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労働組合事務職員頸腕症事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
労働組合事務職員頸腕症事件
事件番号
東京地裁 - 昭和54年(ワ)第4169号
当事者
原告 個人1名
被告 電気通信労働組合
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1990年09月19日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、電気通信産業労働者で構成される労働組合で、原告は昭和44年9月に被告との間に労働契約を締結し、被告東京地方本部東京港支部(港支部)の書記として勤務してきた。

 原告は、昭和46年4月中旬頃までは主として共済業務、同月下旬以降は主として会計業務を担当していたが、この頃から、頸、腕、肩等の痛みが持続するようになり、診察を受けたところ、頸肩腕症候群で週2回2ヶ月間の通院が必要と診断され、約2〜3ヶ月通院したところ症状が軽減したため通院を中止した。その後原告は、昭和48年10月頃になって、頸、背中、腰等の痛みや手のしびれや震えの症状が現れたため、再び通院するようになり、昭和49年4月1日、頸肩腕症候群、腰痛症で週2回の通院を要するとの診断を受けた。そこで原告は、同月22日から27日まで病気休暇、同年5月7、8日に各半日の病気休暇を取得し、翌9日から同年8月6日まで継続して病気休暇を取得した。そして、翌7日から昭和50年8月2日まで短時間勤務を行ったが、症状が悪化したため、同月4日から15日まで病気休暇を取得した後、同月18日以降継続して病気休暇を取得した。

原告の昭和46年1月から4月までの時間外勤務は、1月(1日2時間)、2月(3日計4時間)、3月(3日計5時間半)、4月(4日計6時間)であった。また、原告の頸腕症の症状が再度悪化した昭和48年10月直前には、同年5月下旬以降、会計検査、決算等に伴う関係書類の印刷作業等の業務、合理化反対運動、春闘、総合文化祭、組織強化会議、スポーツ大会、青年合宿訓練、港支部委員会等に伴う支払業務等を行い、時間外労働の状況は、昭和47年9月(3日計5時間)、11月(2日計4時間)、昭和48年1月(2日計5時間半)、2月(2日計5時間半)、5月(6日計17時間半=休日出勤1日を含む)、6月(3日計13時間15分=休日出勤1日を含む)、8月(3日計4時間20分)、9月(2日計2時間10分)、10月(5日計8時間)であった。

 原告は、頸腕症のため昭和50年8月以降休業していたが、被告はこれを業務外の疾病であるとし、昭和50年8月18日から同51年8月17日まで引き続き1年間病気休暇を取得したため、服務規程及び細則に基づき、同年8月18日付けで原告を病気休職の扱いとして基本給を減額し、細則の規定に従い、1年後の昭和52年8月18日以降原告を無給とした。この間、原告は症状が軽快したとして、医師の診断書を得て、昭和52年8月5日、港支部委員長及び書記長に対し、「勤務可能であるが作業時間及び内容の軽減を要し、症状増悪の場合は療養を要する」旨の診断書を提出して復職を申し出たところ、書記長は同診断書では原告の回復の度合いが不明であるとして、推薦する医師の診察を勧めたが、原告はそれらの医師は信頼できないとして拒否した。その後医師の診断を巡って、原告・被告双方の代理人で話合いを行ったが解決せず、被告は3年間の病気休職期間満了を理由として、昭和54年8月17日をもって原告を解雇した。

 これに対し原告は、(1)原告の頸腕症は、その過重な業務と劣悪な作業環境に起因するものであるから業務上の疾病であり、病気休暇の制限、病気休職への移行、休職期間満了による解雇は許されないこと、(2)仮に原告の疾病が業務上のものでないとしても、原告は復職を申し入れたから解雇は無効であること、(3)仮に原告の疾病業務上のものでないとしても、休職及び解雇の処分は恣意的で、かつ被解雇者に対する手段を尽くしていないこと等から無効であることを主張し、被告職員としての地位の確認と、累積未払賃金2042万0804円、医療費200万円、慰謝料500万円、弁護士費用300万円を請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 疾病と業務との間の相当因果関係の存否

 労働省労働基準局長は、労災保険における業務上外認定基準として昭和50年2月5日付けで「キーパンチャー等上肢作業にもとづく疾病の業務上外の認定基準について」と題する通達を発しており、同通達によれば、頸腕症が業務上のものとされるためには、当該労働者が、上肢の動的筋労作又は上肢の静的筋労作を主とする業務に相当期間継続して従事したことが必要とされていることが認められる。同通達の認定基準は疾病と業務との相当因果関係の判断についても斟酌することが相当であるが、原告の従事した業務は、伝票の作成、記帳等の書字作業のほか、電話応対、印刷、コピー作成、会議出席、お茶汲み、銀行への外出等の種々の雑務がある、いわゆる混合作業であって、右通達を基準とすれば、原告の頸腕症と業務との間に因果関係を認めることはできない。

 原告が昭和44年9月から同46年4月中旬頃まで担当していた共済事務については、ボールペンによる複写作業の量は、1日の分量にすると、最も多い3月が10数枚程度、他の月は2〜3枚程度であり、バイデキスからの個人原票の出し入れの作業は1日10数回程度、輸血センター採血業務の立会補助は年2、3回であって、上肢の筋労作を伴う作業の業務量はむしろ少ないといえ、それ以外の業務を考えても業務量が全体として過重であるとは認め難い。原告が昭和46年4月下旬頃から同49年4月まで担当していた会計業務については、伝票が1日平均6、7枚位、記帳が1日平均11行程度であり、伝票の作成については、これに伴い証拠書類の作成をしなければならなかったにしても、原告がその全てを作成したわけではなく、その作成枚数もさほど多いとは考えられないから、全体の業務量も過重であるということはできない。

 原告の頸腕症の発症直前頃の業務量は、共済業務及び会計業務に春闘及び選挙支援に伴う業務が加わっていたが、その業務量は不明であり、通常の会計業務に暫定予算の決算、会計検査、諸行事に伴う支払業務が加わっているものの、これによって会計業務が著しく過重になったとまでは認めることはできない。港支部書記局の部屋の環境は、特に夏期に冷房が効き過ぎ、原告がこれに悩まされており、足下の暖房が不十分であった。それがどの程度頸腕症に影響を与えたかは明らかでないが、右冷暖房の状況が頸腕症と関連を有することを否定できないものと認められる。また、原告は、昭和49年4月下旬から同年8月初めまで病気休暇を取り、その後約1年間の軽減勤務の後、再び病気休暇を取り、更に病気休職となったのであるが、このように業務を離れても原告の頸腕症はその症状が軽快していない。

 以上の諸事情を総合判断すると、原告の頸腕症の発症及び悪化につき、港支部において業務に従事したことが何らかの関連を有することは否定できない。しかしながら、原告の業務内容及びその量に照らすとともに、原告が低血圧症、貧血症に罹患しており、業務を離れて長期間が経過しても症状が軽快しないこと、頸腕症の発症については、医学的に必ずしも十分に解明されておらず、一般に身体的、精神的資質ないし因子や日常生活上の諸要因など、様々な原因が絡み合って発症に至ると考えられていること等を併せ考えると、原告の業務及び職場環境がその頸腕症の相対的に有力な原因であったとまで認定することはできず、職場環境中冷暖房に前記のような問題があったこと、共済事務を担当していた同僚の頸腕症の発症の事実を考慮しても、なおこの判断を左右することはできず、原告の頸腕症と業務との間に相当因果関係は認められないというべきである。

2 安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく被告の責任

 原告の頸腕症の発症と業務との間には相当因果関係を認めることはできないから、原告の頸腕症の発症自体につき原告に安全配慮義務違反があるということはできず、不法行為上の責任も認められない。

3 復職申出及び解雇の効力

 被告は、原告からの昭和52年8月5日の診断書を提出しての復職の申し出に対し、直ちに復職を認めず、原告の頸腕症が就労可能な程度に回復し休職事由が消滅したか否かを確かめるために被告の指定する医師の診断を受けるよう再三原告に求めたが、原告がこれを拒否したため、休職事由の消滅が確認されなかったものである。これによれば、指定医の診断を受ける旨の協定に従う慣行があるから、原告としては正当な理由がない限り被告の受診要求に応じるべきであったのであり、これを拒否した以上、被告がその復職を認めなかったことを不当とすることはできないと解すべきである。

 原告は、被告が受診を要求した医師が、頸腕症の業務起因性をあいまいにする答申の作成に参加した者であることを挙げるが、被告は同医師の受診に固執せず、他の医師を指定しても良い旨申し出ていたのであるから、被告が当初指定した医師が同答申に関与していたことをもって受診を拒否するのは筋違いといわざるを得ない。また、原告は、被告及び当該医師から納得するに足りる説明を得られなかったと主張するが、被告及びその指定した医師は原告の要求に応じて相応の説明はしているのであって、右説明に納得しないからといって受診を拒絶することが許されるとはいえない。そうすると、原告の復職の主張は理由がない。

 原告は、被告が原告の復職申し出に対し、当初軽減勤務の制度が存在することを当然の前提としながら、その後軽減勤務の存在を否定し完全に回復しなければ復職を認めないとし、受診要求の根拠規定が変化する等、被告の復職拒否の理由が変遷したことを解雇の無効事由の1つとする。しかし、受診要求の根拠規定の説明が当初行われず、その後の根拠規定の説明も変化したことはあるが、被告は原告に対し就労可能な程度に回復したかどうかを確かめるために医師の受診を求める旨一貫して原告に説明しており、軽減勤務の存在を否定したこと及び完全に回復しなければ復職させないと述べたことを認めるに足りる証拠はない。

 原告は、本件協約が休職の発令及び復職の両者について健康管理医の認定を要求しているのに、被告は復職の場合にのみその手続きを要求し、原告が右協約に定められているとおり診断書を提出しても受け取りを拒んだことを非難するが、原告主張の事実は解雇の効力を左右するものではないというべきである。原告は、協約は休職事由消滅の判断を医師の診断書に基づき行う旨規定しているから、被告は原告が提出した診断書を健康管理医に提示して意見を求めなければならないのに、右意見聴取を昭和53年に至るまで行っていないと主張する。被告が原告提出の診断書を健康管理医に見せて意見を聴取したのは、確かに昭和53年に入ってからではあるが、被告は、原告が従前、頸腕症により病気休暇を繰り返していたため、再度そのようなことが繰り返されるおそれがあるとの判断から、復職交渉の当初の段階から原告に対し受診を要求していたのであるから、原告が右意見聴取手続きを当初行っていなかったからといって、本件解雇の効力には影響しないと解すべきである。

 原告は、本件解雇につき、服務規程の定める当該執行委員会の発議及び中央委員会の議決の手続きを履践していない瑕疵があると主張するところ、原告の解雇の決定に関する被告内部の手続きの具体的経過を示す証拠はない。しかし、被告の中央委員会が原告の解雇を決定したことが認められるから、同委員会の議決の存在を推認することができ、港支部執行委員会の発議の点についても、同支部から被告の中央執行委員会に本件についての連絡、協議がされていることを推認することができるから、仮に正式な発議という形式がとられていなくとも、それは本件解雇を不当とする瑕疵ではないと解される。更に原告は、服務規程及び細則が就業規則の性質を有するところ、被告は右各規定の作成に当たって労働基準法90条1項に定める意見の聴取及び同法89条1項に定める行政官庁への届出手続きを怠ったから、右規定は無効であると主張するが、仮に被告において右手続きを怠った事実があったとしても、そのことは各規定の効力には影響を及ぼさないと解すべきである。
適用法規・条文
02:民法415条、07:労働基準法19条、75条、89条1項、90条1項
収録文献(出典)
判例タイムズ759号205頁
その他特記事項
本件は控訴された。