に、勤務成績がやや良くない旨の指摘は、その具体的な裏付けがなく、通常業務懈怠の場合にあって然るべき上司に対する報告は1回のみで他にあった形跡はなく、被控訴人に対する注意や処分もなされた形跡はない。
以上のような諸事情に加えて、本件配置換え自体が違法であり、被控訴人の意に反している上に、新部署が被控訴人のこれまでの経歴や担当職務ともほとんど無縁であり、被控訴人が適任とは考え難いことに加えて、被控訴人が平成17年2月10日には本件配置換え等を違法として本件訴訟を提起し、人事委員会に不服申立をしていた経緯のほか、被控訴人が県警側に対して勤務成績に関する評価の説明を求めても何ら回答がなかったことなどをも併せて考慮すると、被控訴人の成績の評定をCからC下に下げることは、社会通念上著しく不合理というべきである。したがって、上記勤勉手当の減額は違法というべきである。
4 損害額
本件配置換えの内容、これに至る経緯、特に職務上ないし人事上の必要性や合理性とは全く無関係に、本件記者会見に端を発して実施され、それが捜査費等不正支出問題に対する県警側の組織的対応とは別の行動をとった被控訴人に対する上司による嫌がらせないし見せしめと推認される事情のほか、その後の勤勉手当の減額、被控訴人の現職警察官としての立場、経歴等を併せ考慮すると、被控訴人の精神的苦痛は大きいものというべきであり、その慰謝料は100万円を下らないと認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 04:国家賠償法 1条,
- 収録文献(出典)
- 判例時報2031号44頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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