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内部告発等配転命令事件

事件の分類
その他
事件名
内部告発等配転命令事件
事件番号
東京地裁 − 平成20年(ワ)第4156号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
被告 個人3名 A、B、C
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年01月15日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は、デジタルカメラ、医療用内視鏡等の製造販売を主たる業とする株式会社であり、被告Aは被告会社の代表取締役、被告Bは原告の所属するIMS事業部事業部長、被告CはIMS事業部の1部門である販売部の部長で、原告がIMS企画営業部に異動になる前は原告の直属の上司だった者であり、原告は昭和60年1月から被告会社に正社員として勤務している者である。

原告は当初カメラの研究開発業務に従事したが、平成6年、希望して営業職に転換した。平成17年10月より、原告はIMS事業部に異動し、平成18年11月、IMS企画営業部のチームリーダーからONDTジャパンに異動しNDTシステムの営業を担当することになった。同年12月、被告会社の取引先であり特殊鋼の製造を業とするS社から被告会社の関連会社に従業員が入社したが、これについて原告は、S社の取締役から当該従業員と取引先の従業員と連絡を取らせないように言われるなどした。原告は、平成19年4月から、IMS事業部国内販売部NDTシステムグループにおいて営業販売業務の統括責任者として業務に従事していたところ、更にS社から2人目の転職者が予定されていることを知ったことから、被告Bに対し2人目の転職は止めるべきであると進言した。これに対し、被告Bと被告Cは口を出すなと叱責したほか、被告Bはその提言は大間違いだなどと原告に電子メールで返信し、原告の上司は被告Cであること、指揮命令系統を守るべきこと、S社とのことは被告Cに任せていることを伝えた。そのため原告は平成19年6月、被告会社のコンプライアンス室長らに対し、取引先からの引き抜きの件を説明し、第2、第3の引き抜きが発生する可能性も否定できず、顧客からの信用失墜を招くことを防ぎたい等と相談したが、そのことが被告B及び被告Cの知るところとなり、厳しく叱責された。同年8月18日、原告は具体的な異動希望として、IMS国内販売部NDTシステムグループと提出したが、同月年9月24日、同年10月1日付けでIMS事業部IMS企画営業部長付きへの配転(本件配転)の内示を受け、同日付けで当該ポストに異動となった。  

そこで原告は、被告会社は労働契約上適材適所の人事配置を義務付けられ、原告との間で当時所属していたIMS国内販売部NDTシステムグループにおいてキャリア形成を図ることが合意されていたとし、本件配転命令は労働契約の基本的部分を変更し、営業職から全く異なる職種への異動を命ずるものであるとして配転拒否を主張した。また原告は、公益通報保護法では公益通報をしたことを理由とする不利益取扱いを禁止していることから、被告会社は原告の社内通報を理由に不利益な取扱いをしない義務を負うにもかかわらず、本件配転命令は人選の合理性がなく、業務上の必要性もないのに、原告が被告B及び被告Cらの画策した引き抜き行為についてコンプライアンス室に通報したことに対する報復としてなされたものであって、原告に著しい不利益を加えるものであると主張し、被告会社に対し配転命令後の就労先で勤務する義務の不存在と不法行為に基づき、慰謝料876万円余を含む1000万円の損害賠償を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 配転命令の正当性

 使用者は業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務場所を決定することができるというべきであるが、転勤、特に転居を伴う転勤は、一般に、労働者の生活関係に少なからぬ影響を与えずにはおかないから、使用者の転勤命令権は無制約に行使することができるものではなく、これを濫用することの許されないことはいうまでもないところ、当該転勤命令につき業務上の必要性が存しない場合又は業務上の必要性が存する場合であっても、当該転勤命令が他の不当な動機・目的をもってなされたものであるとき若しくは労働者に対し通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき等、特段の事情の存する場合でない限りは、当該転勤命令は権利の濫用になるものではないというべきである。すなわち、配転命令は、配転の業務上の必要性とは別個の不当な動機や目的をもってなされた場合には、権利濫用となる。また、配転命令が、当該人員配置の変更を行う必要性と、その変更に当該労働者をあてるという人員選択の合理性に比し、その命令がもたらす労働者の職業上ないし生活上の不利益が不釣合いに大きい場合には権利濫用になる。そして、業務の必要性については、当該転勤先への異動が余人をもっては容易に替え難いといった高度の必要性に限定することは相当でなく、労働力の適正配置、業務の能率増進、労働者の能力開発、勤労意欲の高揚、業務運営の円滑化など企業の合理的運営に寄与する点が認められる限りは、業務上の必要性を肯定すべきである。

 原告は、本件配転命令は全く異なる職種への異動であると主張するが、被告会社におけるキャリアプラン自体は、原則的に労働者が作成するものであり、飽くまで人事部は、人事異動の際、労働者の希望にあった人事異動を実現できるよう尽力するにすぎない等、キャリアプランの記載自体を根拠に被告会社に労働契約上の義務を認めることはできない。したがって、原則どおり、被告会社においては、労働契約において職種が限定されていない限り、企業は、業務上の必要に応じ、その裁量により労働者の勤務内容を決定することができるものと解される。

2 本件配転命令により原告の被る不利益

 本件配転命令による勤務地に変更はなく、原告は本件配転命令の結果賞与が減少したと主張するが、その金額は平成19年4月から2年間で合計23万9100円にすぎない。また、原告に賃金の減額が伴う地位の降格があったと認定するに足りる証拠はない。そして、被告会社におけるキャリアプランを根拠に労働契約上の義務を認めることはできないから、これを理由に原告に不利益又は不合理性を認めることはできない。更に、原告は本件配転命令により、取引先や社内関係者との接触を断たれたと主張するが、本件配転命令にそのような内容は含まれておらず、理由がない。したがって、形式的客観的には、本件配転命令による原告に生ずる不利益は僅かなものである。

3 原告による被告A及びコンプライアンス室に対する通報内容及び被告らの認識内容

 平成19年6月11日、原告及びTは、O及びHに対し、S社からの引き抜きの件を説明し、S社からの引き抜きがまだ実行されるかも知れないし、顧客からの信頼失墜を招くことを防ぎたいと考えている等と相談したこと、同年7月9日、原告がOに対して送信した電子メールの内容は「業務及び人間関係両側面の正常化が狙いである事の軸は振れておりません」というものであったこと、同年8月29日原告が被告Aに送信した電子メールには、S社からの信頼を失墜したことなどが記載されていること、同年7月3日の本件回答は、「S社から担当者を採用したこと」などについて回答するものであったことを総合すれば、原告の通報は、S社従業員の転職による取引先からの信用失墜などビジネス関係の悪化及び事業部内での人間関係の悪化に関するものであったと被告会社は認識したと認められる。

 この点、原告は、不正競争防止法21条2項5号関連の共犯行為がまさに生じようとしたと思料していたとか、被告CがS社の営業秘密を不正使用、開示することを約束させて、2人目の転職を唆したと主張する。しかし原告は、平成19年8月29日の被告Aに対する電子メールでも不正競争防止法について言及していないばかりか、同年12月25日の内容証明郵便においても、不正競争防止法について全く言及していない。加えて、不正競争防止法2条6項によれば、「営業秘密」とは、「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないものをいう」とされる。しかるに、原告の主張によっても、検査ノウハウや特殊鋼生産上の「営業秘密」の内容は抽象的にすら明らかではない。原告の通報では、S社の従業員が被告会社に転職することによって、具体的に誰のどのような利益を損なうのか明らかでなく、現時点においてすら、被告会社に対しS社から従業員の転職について正式な抗議があったことを示す証拠は全くない。したがって、原告の被告B又は被告会社コンプライアンス室に対する通報内容については全く認識していなかったものと認められる。

 そして、被告会社にしてみれば、S社から従業員が転職することにより、直ちに営業秘密の漏洩が生じるというのは飛躍があり、本件配転命令による原告の不利益が僅かなものである点も考慮すれば、被告会社が原告の通報を理由に本件配転を命ずるとは考えにくい。また、S社からの転職に直接関与していなかった原告を配転させることにより、S社とのトラブルを収束させることになるとは考えられないし、このような抽象的な通報を理由に、被告会社が、コンプライアンス室に対する申告を制限したり、無化する目的を有していたとは到底考え難い。なお、同年4月16日、被告Bは、原告がS社からの2人目の採用は止めるべきであると言ったことに対し、被告Cにやり方は任せているなどと電子メールで述べているが、これは未決定の人事情報を慎重に扱うように指示したものであり、これをもって、直ちに不当違法な目的を推認することはできない。また、以上によれば、公益通報者保護法にいう「通報対象事実」に該当する通報があったものと認めることはできない。

 以上によれば、被告会社の本件配転命令について、違法不当な目的は認め難く、公益通報者保護法違反も成立しない。
適用法規・条文
02:民法 1条3項、709条、
99:その他 公益通報者保護法2条、5条、6条
収録文献(出典)
判例時報2073号137頁
その他特記事項
本件は控訴された。