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埼玉県教員くも膜下出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
埼玉県教員くも膜下出血死事件
事件番号
浦和地裁 − 昭和53年(ワ)第777号
当事者
原告個人1名

被告埼玉県
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1987年03月13日
判決決定区分
棄却
事件の概要
 Mは、埼玉県の町立小学校で教諭として勤務していたところ、死亡当時はN小学校5年1組の担任をしていたほか、理科研究主任、視聴覚研究主任を務めていた。

 昭和43年3月25日放課後、Mは担任クラスの教室内で執務中昏倒しているのを発見され、駆けつけた医師の判断で同教室内において応急手当を受け、夕方ベッド設備のある校内の医務室に移されて、医師、家族らの看護を受けたが、翌26日午前2時45分、脳出血により死亡した。なお、発病13日前に行われた健康診断によれば、Mの血圧は、138-80であり、発病した25日は、その前日までは最高気温が15度を上回るほどであったのに、5度程度まで下がっていた。

 Mの妻である原告は、Mは担任のほか、各種主任を担当するなどし、1日平均4時間44分もの超過勤務をして心身の疲労が蓄積していたこと、本件事故当日は急激に寒くなっていたこと、校舎は古く寒気が教室内に侵入していたことなどにより、原告はくも膜下出血を発症して死亡したとして、被告県に対し、逸失利益、慰謝料等合計2000万円を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
 いわゆる安全配慮義務は、「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきものである。

 ところで、市町村立小中学校を設置し管理するものは市町村であり、その教員の身分は当該市町村の地方公務員である。しかしながら、市町村立小・中学校の教諭等については、法によりその給与等を都道府県が全額負担することとされていることなどから、市町村立小学校教諭等(県費負担教職員)の人事権のうち、その任免その他の進退を行う権限は県教委に属している。すなわち、県教委は、地方教育行政の組織及び運営に関する法律23条にいう「法律又はこれに基づく政令によりその権限に属する事務」の1つとして、県費負担教職員の任免その他の進退を行う権限を有する。もっとも、県教委が県費負担職員の任免その他の進退を行うに当たっては、市町村教委の内申をまって行うものとされ、また市町村教委が県費負担教職員の服務を監督するとされる。県教委は、県費負担教職員の任免その他の進退を適切に行うため、市町村教委に対し一般的指示を行うことができるが、個別的指示権はない。

そうすると、Mと被告の機関である埼玉県教委は、県費負担教職員と県教委という関係があるから、Mと被告との間にも右の関係から生ずる法律関係があったということができる。とはいえ、安全配慮義務は具体的状況下において問題となる信義則上の義務であるところ、被告がMに対し具体的内容の安全配慮義務を負うていたといえるかどうかは、県教委がMの発症ないし死亡のおそれを予見し得べき具体的状況にあり、しかも県教委は右発症ないし死亡を回避し得る立場にあったかどうかによって決まるといわなければならない。

 県教委は県費負担教職員の任命権者とされてはいるが、県教委の県費負担教職員に対する人事に関する権限が前記のようなものに留まる以上、特段の事情がない限り、県教委が個々の市町村立小中学校の個々の教員の病気の発症ないし死亡のおそれを予見し得るとみることは相当でないところ、Mに関する具体的状況には県教委がMの発症ないし死亡のおそれについて予見し得たとみるべき特段の事情があったとみることは困難であり、また県教委の人事に関する権限が前記のようなものであるのみならず、校舎その他の施設の整備に関すること及び教員等の保健、安全、厚生等に関することはいずれも学校設置者たる市町村教委の権限に属するのであるから、Mが置かれた具体的状況のもとでは県教委がMの発症ないし死亡を回避し得る立場にあったとみることもできない。そうすると、県教委に原告主張のような安全配慮義務があったということはできない。したがって、被告には安全配慮義務不履行による損害賠償責任があるとはいえない。
適用法規・条文
02:民法415条
収録文献(出典)
労働判例495号47頁
その他特記事項