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K電話局(電話交換手頸肩腕障害)事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- K電話局(電話交換手頸肩腕障害)事件
- 事件番号
- 津地裁 − 昭和51年(ワ)第71号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 電信電話公社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1978年03月31日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 原告(昭和8年生)は、昭和26年12月、被告の前身である電気通信省に入社し、K電報電話局の前身の電話局に電話交換手として配属されて以来、昭和47年4月の休業に至るまでの間一貫して電話交換業務に従事してきた女性である。原告の作業は、交換台に向かって椅子に腰掛け、前傾姿勢をとり、頭を上下左右に動かし、ランプの点滅を見て、コードをジャックに差し込み、ダイヤル操作、キーの切替え、交換証の記入、ヘッドホーンで客の声を聞いて対応するなどであり、上肢を頻繁に使用する作業であった。
原告は、昭和38、9年頃から頭痛、胃痛、目の疲れのほか肩凝りにも悩まされるようになり、毎年の健康診断の際に右下肢の痺れ、偏頭痛、心悸亢進症等を訴えたが、異常は発見されずにいたところ、昭和47年4月、左肩部・左腕疼痛等を訴えて通院・治療を受け、頸部捻挫により約10日間の加療を要するとの診断を受け休業した。また原告は、同年5月他の医師により、非常に重度の頸肩腕障害との診断を受けた。その後、昭和48年8月8日、原告は被告に対し、業務上災害認定の申請をし、被告指定の労災病院において他の申請者とともに受診した。原告は、昭和49年2月26日、同病院において受診し、頸肩腕症候群の所見はないと判断されたが、同年7月大学病院で受診したところ、頸肩腕障害と診断された。なお、原告は、本判決後の昭和53年10月に復職した。
原告は、被告は労働者の生命、健康を保護すべき義務を負っているところ、電話取扱件数が急増してもそれに対する適切な措置をとらず、極端な冷暖房による夏の寒さ、空気の汚れ、騒音等劣悪な職場環境を放置するなど、同義務違反があり、それによって原告は本件疾病に罹患したとして、被告に対し、慰謝料800万円、弁護士費用200万円を請求した。 - 主文
- 1 被告は、原告に対し、金120万円及び内金100万円に対する昭和51年5月27日から、内金20万円に対する本裁判確定の日の翌日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用はこれを10分し、その9を原告の、その余を被告の各負担とする。 - 判決要旨
- 1 頸肩腕症候群について
頸肩腕症候群については種々の医学的見解が発表されており、医学の専門分野ごとに種々の差異が存すると窺知できる。しかるところ、「キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について」と題する通達(昭和50.2.5基発59号)は一応標準的見解と考えて差し支えないと認められるが、右通達は、業務上災害の認定を行うに当たり、画一的かつ迅速に判定し、休業補償等を行う基準として出されたものであるから、本件のような損害賠償請求訴訟において業務と疾病との間の因果関係の有無を判断する場合には直ちに右通達の認定基準に拘束される筋合のものではなく、要するに、右の基準を参考にしながら、当該労働者の従事した業務内容、業務量、業務従事期間、作業環境、疾病の発生及びその症状の推移と業務との相関関係、当該労働者の肉体的条件、発症についての他の原因等を総合的に判断して、当該発症が医学的常識に照らし業務に起因するものと納得することができれば足りるものと解するのが相当である。
2 業務起因性について
原告の疾病は少なくとも昭和49年2月当時は主として加齢的変化による変形性頚椎症に起因していたと認めるのが相当である。しかしながら、原告の症状、とりわけ昭和49年2月頃以前のものについては、主として変形性頚椎症に起因しているものと認めるのは以下の諸点からみて相当でない。すなわち、原告の頚椎骨の変性変化は昭和47年4月当時には顕著なものではなかったものの、症状は悪化しており、これに対して昭和49年2月当時には頚椎骨の変性は進行しているにもかかわらず、症状はむしろ好転した状態にあったことが認められる。K医師の診断は、原告が病気休業となった昭和47年4月18日から約2年後になされたものである上、同医師は業務上外認定の精密検査の依頼を受けたとは認識しておらず、原告の既往歴を詳しく尋ねていないこと、循環障害の有無の詳しい検査もしていないこと、圧痛点について痛覚針等を使用して調べることはしていないことなどが認められ、原告に変形性頚椎症があったことの診断のほかに頸肩腕症候群がなかったと診断した点については厳密さを欠くものと推認される。
原告の勤務する熊野局における労働組合のアンケート結果によれば、原告と同一の電話交換手の中に原告と同一の症状を訴えるものが多数存在していたものと認められ、原告とほぼ同時期に入社し、電話交換手をしていた者ら4名は原告とほぼ同一の症状を訴え、いずれも被告により業務上の頸肩腕症候群と認定されている。
更に、熊野局では昭和42年から同48年にかけて加入者数も2倍以上になり、取扱件数も増加したのに対し、昭和47年に至るまで電話取扱要員は増員されず、昭和47年度に13名の新規採用者により初めて純増が図られた。その間昭和41年6月に設置された大型冷暖房機を巡り、冷気、換気、騒音等職場環境の改善について組合から要求が出されたが昭和45年以降までめぼしい改善策はとられず、昭和47年10月の団交において罹病者6名ありとして頸肩腕症候群対策が問題とされ、局においても検討する旨回答された。
以上の事実や原告の業務内容等を総合して考えれば、少なくとも原告の昭和47年4月前後から同49年2月頃までの症状は主として頸肩腕症候群によるもので、業務に起因して生じたものと認めるのが相当である。
3 被告の債務不履行責任
被告は、使用者として、労働基準法、労働安全衛生法及びその関連法規並びに労働契約の趣旨に基づき、その被用者に対し、その業務から発生しやすい疾病の発症ないしその増悪を防止すべき注意義務(安全配慮義務)を負っていると解されるところ、労働基準法、労災保険法等の法意に照らすと、被用者の疾病について業務起因性が肯認される以上、被用者の右疾病は特段の事情なき限り使用者側において右注意義務を充分尽くさなかったことによるものと推定するのが相当であり、右特段の事情の存在については使用者側においてこれを証明する責任を負うものと解すべきである。
しかるところ、被告は、既に昭和32年5月に健康管理規程を制定し、その事業場に即した健康管理の基準となるべき事項及び実施手続きを定め、その後改正を行って、健康管理所等の設置、職場における健康管理の実施、休憩室の設置など環境衛生に対する配慮を行ってきたこと、被告の行ってきた定期健康診断の内容としては、健康管理医が職員に対して、自覚症状等の問視診及び諸検査を行い、その結果、精密検診の実施又は専門医の診断、治療等の措置を講じてきたことが認められ、また原告に対する休暇についても、原告は年次有給休暇を比較的早期に全部を取得しており、生理休暇、病気休暇についても他の職員と同様に、又はより多く取得し、しかも病気休暇については診断書の不要な2日以内のものが多いことが認められる。
しかしながら他方、組合と被告との業務上疾病としての頸肩腕症候群に対する認識とこれに対する対応のズレなどを併せ考えると、右事実だけでは被告が原告ら電話取扱要員に対して適切な頸肩腕症候群予防対策を講じてきたものとは認め難い。以上によれば、結局特段の事情について立証されたものとはいえず、そうとすると、被告は原告に対する前記注意義務を怠ったというほかはないから、被告は前記疾病によって受けた損害を賠償する責任があるというべきである。
4 損 害
原告が頸肩腕症既往群に罹患し、また昭和47年4月以降長期間の療養生活により種々の身体的・精神的苦痛を受けたことは想像に難くないが、原告の症状のうち、少なくとも昭和49年2月以後におけるものの多くは加齢的変化に基づく変形性頚椎症に起因するもので、これについては本人の体質的要素の占める比重が大きいと認められること、被告は原告に対し、特別措置を適用して一般私傷病罹患者より有利な取扱いをしていると認められること、症状に応じた勤務軽減も行ってきていると認められること、本訴が内部規程に則った再審査請求の方途を取り得るにもかかわらず敢えてこれによらずして提起されたものであることその他記録に現れた諸般の事情を総合すると、慰謝料は金100万円とするのが相当であり、弁護士費用は金20万円をもって相当と認める。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働法律旬報1072号62頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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