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名古屋西労基署長(タクシー会社)心筋梗塞死控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 名古屋西労基署長(タクシー会社)心筋梗塞死控訴事件
- 事件番号
- 名古屋高裁 - 平成2年(行コ) 第18号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人名古屋西労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1994年09月26日
- 判決決定区分
- 控訴棄却
- 事件の概要
- W(昭和11年生)は、昭和29年頃B社にタクシー運転手として採用され、その後24年間同社でタクシー運転業務に従事してきた。
B社では、1ヶ月の勤務回数により、13勤、18勤、26勤の3種の勤務形態を採用しており、Wは昭和52年以降13勤(1台の営業車を2人の運転手が交替で使用し、1勤務の拘束時間は24時間、実働16時間、休憩3時間、仮眠5時間で、勤務明けの午前10時から翌日午前10時までが明け番となり、6勤務後に公休がある)を選択していた。
Wは、昭和53年11月22日午前9時頃自宅を出て出勤し、午前10時頃営業車の引渡を受けてから仕事に出掛け、昼食と夕食の際、それぞれ一旦自宅に帰った後に再び仕事に出掛けた。そして翌23日午前3時頃帰庫し、車内で仮眠を取った後、一旦仕事に出て帰社し、気持ちが悪いと横になった後、営業車の洗車に取りかかったところ、一層体調を悪化させ、病院に搬送されたが、午前11時、心筋梗塞により死亡した。
Wの妻である控訴人(第1審原告)は、Wの死亡は業務に起因するとして、労災保険法に基づき、被控訴人(第1審被告)に対し、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求したところ、被控訴人はこれを支給しない旨の処分(本件処分)をした。控訴人は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
第1審では、Wの死亡は業務に起因するものではないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 本件控訴を棄却する。
訴訟費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 当裁判所も、Wの死亡が業務に起因するものと認めることはできないと判断するものである。
労災保険制度は、業務上の事由又は通勤による労働者の負傷、疾病、障害又は死亡に対して迅速かつ公平な保護をすることを目的とするものであるから、労災保険給付を行うためには、労働者の災害と業務上の事由又は通勤との間に相当因果関係の存在を要することはいうまでもない。
これを本件に当てはめると、心筋梗塞は、その基礎疾患である冠状動脈硬化が長期の時間的経過の中で徐々に進行増悪することによって発症することが多く、かつそれが加齢とともに自然的経過の中でも進行するものであること、その増悪の原因としては単一の原因であることはむしろ稀で、本人の体質的素因に加えて食事・運動・環境等の生活環境上の各種要因が複雑に係わって増悪発症するものであること、他方、およそ心身に対し何らかの負荷(ストレスや疲労)を与えない労働は存在しないことを考えると、単に労働上の負荷があったという一点だけを理由としては労災保険制度の救済の対象とはならないと考えられること、労基法施行規則35条・別表第1の2、9号の法文解釈上、職業性包括疾病としての業務起因性が認められるためには、職業性疾病との均衡との観点から、職業性疾病に準じて当該業務に内在する有害因子・危険の現実化としての疾病が発症したものと認められる場合でなければならないこと等の諸点を考慮すると、現行制度の下において、心筋梗塞の場合につき、長期間にわたる労働負荷の業務起因性を肯定するためには、(1)心筋梗塞またはその基礎疾患である環状動脈硬化が自然的経過を超えて進行増悪し、発症したものであること、(2)労働が客観的にみて通常より特に過重であったこと、(3)そのことが症状の自然的経過を超えて増悪したことの主な原因となったことの3条件を充足することを要し、心筋梗塞の基礎疾患を有する者が、勤務中たまたま心筋梗塞を発症した場合などはこれに含まれないと解するのが相当である。
控訴人は、まずWの労働実態が、他のタクシー運転手に比して極めて過重であった旨主張するが、当裁判所も右主張は採用できないと判断する。その理由は原判決に記載のとおりである。次に控訴人は、タクシー運転手という労働形態は、労働者に精神的ストレスの長期的反復負荷を、またその勤務形態の不規則性は疲労の蓄積を労働者にもたらす性質のものであって、このことがWの冠状動脈硬化症を自然的経過以上に増悪させ、遂には心筋梗塞発症の原因となったものである旨主張するが、タクシー運転という勤務形態そのものが直接心筋梗塞発症の原因となる証拠はない。また控訴人は、Wには労働負荷以外に危険因子が認められない以上、Wの右疾病について労災保険法上の業務起因性を肯定すべきであるとも主張する。しかしながら、Wに喫煙、加齢、運動不足の危険因子がある上、この種疾病の性質に鑑み、本件において、その他の体質的素因(個体差)や環境因子が全く存在しないとは医学的に断定することはできない。なお、Wの死亡前1年間の労働が、他のタクシー運転手と比較して特に過重であったとは認められないこと、死亡前日から当日にかけての勤務が平常の勤務に比して特に過酷であったとは認められない。また、B社の従業員に対する健康管理に杜撰な面があることは認められるものの、これがWの心筋梗塞の発症に影響していたとは認めることができないことについては、原判決のとおりである。
以上、Wについては、冠状動脈のアテローム性硬化及び心筋梗塞の促進因子としてその体質的素因を中心として加齢、喫煙習慣その他の要因が競合していたことが認められるところ、これに加えて、同人にタクシー運転業務そのものによる労働負荷の存在は認められるとしても、右負荷が同人の健康に及ぼした影響の程度は明らかではないというべきであるから、冠状動脈アテローム性硬化が、自然的経過を超えて徐々に進行増悪し、遂には心筋梗塞の発症に至ったとしても、同人に対する労働負荷がその主たる原因となっていたとは認めることができない。したがって、Wの死亡が業務上の事由によるとは認められないとして控訴人の請求に対し遺族補償給付及び葬祭料の支給をしない旨決定した本件処分は適法である。 - 適用法規・条文
- 99:その他 労災保険法12条の8第1項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例664号39頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
名古屋地裁 − 昭和58年(行ウ)第14号 | 棄却(控訴) | 1990年07月20日 |
名古屋高裁 - 平成2年(行コ) 第18号 | 控訴棄却 | 1994年09月26日 |