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フォークリフト運転手脳内出血死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- フォークリフト運転手脳内出血死事件
- 事件番号
- 神戸地裁 − 昭和55年(ワ)第667号
- 当事者
- 原告個人3名 A、B、C
被告K港運株式会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1983年10月21日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は神戸港で港湾運送事業の沿岸荷役事業及び倉庫荷役事業を業とする会社であり、Hは昭和24年1月から被告に雇用され、昭和35年頃からフォークリフトの運転業務に従事するようになり、昭和45年頃からはフォークリフト運転のみに従事し、昭和50年頃から出庫係になった者である。 Hは、昭和50年頃から高血圧症を発症するに至ったところ、昭和54年1月25日午後4時過ぎ、被告の兵庫突堤寄場において脳内出血の発作を起こし、病院に収容されたが、同月29日午前6時20分頃、高血圧性脳内出血に因り死亡した。 Hの妻である原告A,Hの子である原告B及び同Cは、Hの従事したフォークリフト運転業務は心身共に負担が大きいにもかかわらず、被告はHに対し他の運転手よりも抜群に大きい作業量を課し、作業の転換や労働時間の短縮等の措置をとらなかったこと、被告は酒好きであるHに節酒を勧告すべきところ、かえって連日のように酒をふるまっていたこと、Hの脳出血の初期段階においては絶対安静がひつようであるのに、Hが倒れた直後に同僚らがHを二階に上らせるなど発作を増悪させる行為をしたことなど安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益3594万7703円、慰藉料1500万円を請求した。
- 主文
- 1 被告は原告らに対し、各金142万7077円宛及びこれに対する昭和55年7月4日から各支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。2 原告らのその余の請求を棄却する。3 訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。4 この判決は、仮に執行することができる。
- 判決要旨
- 1 被告の安全配慮について 一般に雇用契約においては、使用者は労働者に対して、報酬支払の義務を負うほか、労働の場所・手段等を提供するに伴い、その一般的前提として労働が安全及び衛生の保持された状態の下で行われるように配慮し、労働者の生命・健康を危険から保護すべき義務を負うものであるが、この安全配慮義務は、労働安全衛生規則等の法令に根拠を有する場合に限定されず、雇用契約に付随する当事者間の信義則上の義務として認められるものであるから、その具体的内容は当該労働環境や労働者個々の事情に応じて決せられるべきである。そして被告は、健康診断の結果Hが高血圧症で要注意状態にあることを知っていたのであるから、労働過程において同人の右症状を増悪させないよう、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講ずるほか、節酒を勧告するなど生活指導上の配慮をすべき義務があったものというべきである。2 Hをフォークリフト運転業務に従事させたこと Hは昭和45年頃からフォークリフトの運転のみに従事し昭和50年頃から出庫係になったこと、フォークリフトの運転は単純に筋肉労働として見た場合には激しい重筋肉労働とはいえないこと、近似フォークリフトの車体も改良され運転手の身体に与える振動等の影響も若干は改善されていることを認めることができる。しかしながら、フォークリフトの運転は、後方の安全確認のため運転者に体をねじるなどの不自然な姿勢を強いること、フォークを上下動させるレバーを極めて多数回操作せねばならないこと、フォークリフトの車体の構造が腰部、脚部にエンジンの振動を直接受けること、これらが原因となって近時フォークリフト運転者間に腰痛、頸肩腕症候群、ひざ関節痛、下肢の神経痛、胃腸病等の症状を訴える者が多く、フォークリフト病と称されるに至っていること、したがって、フォークリフト運転作業の方が、身体に及ぼす影響という点から見れば、単純労働よりもむしろ重激なものといえること、高血圧症の者が過重な責任負担のある労働、長時間労働、深夜労働、高密度の労働、激しい重筋肉労働のいずれかに従事する場合、脳出血等の急性循環器障害により急死する危険性が大きいこと、しかるに被告はHの労働時間を短縮するなどの措置を講じることなく、同人を他の運転者と全く同一時間就労させたこと、また被告はHを他の倉庫に比し群を抜いて貨物取扱量の多い倉庫に配置したため、同人は常に他の運転者よりもはるかに多量の貨物を運搬していたこと、したがって、他の運転者よりもHの走行距離が短かったことを考慮しても、Hは他の運転者よりも連日かなり高密度な労働に従事していたと認めることができる。 そして、被告は経験則に照らし、健康体の者と同一の長期間でかつ高密度の労働の継続がHの高血圧症を増悪させ、脳出血による死亡の結果をも惹起し得るということは、十分予見することが可能であったというべきである。しかるに被告は、Hに対し、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を何らとることなく、同人に健康体の者と同一の長時間でかつ高密度な労働を長期間にわたって継続させたものであって、使用者としての安全配慮を全く欠如していたといわねばならない。3 「ふるまい酒」を供していたこと 被告において仕事量が比較的多い日などは連日のようにかなりの頻度で「ふるまい酒」が供されていた事実が認められるところ、被告は経験則に照らし、飲酒がHの高血圧症を増悪させ、脳出血による死亡の結果をも惹起し得ること及び酒好きのHに「ふるまい酒」を供すれば同人が飲酒することは十分予見することが可能であったというべきである。しかるに被告は、Hに対し飲酒しないよう生活上の指導をしなかったばかりか、逆に職場で、高血圧症の者も含めた全従業員に対し、作業終了直後に連日のように「ふるまい酒」を供していたものであって、被告はその点においても、高血圧症のHに対する使用者としての安全配慮を全く欠如していたといわざるを得ない。4 脳出血発症後の措置 Hは発作を起こして倒れはしたものの、二階に上がる際には両側から支えられながら自分で歩けたこと、病院に着いてからもなお意識があった事実が認められる。そうすると、かかる状況下で同僚らがHを取りあえず畳のある二階に寝かせて様子を見た措置は、一般人のとるべき注意義務に照らせば相当なものであったというべきであり、これをもって被告の履行補助者による安全配慮義務違反行為であるということはできない。5 被告の安全配慮義務違反の寄与度 被告がHをフォークリフト運転業務に従事させたこと及びHに「ふるまい酒」を供していたこととHの死亡の結果生じた損害との間には、それぞれ相当因果関係が存するものというべきである。しかしながら、Hの高血圧症が要治療状態になって既に数年を経過していたこと、Hの飲酒は「ふるまい酒」だけではなかったこと、「ふるまい酒」は従業員1人当たり1、2合程度であったことが認められる。そうすると、本件においては、Hをフォークリフト運転業務に従事させたこと及び「ふるまい酒」を供したことのHの死亡という結果発生に対する各寄与度は、合計しても50%を超えないものと認めるのが相当である。6 損 害 Hは満67歳まで今後19年間稼働することが可能であり、その間32万6280円と同額の月収を得るものと認められる。そして生活費は収入の40%とするのが相当であるからこれを控除し、更にホフマン式計算方法により中間利息を控除し算定したHの逸失利益は、金3081万2317円である。また、Hが死亡により被った精神的苦痛に対する慰藉料は金1200万円が相当と認められる。 Hは、健康診断の結果、自己が高血圧症で要治療状態にあることを知りながら、従来家人にも秘し、何らの治療も受けなかったばかりか、更に飲酒を続けて、右症状を自ら悪化させていたことが認められる。また、「ふるまい酒」も、酒を飲まずに帰る従業員がいたことが認められ、何らHに飲酒を事実上強要するものではなかったのであるから、Hとしては自身の健康を考慮して当然飲酒を控えるべきであった。 以上の諸点を考慮すると、本件の結果発生については、Hに8割の過失があったと認めるのが相当である。
- 適用法規・条文
- 02:民法415条、418条、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 判例時報1116号105頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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