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O海上保安部海上保安官心臓死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
O海上保安部海上保安官心臓死事件
事件番号
津地裁 − 昭和50年(ワ)第167号
当事者
原告個人4名 A、B、C、D

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1983年04月28日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 N(昭和8年生)は、高校卒業後の昭和27年5月海上保安庁に海上保安官補として採用され、以後ほとんどの期間をT海上保安部及びO海上保安部に所属する巡視船の甲板員、操舵員、操舵長、甲板次長、砲員長として海上勤務に従事してきた。

 Nは、昭和45年6月頃に胃潰瘍、同年8月頃に肥大心の診断及び治療を受けたところ、昭和48年3月16日、射撃訓練の打上げ会の席で飲酒中、突然胸痛を発し、心筋梗塞の疑いとの診断を受けた。Nは同日から3週間入院したが、入院の経過は良好で、診断書によれば、「病名心筋梗塞、右症により向後3週間の安静加療が必要」となっていた。

 O海上保安部は、診断書を踏まえ、NをO海上保安部予備員に配置換えし、無線電話の聴取・記録、電報の整理等の軽勤務に従事させた。同年10月23日、診断書に海上勤務可能になった旨の記載があり、Nからも乗船希望の強い申し出があったことから、海上保安部は、海上勤務復帰の体ならしをさせるため、Nを8日間に1回の割合で当直員の補助員としての当直勤務に従事させることとした。

 昭和49年2月15日、Nは朝オートバイで登庁し、通常勤務に従事した後、午後5時30分から同僚とともに当直勤務に入り、午後8時30分頃、小雨の中をオートバイを移動させ、その後電話対応などを行っていたところ、突然胸内苦悶等の発作を起こした。Nは病院に運ばれ、診察を受けて帰宅し、午後11時頃就寝したが、翌16日午前3時50分頃再び心臓発作を起こし、病院に搬送されたが、午前4時35分死亡した。

 Nの妻である原告A、Nの子である原告B、同C及び同Dは、Nの死亡は公務に起因し、国は安全配慮義務を怠ったとして、Nの逸失利益2320万2559円、Nの慰謝料1000万円、原告Aの慰謝料1000万円、原告B、C、Dの慰謝料各500万円、弁護士費用100万円を請求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
1 Nの業務と死亡との因果関係について

 Tが長年にわたって勤務してきた海上勤務は、その性質上、一般陸上勤務に比し、ときに危険と緊張を伴うものであることは、これを推認するに難くないけれども、一般的にみて、心筋障害を惹起するような特に苛酷な業務内容を有するものとは認められず、他方で、Nの職種及び職務内容と勤務期間中の健康状態並びに疾病の性質、症状の発現と治療の経過を総合して判断すれば、本件はむしろN本人の体質的素因の自然的進展による発病との疑いがあり、結局、証拠上Nの海上勤務と心筋障害との間に相当因果関係があると認めるのは困難というべきであり、またNは昭和48年3月に異常が認められてからは入通院、陸上での勤務軽減により、良好な経過を辿っていたこと、死亡前日の当直勤務においては緊急事態等の特にNの心身の負担になるような業務に従事していたことは窺われないことからすれば、陸上勤務と死亡との間にも同様に相当因果関係の存在を認めることは困難というべきである。したがって、Nの死亡は勤務中に発作が起きたものではあるが、公務に起因したものではなく、公務上の災害と認めることはできないというほかない。

2 安全配慮義務について

 国は、国家公務員に対し、国が公務遂行のために設置すべき場所、施設若しくは器具等の設置管理又は公務員が国若しくは上司の指示のもとに遂行する公務の管理に当たって、公務員の生命及び健康等を危険から保護するよう配慮すべき義務(安全配慮義務)を負っているものと解すべきであり、右の安全配慮義務の具体的内容は、公務員の職務、地位及び安全配慮義務が問題となる当該具体的な状況等によって異なるべきものであるところ、本件ではNの従事した業務は心筋障害の発症を招来するほど特に苛酷なものとは認め難く、他に右疾病の発症を予想できるような特段の事情も認められない上に、被告はNらの健康診断を実施してその健康状態の把握に努めてきたこと、Nの発病後は入院又は通勤による加療をさせるほか、医師の診断に基づいて予備員に配置換して軽作業に就かせるなどの勤務内容についての配慮も行い、Nも回復傾向にあったことが認められ、結局、被告には、原告らの指摘するような安全配慮義務違反の事実は認めることができない。
適用法規・条文
04:国家賠償法1条,
収録文献(出典)
労働判例484号137頁
その他特記事項
本件は控訴された。