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観光バス運転手くも膜下出血事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
観光バス運転手くも膜下出血事件
事件番号
大阪地裁 − 昭和52年(ワ)第1772号
当事者
原告 個人1名 
被告 観光バス株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1980年04月30日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、観光バスによる団体旅客の輸送を業とする会社であり、原告(昭和11年生)は昭和48年3月から翌49年11月20日まで被告に雇用され、観光バス運転手として勤務していた者である。

 原告の発症日(昭和49年2月1日)前1ヶ月間の勤務は、いずれも2人業務で、1月1日午後9時30分スキー客を乗せて出発し、翌2日午前9時志賀高原に到着し、同10時10分から走行して同11時05分高天原に到着し、待機の後午後4時45分スキー客を乗せて出発し、翌3日午前5時頃帰阪。会社内で待機した後、同日午後8時05分スキー客を乗せて出発し、翌4日午前7時20分岩岳スキー場に到着し、直ちに折り返し志賀高原に向かい、現地待機後午後7時スキー客を乗せて出発し、翌5日6時10分頃帰阪して待機。6日午前零時に空車で会社を出発し同日午後零時05分八方尾根に到着、待機の後午後9時10分スキー客を乗せて出発し、7日午前6時10分帰阪し、会社待機。8日午前零時に空車で会社を出発し、同日午後1時20分発哺に到着し、待機後午後8時スキー客を乗せて出発し、9日午前9時25分帰阪し、会社待機。10日及び11日は公休。12日午後10時20分スキー客を乗せて出発し、13日午前7時10分乗鞍に到着し、15日まで現地待機した後、15日午後2時スキー客を乗せて出発し、午後10時30分帰阪。16日は会社待機。17日は高槻市内運行で、午後1時20分に入庫して会社待機。18日午後7時30分スキー客を乗せて会社を出発し、19日午前9時丸池に到着して21日まで現地待機。21日午後3時10分スキー客を乗せて出発し、22日午前6時15分帰阪して会社待機。23日はバスガイドとともにホテルまでの運行で、午前8時出庫し、午後8時20分入庫。24日は公休。25日午後8時スキー客を乗せて会社を出発し、26日午前10時10分志賀高原に到着して29日まで現地待機。29日午後6時スキー客を乗せて出発し、30日午前6時40分帰阪しその後会社待機。31日、2月1日は公休。

 原告は、同年2月1日午後9時頃、自宅において突然頭痛がし始め、午後10時頃には激しく嘔吐するようになって、意識も混濁してきたため、翌2日午前8時30分頃診察を受けたところ、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血(本件疾病)と診断された。

 原告は、本件疾病は、夜間運転の多い業務、他社の運転手の2倍にものぼる過重な業務に起因するものであり、被告には安全保証義務違反があったとして、精神的、肉体的苦痛に対する慰藉料として400万円を請求した。なお、労働基準監督署長は、昭和51年5月、原告の業務による疲労と本件疾病の発症との間に業務起因性を認め、労災認定を行っている。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 観光バスの運転業務は、運転席という限られた場所的範囲の中で長時間同一姿勢を保つ極めて拘束性の強い労働であり、しかも道路走行に伴う精神的緊張を長時間持続させる必要があるため、運転手にとっては肉体的疲労よりもむしろ精神的疲労が大きいこと、精神的疲労は蓄積しやすい傾向があるため、1週間に少なくとも1日の休養日が必要とされていること、また、人間の身体の生理的リズムにより昼は交感神経、夜間は副交感神経が緊張している状態にあるから、夜間労働に従事するには、右のサイクルを逆転させて交感神経を優位に働かせる必要があり、その結果、夜間労働は昼間労働に従事するよりも著しく疲労度が高いものであることが認められる。

 ところが、原告は、発症前1ヶ月間に22日間もバス運転業務に従事しており、信州方面への夜間のスキーバス運行に7往復も従事していること、特に1月1日から9日までの間は、折り返し運転ともいい得る状態にあって、自宅で充分睡眠を取ったとは認め難いこと、またこの間の公休日は1日又は2日ずつの合計5日間であり、しかも不定期であること、スキーバス走行中は交替運転手といえども十分に睡眠、休養を取ったとは認め難いこと、被告の乗務員1人当たりの平均走行距離が同業他社の平均以上であるなどの事実からすると、原告はバス運転業務により相当程度疲労が蓄積して状態にあったものと一応いい得るところである。

 しかして、脳動脈瘤の組織的変化が血圧の上昇或いは長期間にわたる血圧や血流の血行力学的刺激を一要因として起こるものであり、また、精神的・肉体的疲労が血圧の上昇を生じさせ、そのため血管の脆弱化、老化を招来するものであることからすると、原告の右のような疲労の蓄積が原告の脳動脈瘤の肥大に全く影響を与えなかったものとはいえないものの、原告の発症前1ヶ月間のスキーバス運行による全走行距離は7595km、全走行時間は177時間50分であるところ、原告が実際に運転した距離は約4000km、運転時間は86時間05分であるから、この間の原告の業務負担量は同乗運転手と同程度のものであること、原告は本件発症当時37歳11ヶ月であったこと、原告は昭和31年に自動車運転免許を取得して以来、トラック運転手として材木運搬業務に従事し、昭和37年から昭和48年まで他社で観光バス運転手と勤務したこと、原告は本件発症に至るまで、被告において観光バス運転業務に従事したのは11ヶ月、スキーバスの運行には2ヶ月間従事したに過ぎないこと、本件発症前1ヶ月において5日間の公休日を得、外に現地待機、会社待機や運航中の休憩時間もあり、右待機中には車両の点検以外さして負担となる業務はないこと、したがって、このことによりある程度疲労回復が図られていると思われること、また原告の業務負担量は同僚運転手とほぼ同程度のものであり、原告の業務が特に過重であったということはないこと、原告とほぼ同一条件で勤務している同僚運転手の中に負担過重による疲労蓄積が原因で疾病に陥った者がないこと、原告が会社側に身体の不調、自覚症状等を訴えたことが全くないことなどの事実を併せ考えると、原告は被告の運転業務に従事したことによって極度の疲労の蓄積をもたらし、よって脳動脈瘤の形成肥大を著しく促進するに至ったものとは即断できず、むしろ原告の長年月にわたる労働状況と脳動脈瘤が血管障害性因子が加齢とともに増大することによって生ずる血管壁の老化現象、疲労による血圧の上昇、血行力学的刺激が長期間作用することによって生ずる血管壁の脆弱化、老化現象などの要因により形成肥大するものであることとを総合して考慮すると、原告が被告における運転業務に従事することがなかったとしても、本件疾病が生じたのではないかとの疑念を払拭し切れず、結局、被告における原告の運転業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることは困難である。
適用法規・条文
02:民法415条,709条
収録文献(出典)
判例時報984号105頁
その他特記事項
本件は控訴された。