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富岡労基署長(塗装会社)脳出血死控訴事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 富岡労基署長(塗装会社)脳出血死控訴事件
- 事件番号
- 仙台高裁 − 平成12年(行コ)第2号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人富岡労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年09月28日
- 判決決定区分
- 原判決取消(控訴認容・確定)
- 事件の概要
- K(昭和22年生)は、二度の転職を経て、昭和60年12月にB社に入社し、ボイラー塗装工事等の現場監督を務めるなどしていた。昭和63年2月26日、Kは単身赴任し、ボイラー建設工事のうち塗装工事の技術指導等について孫請を監督する立場にあった。
同年11月16日にはボイラーの完成を祝う「火入れ式」が予定されていたが、本件作業は9月時点で予定より約1ヶ月遅れていたことから、Kは作業の遅れを取り戻すべく、9月以降消防検査当日の10月13日までの間、連日のように出勤したほか、残業は9月末頃から増加し始め、消防検査直前まで連日5時間の残業が続いた。10月13日の消防検査後同月末まで、Kはほぼ連日3時間程度の残業を行い増員もあったことから作業は急ピッチで進んだが、火入れ式までの間、K本社出張、休暇各1日を除いて毎日出勤し、概ね3時間の残業を行った。
11月14日、Kは午前7時頃本件現場に到着し、通常どおり作業を行い、午後6時頃職人らと弁当を食べた後作業を開始したところ、午後7時40分頃、叫び声が発せられ、これを聞いた職人らが駆けつけたところ、倒れているKが発見された。Kは直ちに病院に搬送されて診察・治療を受けたが、容態が好転しないまま翌15日午前8時に死亡した。
Kの妻である控訴人(第1審原告)は、Kは著しく過重な労働を強いられたことにより本件疾病を発症し死亡したから、Kの死亡は業務に起因するとして、被控訴人(第1審被告)に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。これに対し被控訴人は、これを不支給とする処分(本件処分)を行ったところ、原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
第1審では、Kの業務と死亡との間の相当因果関係を認めず、本件処分を適法としたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が控訴人に対して平成2年2月7日付けでした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。
3 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- Kには、基礎疾患として高血圧症が認められ、高血圧症の者がこれを放置すれば脳動脈瘤の脆弱化が進行して自然発生的に脳出血が発生すると考えられている。一方、脳出血は、身体外部から頭部などに強い力が加わった場合や極度の驚愕、緊張、興奮等著しい精神的負荷が加わったり、仕事による精神的緊張やストレス、疲労の蓄積等による精神的・肉体的負荷が加わった場合にも脳出血等の脳血管疾患を引き起こす可能性があることが認められている。ところで、Kの発症した脳出血は、その発症部位や強力な血圧降圧剤の使用にもかかわらず血圧が低下しなかったことなどから、相当高度の高血圧症に罹患していた可能性が高いことが認められるが、一方、脳出血発症前のKの血圧値は判明しておらず、Kの右基礎疾患が脳出血発症当時その自然の経過によって、一過性の血圧上昇があれば直ちに脳出血を発症する程度にあったとまでは認めることはできない。また、Kが強度の肉体的、精神的負荷を受け、その結果、急激な血圧変動や血管収縮を引き起こして脳出血を発症したといえるような異常な出来事に遭遇した事実も認められない。
Kは、T社の現場監督として、同社から塗装工事の孫請けをした会社及びその職員らを統括し、これに的確な指示をして、元請会社から指定された工期までに塗装工事を適正に完成させるという重い職責を負っていた。しかもKにとっては、本件現場のような大規模な工事は初めての経験である上、T社では元々複数の派遣を予定していたところ、人手不足からK1人を現場に派遣することになったものであり、その業務内容が1人では過重であったと解されることに加え、職務に代替性がなく、常に現場において作業終了時まで勤務している必要があり、また補助社がいないため雑用までがK1人に集中し、業務の拘束性の極めて高い職場環境にあった。そのためKは、体が疲れているときにも、他人に任せて早めに帰宅するなど、体調に合わせて職務内容を調整することが全くできない状況にあった。
Kは、昭和63年2月26日に本件現場に単身赴任して以来、脳出血を発症するまでの約8ヶ月半の間単身赴任生活を続け、しかもその大半を孫請会社の借り受けた一戸建て住宅で同社の職人と起居を共にしてプライバシーのない生活を送っており、生活環境も芳しくなかった。
塗装工事の進捗状況をみても、天候不順や職人不足による工事の遅れがあり、特に消防検査や火入れ式等の節目の工程があり、その工期が迫る中で、職人の手配がスムーズにいかず、焦燥感を募らせるなど多大の精神的負担を伴う工事であった。勤務時間についても、8月17日以降は休日勤務が増加し、11月13日までの89日間のうち、休日は実質4日しかなく、9月末からは残業時間が増加していき、特に10月4日から12日までの間は同月6日を除いて、1日当たりの残業時間が5時間以上に及び、朝6時50分頃宿舎を出て、深夜1時近くに宿舎に戻るという激務が続き、その後も10月16日から11月12日までほぼ連日3時間程度の残業時間が続き、帰宅時間が午後11時近くになるという状態が続いていた。具体的職務の内容も、危険性の高い、高所での勤務を伴うものである上、多数の職人を取りまとめて予定どおりに仕事を進めなければならず、また関係各社の担当者との折衝等気苦労の極めて多いものであった。
以上のような事実等を総合して判断すれば、Kの本件現場における業務は、精神的ストレスや疲労、身体的疲労を極度に蓄積する業務であったというべきであり、右のような過重な業務の継続によってKには慢性の疲労や過度のストレスが特席され、そのような精神的、肉体的負荷が、相対的に有力な原因となり、これとKの基礎疾患である高血圧症が共働原因となって、脳出血を発症させたものと認めるのが相当であり、Kの業務とKの発症した脳出血による死亡との間には相当因果関係があるというべきである。
以上検討したところによると、Kの脳出血については業務起因性が認められるところ、これと異なる見解に立って被控訴人がした本件処分は違法であるから、これを取り消すべきである。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法 労働基準法79条、80条、99:その他 労災保険法12条の8第2項、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 労働判例794号19頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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