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岡山(私立学校教諭)脳出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
岡山(私立学校教諭)脳出血死事件
事件番号
岡山地裁 − 平成2年(ワ)第174号
当事者
原告個人3名 A、B、C

被告学校法人M学園
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1989年01月01日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告は、私立高校及び中学校を設置する目的で設立された学校法人であり、Tは昭和41年4月に被告に教員として採用され、昭和61年当時は被告設立のS高校の教諭として勤務していた。

 Tは、昭和47年6月頃に急性腎炎のため約6ヶ月間入院治療を受けたことがあり、その後も通院治療を受けていた。昭和59年10月、Tは血圧が230-160もあったため高血圧症等の診断を受け、その後毎月2、3回の割合定期的に降圧剤の投与等の治療を受けていた。しかし、その後も血圧値は上230ないし170、下150ないし110という状態が継続したため、医師から入院治療を勧められ、勤務するなら仕事を6割方に抑えるよう告知されたが、Tは多忙を理由にこれを拒否し、医師の勧告を家族や学校に知らせることもしなかった。

 昭和61年当時、Tは校長、教頭に次ぐ重要ポストである教務課長の任にあり、翌年度から教養科新設準備の責任者として奔走する傍ら、2年団の副担任として、担任教諭の健康状態不安定等のためその負担が増している状況にあり、更に教頭の入院のため教頭代行に就任したところに、2年団の修学旅行の引率に加わるなどした。

 昭和61年10月25日から28日までの間、東京方面への修学旅行が実施され、Tは校長外11名の教諭らとともにその引率に参加した。校長はTの体調が悪そうだと知らされたことから、引率をやめるよう勧めたが、Tは引率を主張し、校長もそれを止めなかった。修学旅行終了後間もない昭和61年11月6日、午後4時頃から午後9時頃まで職員会議が開かれ、主要な議題である中高連絡会、教養課新設問題、広報記事に対する批判への対応について、Tが説明、対応をした。翌7日、高等学校PTA補導部会の当番校として、Tは不在の校長に代わり挨拶することとなっており、その直前の昼休みに生徒に対する生徒指導担当教諭糖の訓戒説諭に校長代理として立ち会ったところ、突然呂律が回らなくなりその場に昏倒した。Tは直ちに病院に搬送され、入院して血腫除去手術等の治療を受けたが、その後再度の出血を起こし、同月17日午後3時15分、脳内出血により死亡した。

 Tの妻である原告A、Tの子である原告B及び同Cは、Tの死亡は業務に起因するものであり、被告には、労働安全衛生法で定められた産業医の選任、健康診断の実施等の違反等による安全配慮義務違反があったとして、被告に対し、逸失利益6453万2390円、慰謝料2200万円、葬祭料100万円、過失相殺5割、労災保険からの給付金620万円の損益相殺、弁護士費用280万円を請求した。
主文
被告は、原告Aに対し金165万円、原告B及び原告Cに対し各金532万5774円並びにこれらに対する平成2年4月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

 訴訟費用はこれを4分し、その1を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
判決要旨
1 業務とTの死亡との因果関係

 労働者が死亡の素因となるべき基礎的な疾病を有する場合でも、職務に従事したことが右疾病増悪の有力な原因として作用し、その結果死亡に至ったものとして、職務及び疾病が死亡の共働原因となったといえるときには、職務と死亡との間には法的な因果関係が存在すると認めるのが相当である。

 諸事情を考慮すると、Tの死亡は、同人の持病としての高血圧症乃至腎疾患が自然経過

的に増悪したことによるものとは考え難く、同人の高血圧症等の基礎疾患が入院加療又は6割方の仕事量を妥当とするまでに悪化していたところに、同人の学校における勤務上の一連の負荷が加わったことによって内在していた危険が現実化し、結果として双方が有力な共働原因となって同人の昏倒を来たし、死亡に至ったものと認めるのが相当であり、同人の死亡と学校における職務との間には法的な因果関係があるというべきである。

2 被告の安全配慮義務違反

 労働安全衛生法3条1項は、事業者等の責務を定め、同法66条1項は事業者の労働者に対する健康診断実施義務を定め、同条7項は健康診断の結果必要と認めるときは、就業場所の変更、作業の転換、労働時間の短縮等の措置を講じなければならない旨定めており、学校保健法8条、同法施行規則10条等にも右同趣旨の規定が存在する。更に労働安全衛生法13条は産業医の選任義務を定め、学校保健法16条は学校医の設置について定めている。これらの諸規定の趣旨に照らすと、事業者である被告は、学校の管理者として、学校に勤務する職員らのために労働安全衛生法乃至学校保健法等の規定する内容の公的責務を負担すると同時に、右規定の存在を前提に、被告と雇用契約関係にある職員らに対しても、直接、右雇用契約関係の付帯義務として、信義則上、健康診断やその結果に基づく事後措置等により、その健康状態を把握し、その健康保持のために適切な措置をとるなどして、その健康管理に関する安全配慮義務を負うものというべきである。

 ところで、学校では、Tの死亡した昭和61年度までは、前記各法規定に即した職員を対象とする正規の健康診断等は実施されておらず、僅かに毎年1回民間医療機関に胸部エックス線間接撮影並びに尿中の糖及び蛋白の有無の検査を委託し、その検査結果の報告を受けるに過ぎず、職員の健康診断個人票も作成された形跡はなく、Tは少なくとも昭和59年度から昭和61年度までの間は全く受検していなかった。

 右認定事実によれば、定期の健康診断の項目に血圧検査があれば、Tの悪性の高血圧症は容易に判明したということができ、また尿検査についても、受検を促し、他で検査したというならばその結果の報告を義務付け、しかも健康診断個人票を作成していれば、腎疾患の存在と程度を含む総合的な健康状況を容易に把握し得た筈であり、そうなればそれ相応の仕事量の調整や勤務形態の変更糖の抜本的対策をとることが期待できたと推認できるところ、これらの健康管理に関する措置や体制の整備を漫然と怠っていた当時の学校の態度は、前記諸法規の要求する労働安全衛生保持のための公的な責務を果たさない不十分なものであったと同時に、職員らに対する雇用契約関係上の付帯義務として信義則上要求される健康管理に関する安全配慮義務にも反していたと認めるのが相当である。

3 Tの損害

 Tの逸失利益は、昭和61年度所得659万8910円に、労働能力喪失相当年数23年に対応する新ホフマン係数15.045を乗じ、これに生活費控除割合を35%として0.65を乗じて得た6453万2390円と認めるのが相当である。Tの年齢、職業、地位、持病としての基礎疾患の内容及びその重篤性、家族状況等を総合考慮すると、慰謝料は1200万円、葬祭料は100万円と認めるのが相当である。

 被告は、職員らの健康管理に関する安全配慮義務を怠った過失があると認められるが、他方、Tは健康診断を受けようとしなかったばかりか、腎疾患を原因とする悪性の高血圧症により通院継続中で、昭和61年7月以降は医師から入院治療を勧告され、入院しない場合は仕事量を6割方に減らすよう勧告を受けるまでに至ったにもかかわらず、この点を一切学校に申告せず、修学旅行の引率に参加するなどし、疲労の蓄積を招いたものであって、自ら申告しさえすれば、学校側がこれに配慮してそれなりの措置をとることを期待できたことなどからすると、Tの自己の健康管理についての落ち度は大きいといわざるを得ない。したがって、Tの持病の重篤性、自らの健康管理の問題性、特に医師から入院を勧められるような容態であるのにいわば隠して無理をしていたこと、職務自体は当時教頭の入院や教務課の新設その他の行事のため繁忙になっていたが、通常の健康体ならば耐え得る程度のものと窺われること、その他本来他人には即座に計り知れ難い領域を含む健康管理は第一義的には労働者本人においてなすべき筋合いのものであることなどを考慮し、これらを被告側の職員に対する健康管理に関する安全配慮義務違反の内容程度に対比すると、過失相殺の割合は4分の3とすべきである。

 Tの死亡により、原告Aは労災保険から遺族補償給付285万0744円、遺族補償年金(総額)1579万6626円、遺族特別年金(総額)315万9934円、遺族特別支給金300万円、葬祭料83万4180円、遺族補償年金(平成6年)189万8550円を受給したことが認められる。なお、遺族特別年金及び遺族特別給付金は、死亡した労働者の遺族の福祉の増進のために措置された趣旨のものであるから、損益相殺の対象とはならない。したがって、原告Aが労災保険から受給した金額のうち、損益相殺の対象となる額は、合計21380100円と認められるところ、右は同原告の相続分を超過しており、同原告の財産上の損害賠償請求権は消滅している。弁護士費用は、原告Aについて15万円、原告B及び原告Cについて各48万円と認めるのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、418条、709条、722条2項
収録文献(出典)
労働判例672号42頁
その他特記事項