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地公災基金京都府支部長(京都市立中学校)教員脳内出血死控訴事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地公災基金京都府支部長(京都市立中学校)教員脳内出血死控訴事件
事件番号
大阪高裁 − 平成2年(行コ)第65号
当事者
控訴人個人1名 

控訴人地方公務員災害補償基金京都府支部長
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1993年02月24日
判決決定区分
原判決取消(控訴認容)
事件の概要
 甲(大正11年生)は、昭和26年7月以降京都市立の各中学校に勤務した後、昭和47年4月から昭和53年3月までT中学校に勤務した。T中学校は、いわゆる同和関係校で、甲は通常の教科担当、クラス担任その他の校務のほか、同和地区生徒に対する毎週の学習会活動、毎月の家庭訪問、庶務部長、育友会書記、互助・共済組合担当、クラブ顧問等を受け持っていた。

 甲は昭和53年4月からS中学校に勤務し、3年生のクラス担任となり、転任直後から一般の教科指導と併せて進学問題についての職務にも取りかかったほか、間近に迫った修学旅行の準備に追われた。同年5月12日、甲は風邪を引きながら修学旅行の引率に従事し、京都を発って三島からバスで箱根に着いたが、気分が悪いため、生徒が見学に出る中、バス内で休んでいた。同日午後3時25分頃、見学から帰った教諭が甲の異常な様子に気付き、付添医師が診察した後、午後4時5分に甲を救急車で病院に搬送したが、午後4時30分死亡が確認され、死因は脳内出血とされた。

 甲の妻である控訴人(第1審原告)は、主位的には甲の発症及び死亡は公務に起因すること、また、予備的には、発症後直ちに異常を発見されず、そのため適切な処置を受ける機会を失って死亡したものであることから、甲の死亡は公務災害に当たると主張して、被控訴人(第1審被告)に対し、地方公務員災害補償法に基づいて公務災害認定請求をした。これに対し被控訴人はこれを公務外認定処分(本件処分)としたことから、控訴人は、本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。

 第1審では、甲の死亡は公務に起因するものではないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。
主文
1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が控訴人に対して昭和55年1月16日付けでした公務外認定処分を取り消す。

3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。
判決要旨
1 公務起因性の要件、判断基準

 地公災法31条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務により負傷し、又は疾病にかかり、右負傷又は疾病により死亡した場合をいい、公務により疾病にかかったというためには、疾病と公務との間に相当因果関係のあることが必要であるが、右の相当因果関係があるというためには、必ずしも公務の遂行が疾病発生の唯一の原因であることを要するものではなく、当該被災職員の有していた病的素因や既存の疾病等が条件となっている場合であっても、公務の遂行が右素因等を自然的経過を超えて増悪させ、疾病を発症させる等、発症の共働原因となったものと認められる場合には、相当因果関係が肯定されると解するのが相当である。

2 甲の死亡の公務起因性

 甲の昭和52年度のT中学校における職務は、理科の教科主任、1年生のクラス担任としての通常の職務に加えて、同和地区生徒の家庭訪問、学習会、育友会関係事務、園芸クラブ顧問等の負担により、通常の中学校教職員の職務に比べて、肉体的・精神的に相当に多忙であったものであり、これらの多様な職務のいずれにも生真面目かつ熱心に取り組み、日常的に帰宅後も仕事を持ち帰っていたことによる疲労及びストレスの蓄積は、加齢や日常生活上の諸要因による自然的な経過を超えて、血管の脆弱化を促進する要因となり得る程度の負荷であったと認められる。そして、このような疲労の蓄積やストレスは、異動に伴う残務整理、引継事務及び着任直後の新学期の準備等の負担により、春休み期間中も十分な休息を取ることができずに持続し、更にS中学校への異動後の職務環境の変化により、ことに同校では着任直後に責任の重い3年生のクラス担任を命ぜられ、しかも着任後1ヶ月余りの後に迫っている学校にとって最大の行事であり、引率教諭にとって最も負担の大きい修学旅行の準備に忙殺され、短期間のうちに生徒各人の個性を把握し、的確な指導を行うために、通常2年生から持ち上がりで3年生のクラス担任となる教諭に比して、より一層強い緊張とストレスの負担がかかったものと考えられる。甲は、これらの過重とも思われる職務を誠実に遂行するべく勤務時間外にも自宅に仕事を持ち帰るなどして努力を続けた結果、相当の疲労が重なり、修学旅行の直前には風邪に罹患し、旅行当日にもその症状は改善されず、声が出にくいような体調不良で、妻である控訴人が心配して休むよう勧めるほどの状態であったにもかかわらず、引率教諭としての責任感から敢えて風邪を押して旅行に参加するに至ったものと認められる。

 一方、甲は、高血圧の既往歴はなかったし、脳血管に脳動脈瘤等の奇形や基礎疾患が存したことを窺わせる証拠はなく、私生活においても特に血管の脆弱化を促進させ、脳内出血を発症させる危険因子となるべき要因の存在を認め得る的確な証拠はなく、同人の死亡時の年齢(56歳)からすると、加齢及び日常生活上の負荷による自然的経過のみによって、小脳出血の発症に至ったとも考え難いところである。

 以上の点及び甲の発症から死亡に至る経過を総合すると、甲はT中学校及びS中学校における多忙な職務の遂行による持続的な肉体的・精神的疲労及びストレスが小脳部位の血管の脆弱化を自然的経過を超えて進行させる大きな要因となって、血管壊死状態となっていたところ、従来からの疲労の蓄積に加えて修学旅行当日の風邪による体調不良を押して参加したことによる極度の疲労及び院則業務による緊張とストレスが重要な原因となって右業務従事中に、一過性の血圧の上昇をきたし、これによって小脳出血を発症し、死亡に至ったものと認められるから、甲の死亡は公務と相当因果関係があると認めるのが相当である。
適用法規・条文
99:その他 地方公務員災害補償法31条
収録文献(出典)
労働判例626号67頁
その他特記事項