判例データベース
電話器絶縁試験作業員頸腕症候群事件
- 事件の分類
- 職業性疾病
- 事件名
- 電話器絶縁試験作業員頸腕症候群事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 昭和48年(ワ)第359号
- 当事者
- 原告個人1名
被告株式会社D電機製作所 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1975年01月01日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は電話器等の通信機製作を主たる業務とする株式会社であり、原告は昭和45年10月被告に入社した女性である。
原告は、入社当時、カセットテープを一定の長さにハサミで切断する単純動作を反復する作業に従事していたところ、1年足らずで、稀にではあるが両肩が痛くなった。原告は、昭和47年3月から第二製造課に配転され、留守番電話器の検査をするようになったが、これは、できあがった3.5kgないし4kgの電話器を棚から持ち上げて机の上に移し、外観検査をし、留守番テープの完成の有無を調べ、ボタンを押す動作をしながら検査した後、棚の上に戻す作業で、1日につき300台位行われ、棚が高いので作業中、机の上に移したり机の上から戻すときには立って行わなければならなかった。原告は、同年5月から第一製造課に配転され、T104電話器の検査に従事するようになったが、これは、ベルトコンベアで流れて来る出来上がった電話器を両手で持ち上げ、振動検査機の上に乗せて一定時間機械で振動させた後、持ち上げて机上に移し、傷、汚れの有無等を調べたり、ダイヤルの検査をするものであった。
原告は、同年8月頃から、前記検査業務によって右肩が痛むようになり、作業の向きを変えたところ今度は左肩が痛くなったことから、診察を受け、神経痛と診断され、注射と赤外線照射の治療を受けたが痛みは取れなかった。原告は、同年9月18日から整形外科に通院し、症状が軽快したが、その後作業方法の変更のため右肩に痛みを感じるようになり、通院治療したが効果がなく、同年10月30日から11月10日まで欠勤して休養し、痛みが軽快したため職場復帰したが、その直後から再び右肩の痛みが増し、再度同年11月20日から翌48年1月9日まで欠勤し休養し、その間に「頸肩腕症候群」の診断を受けた。この休養によって右肩痛は軽快し、事務補助作業の後、同年1月16日から受け付け事務に従事するようになり、症状はかなり好転したが、その後も依然として右肩の痛みと腕のだるさが残り、同年3月7日、「右頸肩腕症候群」の診断を受けた。原告は、昭和49年4月15日から8月12日まで通院し治療を受け、同年7月15日「頸腕症候群」の診断を受けて1週間欠勤し休養したところ、さほど痛みを感じなくなった。
原告は、前記疾病は業務に起因することは明らかであり、被告には安全保護義務違反及び不法行為の責任があるとして、慰謝料125万円を含む総額130万円余の損害賠償を請求した。 - 主文
- 被告は原告に対し、金12万6996円及びこれに対する昭和48年2月3日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、これを10分しその9を原告の、その1を被告の各負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因性
昭和30年頃からキーパンチャー等を中心に腱、腱鞘の障害が発生し、労働省では、昭和39年9月16日「キーパンチャー等の手指を中心とした疾病の業務上外の認定基準について」と題する通達(基発第1085号)を出して職業病認定の問題を処理していたが、その後他の職種にも同種の障害が拡大し、症状も手指だけでなく頸肩にも及ぶことが明らかとなり、労働省労働基準局長は、昭和44年10月29日付通達(基発723号)「キーパンチャー等手指作業に基づく疾病の業務上外の認定基準について」を発し、次いで昭和50年2月5日付通達(基発第59号)「頸肩腕障害に関する業務上外認定基準について」を発し、これをもってその認定基準としている。
右通達によれば、頸肩腕症候群の認定の要件としては、(1)作業態様が打鍵その他上肢を保持して行う作業を主とする業務で、(2)作業従事期間が相当期間(6ヶ月程度以上)継続し、(3)業務量が他の者より相対的に過重か又は業務量に大きな波があること、(4)症状としては、所定部位に凝り、しびれ、痛み等相当強度の病訴があり、そこに病的圧痛等の他覚的所見が認められるような、いわゆる頸肩腕症候群の症状を呈すること、(5)それらが、素因や基礎疾病等当該業務以外の原因によるものでないと認められ、かつ業務の継続による症状の持続又は増悪の傾向のあること。なお、3ヶ月程度適切な療養を行っても症状が消退しない場合は他の疾病を疑う必要がある。また症状は、専門医の所見を主に判断すること。業務上の認定に当たっては、右の業務負担からみて、その発症が医学常識上業務に起因するものと認められるものであることというのである。当裁判所も、原告の疾病の業務起因性を判断するには、右通達の基準を採るのが相当と考える。
原告の症状は頸肩腕症候群であり、原告の作業歴等からみて、業務起因性は否定できないとされている。医師の労働基準監督署長宛の意見書によれば、「原告の業務内容は、上肢、肩甲帯に著しい負荷が加わるもので、特に上腕二頭筋、大肢筋、肩甲帯諸筋は過使用される考えられるところ、原告の自覚症状や他覚所見もこれに一致していると思われ、また作業の疎密に関連して症状も軽快、増悪の傾向をみる。業務以外にこれに匹敵する身体的活動をしておらず、本症状を引き起こすと思われる基礎疾患があるとは考えにくい。以上の点より本症は業務と関連すると考える」というのであり、前記通達の基準にほぼ適合すると認められる。なお、原告の筋肉は同年代の女性と比較して検査の結果弱いことはないが、もともと個体によってストレスに対する反応は異なるのであって、右に過使用というのはその個体についてみれば過度というのであって、一般平均人から見れば充分耐え得る程度であっても、本人にとっては過度となり得るというのであり、本症の症状は長期に持続するもので、作業量を極端に減らすと軽くなり、表面的な症状は消えたかに見えるが、本症には心因的要素も少なからずあることも手伝って、通常人と同程度あるいは通常人より少な目くらいの作業量を与えると直ぐに症状が再発することがあるというのであるから、原告の本件症状はその業務に起因するものと認めるのが相当である。
2 被告の責任
被告が、使用者として、労働法、労働安全衛生規則等の趣旨に基づき、その被用者の健康安全に適切な措置を講じ、職業性の疾病の発症ないしその増悪を防止すべき安全配慮義務を負うことは、被告においても自認するところであるが、労働基準法、労働者災害補償保険法等の法意に鑑み、労働者の疾病につき業務起因性が肯定される以上、特段の事情がない限り、使用者側に右安全配慮義務の不遵守があったものと推定され、これを争う使用者の方で特段の事情を立証する責任を負うものと解すべきである。
被告は毎年2回の定期健康診断を実施してきたほか、週休2日制を採用し、週40時間労働とし、休憩時間を午前10時から7分間、12時から45分間、午後3時から7分間それぞれ設ける等、その職員の健康管理にかなり慎重な配慮を尽くしてきた事実が認められるけれども、その業務に起因して原告に前示疾病が発生していることからみれば、右の事実のみでは未だ被告がベルトコンベア作業に従事する個々の従業員に対し十全の職業病予防対策を講じてきたとは言い難いし、被告としては、原告発病後、原告の症状につき誠実に対処したことは認められるが、これをもってしても発病及び増悪の予防に十全の措置を尽くしたとは未だ認め難い。そうすれば、被告は原告が本件疾病によって受けた損害を賠償する責任がある。
3 原告の損害
労災保険による給付額を差し引いた原告が受けるべき休業損害は3、876円、通院費は3、120円となる。原告は、昭和49年8月12日をもって医者通いを止めており、現在日常生活に支障のない程度に回復していると認められるほか、原告の症状は最も程度の悪い時でも日常生活で起こる肩凝りに似た程度のものであることが認められる。のみならず、被告は、原告が昭和47年8月頃診断を受けた後仕事の変更を求めた際は、僅か1日後にT104電話器の配線作業に変更し、また同年11月13日の欠勤明け後の原告に対しては軽作業であるダイヤル検査の仕事を与え、しかもパートタイマー1名を補助につけて原告の負担軽減を図り、更に翌年1月10日の欠勤明け後は暫時事務補助の業務を与えた後受付け業務に従事させたほか、重量物があるときは同僚を付き添わせる等注意深く誠実に対処している。また、基礎疾患がなく局部の痛みのみがあるという本件の如き疾病では、患者自らがその痛みを訴えなければ、他からはその苦痛を窺い知ることは出来ないものであるところ、原告は病院に通い始めるまでは職制に対し仕事が辛いと訴えるとか、自己の症状を報告するとかの手段を講じることなく時日を経過し、病院へ通院し始めた後もその事実を会社に申告しないでいたこと等により、自ら症状増悪の防止のために適切、十分の措置に出ていないことが看取されるから、その責任の全てを被告だけに負わせることは妥当でなく、原告にも一半の責任がある。原告の頸肩腕症候群は完治すれば再発はないと認められ、原告には十分に完治の可能性が認められるので、慰藉料の算定につき後遺症のおそれを勘案する必要はないものと認める。以上の事実をすべて総合すると、本件慰藉料としては金10万円が相当であり、弁護料は金2万円を相当と認める。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、418条、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 判例時報819号93頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|