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老人ホーム介護ヘルパー手関節捻挫事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
老人ホーム介護ヘルパー手関節捻挫事件
事件番号
千葉地裁木更津支部 - 平成19年(ワ)第196号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年11月10日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
被告は有料老人ホームの経営等を目的とする株式会社であり、原告は介護ヘルパー2級の資格を有し、平成17年3月19日に被告に採用され、老人ホームにおいて介護ヘルパーとして勤務していた女性である。

 原告は、採用後、「新入職員オリエンテーションマニュアル」を渡され、勤務時間、勤務表、業務の概要、作成すべき書類などの説明を受けたが、入居者の介助作業を行うに当たって職員自身の身体の安全を守るための基本的な注意事項等の指導・教育は受けなかった。

 原告は、平成17年4月12日、A棟の勤務日であったが、勤務終了時刻の頃、男性先輩ヘルパーから指示があり、B棟2階談話コーナー付近に赴いたところ、エレベーター方面から叫び声が聞こえたため、その声の方向に赴いた。すると、入居者のP(81歳で下肢に高度の拘縮があり、認知症のような症状も見られた)が床に仰向けに倒れているのを発見し、他の職員を呼んだが誰も来なかったため、Pを単独で抱き上げて脇にあった車椅子に乗せようとした。ところがPの身体が硬直し、足からずり落ちそうになったため、もう1度右手で両膝を抱きかかえ、腕及び腰部等に力を入れて持ち上げようとしたところ、右手関節付近に激痛が走った(本件事故)。原告は、本件事故により、翌13日、右手関節捻挫で全治6週間と診断され、後に、右堯尺間接靱帯損傷、RSD(反射性交換神経性ジストロフィー)との診断が付け加えられた。

 原告は、平成19年6月7日、労働基準監督署から、本件事故による傷害が業務上災害であり、後遺障害等級9級である旨認定を受けた。

 原告は、被告は介護ヘルパーが介護作業によって腰痛や関節捻挫等の傷害を負うことがないようその安全を配慮すべき義務、具体的には、(1)介護ヘルパーの経験が乏しい初任時等には、健康・安全を保持するための十分な教育・訓練を行うこと、(2)被介助者の入浴やベッドからの移動など困難な作業の際に、2人以上の共同作業で行う指導を徹底すること、(3)十分な介護ヘルパーを配置したり、万一の場合の応援態勢等を充実すること、(4)入居者対策としてベッドからの転落防止措置を講ずることの義務を負っているところ、同義務を怠り、その結果原告は本件傷害を負うに至ったとして、被告に対し、休業損害437万円余、後遺障害逸失利益1893万円余、後遺障害慰謝料690万円、弁護士費用278万円、損益相殺△437万円余等、合計3062万5628円を請求した。

 これに対し被告は、原告はヘルパー2級の資格を有する者であるから、これに対し採用時にヘルパー業務に関する教育を実施する義務はないこと、ヘルパーに対しては単独での移動作業が困難な場合には他のヘルパー等に援助を求めるよう指示していたことから、これらの指示に反した原告には過失が認められ、過失相殺がなされるべきである旨主張して争った。
主文
1 被告は、原告に対し、金570万5275円及びこれに対する平成19年9月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを5分し、その1を被告の負担とし、その余を厳酷の負担とする。

4 この判決主文の1項は仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告の安全配慮義務違反、過失相殺について

 当裁判所は、被告において、原告に対する健康・安全教育義務を怠った安全配慮義務違反があるものと判断する。

 すなわち、介護ヘルパー2級資格は、130時間(講義58時間、実技42時間、実習30時間)の研修を終了した者に与えられるが、それらの研修内容を習得したことを確認するための終了試験は実施されない。また、介護現場では、介護者は肉体的にも精神的にも多くの負担を伴う上、現場の実情に応じて様々な対応が必要になる場合もあるから、介護者の健康・安全保持のために、その現場の実情に即した実践的な教育を施すことは、従業員がヘルパー2級の資格取得者といえども不可欠といえる。床に転倒していた被介護者を移動させる場合も、被介護者の身体状況(身体が硬直し、必要以上の負荷が発生することも十分あり得る)によっては、介護者の身体に危険が生じる事態が発生するおそれがあるのであって、このような事態をできる限り防止しなければならないというべきである。本件の場合、2人以上の者によってPを車いすなどに移乗させなければならない場合であって、仮に、ヘルパーサブステーションにヘルパー等がいない場合、Pの部屋に設置されていた緊急コールによって被告職員に連絡することも可能であったが、原告はこれらの対処方法についても教育されていなかった。

 本件事故は、原告が、自らの左手をPの首の下に添え、右手を左膝下方向から抱えて乗せようとしたが、Pの身体が硬直して足からずり落ちそうになったため、もう1度右手で両膝を抱きかかえ、腕及び腰部等に力を入れて持ち上げようとしたところ、右手関節付近に激痛が走ったというものである。仮に、1人で被介護者を車いすに移乗させる場合、上記の方法は介護者の腰背部や腕部に過剰な負担がかかる危険性があるから、厳に慎むべきであったが、原告はかかる方法での移乗が危険であることを被告から教育されていなかった。そうすると、被告には、上記の点において、原告に対する安全配慮義務違反があるというべきである。

 他方、原告にも、介護者にとって危険な方法で被介護者を移乗させたこと、手段を尽くして他のヘルパーを呼ばなかったこと(それによって、Pの負傷の有無等を確認する機会をも失わせた)は原告の過失ないし落ち度というべきであって、相応の過失相殺をすべきである。もちろん、原告が介護ヘルパー2級という資格を有していたことが、被告における安全教育義務を免除するものではないが、原告にも同資格に係る業務の危険を回避する義務があり、これを怠っていたことは軽視することができない。そして、本件における各事情を総合すると、双方の過失割合は、原告7割、被告3割と認めることが相当である。

2 原告の損害

 原告の被った損害は、通院交通費は14万7200円、休業損害は、基礎日額(基本給16万円、資格手当2000円)の12ヶ月に年間賞与基本給2ヶ月分32万円の合計226万4000円、1日当たりの給与は6202円になって、症状固定日の平成19年2月28日までの日数は687日であるから、426万0774円となる。原告について、後遺障害等級9級に相当する障害(労働能力喪失率35%)を負ったものと考えられる。原告の症状固定時の年齢が満43歳であり、満67歳までの就労可能年数24年のライプニッツ係数は13.7986になり、賃金センサス平成19年第1巻第1表の女学歴計40‾44歳による年収額は389万7800円であるから、原告の後遺障害逸失利益は、1882万4464円になる。また、傷害慰謝料は178万円、後遺障害慰謝料は690万円であり、損害賠償額は上記合計額3191万2438円の3割に当たる957万3731円となり、労災保険から支給された分437万8456円を損益相殺し、弁護士費用51万円を認める。
適用法規・条文
02:民法415条、418条、709条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例999号35頁
その他特記事項
本件は控訴された。