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人材派遣会社社員(労働安全衛生法違反等)被告事件

事件の分類
その他
事件名
人材派遣会社社員(労働安全衛生法違反等)被告事件
事件番号
長崎地裁 - 平成18年(わ)第221号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年11月10日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告人は、人材派遣業等を営むS社の開発事業部部長として、同社の人材派遣業に係る業務全般を統括管理する者であるところ、

(1)平成17年11月上旬頃、S社の業務に関し、法定の除外事由がないのに、AをS社の常時使用する労働者として雇い入れる際、同人に対し、身長、体重、視力及び聴力の検査、胸部エックス線検査、血圧の測定並びに心電図検査等の項目について医師による健康診断を行わなかった。

(2)同月上旬頃、AをM社相模事務所へ働者として派遣するに際し、S社事務所内において、行使の目的をもって、医師D名義の健康診断個人票を利用して作成した医師の診断欄に「異常なし」と、医師の意見書欄に「就業可能」などと記載された健康診断個人票を用い、その氏名欄に「A」と、血圧欄に「131〜82」と、心電図検査欄に「正常範囲」などとそれぞれ記載して複写し、D医師名義のAに係る健康診断個人票の写しを1通作成させた上、これを相模事務所内のS社相模営業所宛てに送信し、あたかも真正なD医師名義のAに係る健康診断個人票原本を正確に複写したかのような形式・外観を備える前記健康診断個人票写し1通を偽造し、これを真正に成立したもののように装って提出し行使した。

(3)同月中旬頃、S社の業務に関し、法定の除外事由がないのに、BをS社の常時使用する労働者として雇い入れる際、同人に対し、身長、体重、視力及び聴力の検査、胸部エックス線検査、血圧の測定並びに心電図検査等の項目について医師による健康診断を行わなかった。

(4)同月中旬頃、BをM社相模事務所へ労働者として派遣するに際し、S社事務所内において、行使の目的をもって、医師D名義の健康診断個人票を利用して作成した医師の診断欄に「異常なし」と、医師の意見書欄に「就業可能」などと記載された健康診断個人票を用い、その氏名欄に「B」と、血圧欄に「126〜87」と、心電図検査欄に「正常範囲」などとそれぞれ記載して複写し、D医師名義のBに係る健康診断個人票の写しを1通作成させた上、これを相模事務所内のS社相模営業所宛てに送信し、あたかも真正なD医師名義のBに係る健康診断個人票原本を正確に複写したかのような形式・外観を備える前記健康診断個人票写し1通を偽造し、これを真正に成立したもののように装って提出し行使した。
 被告人のこれらの行為は、労働安全衛生法66条1項、刑法159条1項及び161条1項に違反するとして起訴された。
主文
 被告人を懲役1年6月及び罰金30万円に処する。

 その罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

 この裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。
判決要旨
 被告人の(1)及び(3)の各所為は、それぞれ労働安全衛生法120条1号、122条、66条1項、同規則43条に該当し、被告人の及びの各所為のうち、有印私文書を偽造した点はそれぞれ刑法159条1項に、偽造有印私文書を行使して点はそれぞれ同法161条1項に該当するところ、(2)及び(4)の各所為の有印私文書偽造と偽造有印私文書行使との間には手段結果の関係があるので、各所為につき同法54条1項後段、10条により1罪として犯情の重い偽造有印私文書行使罪の刑で処断することとし、以上は同法45条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法47条本文、10条により犯情の重い(4)に係る偽造有印私文書行使罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法48条1項によりこれをその懲役刑と併科することとし、同条2項により(1)及び(3)の各罪所定の罰金の多額を合計し、その刑期及び金額の範囲内で被告人を懲役1年6月及び罰金30万円に処し、その罰金を完納することができないときは、平成18年法律第36号附則2条1号により同法による改正前の刑法18条により金5000円を1日に換算した期間、被告人を労役場に留置し、情状により、刑法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から3年間その懲役刑の執行を猶予する。

 被告人は、会社内で人材派遣業務全般を統括管理していたのであるから、本来であれば、労働者を新規採用するに当たり、その労務管理のために、労働安全衛生法規で定められた健康診断を行うべき立場にあったにもかかわらず、健康診断をしていたのでは派遣先から提示されている派遣締切に間に合わないとして、健康診断を全く行わなかったばかりか、さも健康診断を受けたかのような外形を整えるため、医師名義の健康診断個人票を偽造し、派遣先に提出する本件各犯行に及んでいる。このように、本件犯行は、会社の利益を優先する余り、労働者を指揮命令・監督して利益を上げる会社として本来行わなければならない労働者の健康管理をないがしろにした点で悪質であると共に、医師名義の健康診断個人票を偽造・行使し、同文書に対する社会的信用を損ねてでも会社の利益を守ろうとして点でも悪質である。被告人は、違法なことを行ってでも会社の利益を確保しようとしているが、そのような身勝手な被告人の営業姿勢に対しては非難が加えられるべきである。

 被告人は、本件犯行以外にも、平成15年以降、少なくとも50人程度の労働者を雇用するに際し健康診断は実施したものの、その検査結果を書き換えたりしているのであって、本件犯行は、そのような被告人の常習的な犯行の1つと位置付けることができる。

 他方、本件犯行に係る派遣労働者を含む、被告人が健康診断書を偽造した派遣労働者については、幸い労働災害などが発生していないこと、会社は今後も被告人を雇用する予定であるが、同種事件の再発防止のための体制を新たに整えるとしており、再犯のおそれは少ないこと、被告人は本件犯行を反省していること、被告人自身ではないが会社が各種公共工事からの指名停止処分を受けたこと、被告人に前科はないことなど、被告人に有利な斟酌すべき事情もある。そこで、以上の事情を総合考慮し、被告人を懲役1年6月及び罰金30万円の刑に処しつつも、懲役刑については、その刑の執行を猶予するのが相当と判断した。
適用法規・条文
99:その他刑法10条、25条1項、45条、47条、48条、54条1項、159条1項、161条1項、労働安全衛生法66条1項、120条、122条
収録文献(出典)
労働判例923号93頁
その他特記事項