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福岡(キーパンチャー)頸腕症候群事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
福岡(キーパンチャー)頸腕症候群事件
事件番号
福岡地裁小倉支部 − 昭和46年(ワ)第603号
当事者
原告個人1名

被告S製鉄化学工業株式会社
業種
製造業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1979年01月29日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
 被告はコークス製造及び販売等を業とする会社であり、原告は高校卒業後の昭和37年4月被告に入社し、6ヶ月の訓練期間を経て、戸畑製造所総務課でキーパンチャーとして勤務していた女性である。

 昭和38年5月、戸畑製造所に電子計算機が設置され、それに伴いパンチ量も大幅に増加し、キーパンチャー1人当たりの1日平均タッチ数は、従来の1600ないし2000程度から6500程度になったほか、特別の冷房が施され、室温が20度前後に保たれるようになった。こうした中、原告は同年5月頃手指の痛み、頭痛を感じるようになり、冷房の時期になると両手指に針で刺すような痛みを感じるようになった。

 昭和39年3月以降、事務が順次機械化されるとともにキーパンチャーの仕事量も増加し、同年8月からは1日平均タッチ数は1万6000ないし3万8000程度になり、残業も毎月10時間を超えることがほとんどとなった。原告は、同年3月頃には痛みが拡がって両腕、腰の鈍痛が生じ、時折身体中を電撃様の痛みが走ることがあり、受診したが異常なしとの診断を受けた。しかしその後も症状は好転せず、同年10月ころは食欲不振、嘔吐が著しく、体重が激減し、昭和40年9月頃には食欲不振、立ちくらみ、生理不順があった。昭和40年11月から昭和41年5月にかけてキーパンチャー3名が配転や退職となり、その都度欠員補充はされたものの古参である原告らの負担は大きくなり、原告の残業時間は同年4月29時間、5月32時間を超え、月末月初には1日のタッチ数は4万をかなり超えることがあった。こうした中、原告の各種症状は悪化し、同年5月頃には両手指のうずき、左肩付け根の激しい痛み、指先から肘にかけての電撃様の痛み、肘の熱感があり、整形外科で受診したところ、職業病との診断を受けたので、残業を免除してもらったが、症状が改善しなかったため、同年6月7日から欠勤した。原告は、医師からあと1年位は治療を続けた方が良いとの助言を受けたが、被告は原告の疾病を業務上のものと認めていないため、昭和42年12月6日をもって休職期間が満了して退職となることから、これを避けるため、治療を中断して同日に職場復帰した。

復職後、原告は配転になり、特段の仕事は与えられず、2ヶ月後から書類の郵送、社内預金業務の補助、社宅修理費用の支払要求書の作成、勤務カードの整理等の軽作業に従事したが、昭和43年夏冷房の時期になると症状は悪化し、特に左半身の痛み、しびれがひどく、そのため鍼、マッサージの治療を受けた。しかし、同年10月頃になると最も症状が重かった昭和41年4、5月頃の症状と同じ状況にぶり返したため、同年11月2日から再び欠勤するに至った。

 原告は、前記疾病を業務上のものと主張したが、被告はこれを私傷病として扱い、就業規則の「業務外の傷病による欠勤が引き続き6ヶ月を越えたとき」には休職とすることがある旨の規定により昭和44年5月2日原告に対し休職を命じ、更に昭和45年5月1日、休職期間が満了したとして、退職扱いとした。これに対し原告は、自己の疾病は職業性頸肩腕症候群で、業務に起因するものであるから、本件退職扱いは無効であるとして、地位確認と賃金の支払いを請求した。
主文
原告が被告に対し雇用契約上の地位を有することを確認する。

 被告は原告に対し334万2000円及び昭和53年11月21日以降1日につき金1000円の割合による金員を支払え。

 訴訟費用は被告の負担とする。

 本判決の第2項は仮に執行することができる。
判決要旨
 頸肩腕症候群とは各種症状を総称したものにすぎず、右症状を呈する原因疾患としてはキーパンチ業務等に従事したことから生じる疾患以外にも数多く考えられるのであって、従業員の頸肩腕症候群が業務に起因して生じたものといえるためには、業務に起因して生ずる頸腕症候群の病理機序もある程度明らかにされているのであるから、特に別の原因疾病が明らかでない限り、症状の部位、程度、従業員の従事した作業内容及び作業環境、これと症状の推移との相関関係、作業従事期間等からみて当該疾患の症状発生が医学常識上業務に起因して生じたものとして納得し得るものであり、かつ医学上療養を必要とする場合には、これを業務上のものとして取り扱うべきものと解するのが相当である。

 昭和38年5月電子計算機が設置されて以降事務の機械化が進み、それとともにキーパンチ業務が著しく増大していったこと、特に昭和40年秋以降のキーパンチャーの業務量の増加は著しく、原告の業務量は忙しい時期には1日のタッチ数が4万をかなり越え、休憩も取れないことが多く、各月の残業時間も12時間を超え、32時間に達したこともあるという状態になったこと、労働省労働基準局長昭和39年9月22日通達(基発第1106号)「キーパンチャーの作業管理基準」が、穿孔作業時間は60分を超えず、作業間に10ないし15分の休憩を与え、1日のタッチ数も4万を超えないようにすることを定めていることに照らすと、当時の原告の作業量はかなり大きなものであったといえる。その上原告はキーパンチャーとして最古参になっていたからその責任も大きかったこと、復職後はキーパンチ業務から外されて過重ではない一般事務に従事したが、札勘定、そろばん入れ等手指を使う業務があったことが認められ、また、原告の症状と作業内容との関係については、キーパンチ作業の量が増加するとともに症状は悪化し、冷房の時期には特に悪化する傾向にあったこと、昭和40年秋以降原告の仕事及び責任の負担が増加した時期に原告の症状も著しく悪化し、業務から離れて治療しているうちに症状は全体として軽快に向かっていたこと、しかし、復職後再び欠勤前と同様な症状が発生し始め、冷房の時期を境にしてそれが著しく悪化したが、2回目の欠勤後6ヶ月位してから再び軽快に向かったことが認められる。

 結局、原告の作業内容、作業環境、症状の内容及びその推移と作業内容との相関系が前示のとおりであること、原告の疾病について各医師が業務に起因した頸肩腕症候群と認定していることを考え合わせ、更に業務に起因して生じた頸肩腕症候群は一進一退の経過を辿りながら回復していくのが通例であり、軽快したと判断されても、手指を使う作業に従事したり、冷房等の刺激に合うとたちまち症状が再燃することが多いことを考慮すると、原告はキーパンチ業務に従事したことにより昭和38年8月頃に業務に起因して生じる頸肩腕症候群に罹患し、症状は次第に悪化していって昭和41年6月に第1回目の欠勤に入ったこと、その後の加療により症状は軽快に向かっていたが、休職期間満了により退職となることを避けるため治癒するに至らないまま復職し、そのため復職後はキーパンチ業務から離れたが、やはり手指を使う作業に従事し、冷房等の影響もあって症状が再燃し、第1回目の欠勤当時と同様の症状になって再び欠勤するに至ったと認めるのが相当である。

 被告就業規則においては、「業務上負傷し、又は疾病にかかり……休業したとき」は欠勤として取り扱わない等の規定が存するが、原告は第1回目の欠勤に入った昭和41年6月7日までその健康障害について上司に申し出ていないこと、欠勤後に被告は業務上疾病の疑いがあれば、被告指定の専門医の診察を受けるよう再三にわたり勧めたところ、原告は一旦は受診したものの途中で診察を拒否しており、自己の選択した医師の治療を受け、復職時に自己の症状について正確に申告せず、復職後も自己の症状の悪化について上司に何ら申し出を行わず第2回目の欠勤に入ったこと、欠勤後原告は被告に何らの相談もなく労働基準監督署に療養補償給付申請をしていることが認められる。そして、原告が病欠に至る直前までその病状について上司に申し出ていないのは、就業規則の規定に違反している。しかし、欠勤の特例を認めた就業規則の規定は、会社指定の医師の診察や療養を受けることを従業員に義務付けているとは到底解することができないし、原告が自己の症状について速やかに上司に申し出なかったのは、当時自己の症状の原因が必ずしも明らかでなく、男性従業員から「痛いと思うから痛くなるのだ」と言われたり、部長から「仕事をして体が痛いのは日頃の行いが悪いからだ」という趣旨のことを言われるなど、上司に症状を申し出る雰囲気ではなかったためであること、その後職業病の診断を受けたときにはその旨上司に申し出ていること、復職後は勤務時間中に通院をしたい旨申し出、他の従業員より休暇を多く取って勤務を続けていること、第1回目の病欠に入ってから被告指定の病院で受診したが、異常がないと言われて治療してもらえなかった上、「男の人に手を握ってもらえば治る」などと言われて不信感を抱いたことなどが認められ、原告が上司にその症状を申し出なかったことにはやむを得ない事情があったといえる。したがって、就業中の発病について上司への申出義務を定めている就業規則の規定に違反し、原告が被告の指定する病院で受診することを拒否する事実があったからといって、原告が被告に対し自己の疾病が業務上のものと主張することが信義に反するということはできない。そうすると、被告が就業規則の規定により第2回目の欠勤の日から6ヶ月を経過した日に原告に対して休職を命じ、それから1年経過した昭和45年5月1日に休職期間が満了したとして同日以降原告を退職したものとして取り扱っているのは、就業規則の適用を誤っているから、原告は依然として雇用契約上の地位を有するというべきである。
適用法規・条文
07:労働基準法19条
収録文献(出典)
判例時報930号101頁
その他特記事項