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大阪(計測作業担当者)急性心筋梗塞死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大阪(計測作業担当者)急性心筋梗塞死事件
- 事件番号
- 大阪地裁 − 平成12年(行ウ)第106号
- 当事者
- 原告個人1名
被告堺労働基準監督署長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2001年10月17日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- A(昭和21年生)は、昭和42年12月、橋梁、鉄骨制作を業とするM社に入社し、同社堺工場あるいは大阪工場において、検査係の業務に従事していた。
M社は、平成5年3月、本州四国連絡橋公団から、来島三大橋(吊橋)の主塔の制作工事(本件工事)を請け負い、竣工時期は平成7年3月とされた。本件工事に当たり、M社と全国金属機械労働組合との間で夜間作業の労使協定が合意されたが、これによれば、夜勤の労働時間は、午後9時から午前6時までとし、途中1時間30分の休憩を設けること、連日夜勤は最大限4回までとし、2回以上夜勤した場合は翌週は昼勤とすること、4週間の夜勤日数は最大8回とすること、A、B2チームによる昼勤及び夜勤の隔週勤務とすること等が合意された。
M社では、本件工事の施工体制としてプロジェクトチームが結成され、その下部組織として平成5年12月14日に特別計測チームが設置されて、Aはその副リーダーに選ばれた。特別計測チーム発足後から死亡の1ヶ月前(平成5年12月14日から平成6年1月13日)までのAの勤務状況は、労働日数が18日、労働時間は127時間30分であり、死亡前1ヶ月間(平成6年1月14日から同年2月13日まで)は、労働日数18日、労働時間合計は133時間30分であり、同年2月11日は夜勤明け、12日及び13日は休日であるため、Aは死亡直前の3日間は業務に従事していなかった。Aは、同月14日午前7時25分頃、出勤途中の歩道上で倒れているところを発見され、救急車で病院に搬送されたが、同日午前8時頃、急性心筋梗塞(本件疾病)により死亡した。
Aは、少なくとも昭和61年10月22日以降、約8年間にわたり、総コレステロール値は正常値を常時上回っており、高脂血症と診断され、治療を受けるように指導されていたほか、昭和63年以降、一時を除き、常に軽症ないし中等症高血圧の状態にあった。Aは、少なくとも昭和62年4月から平成5年5月までは毎日約15本、それ以降は毎日約20本を喫煙し続けており、毎日1〜2合程度の飲酒を続け、アルコール性肝障害と診断され、禁酒指導を受けていた。
Aの妻である原告は、Aの死亡は業務上の理由によるものであるとして、平成6年7月1日、被告に対し、労災保険法に基づき、遺族補償給付及び葬祭料の支給を請求した。これに対し被告は、同年10月3日付けで、Aの死亡は業務上の疾病によるものではないとして、これを支給しない旨の処分(本件処分)をしたため、原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 業務起因生の判断基準
労災保険法上の保険給付は、労働者の業務上の死亡等について給付されるが、労働者の死亡等を業務上のものというためには、まず当該労働者が当該業務に従事しなければ当該結果は生じなかったという条件関係が認められなければならず、次いで両者の間に法的に見て労災補償を認めるのを相当とする関係(相当因果関係)があることを要する。そして、相当因果関係が肯定されるには、単に業務中に死亡等の結果が生じたというだけでは足りず、死亡等の結果が当該業務に内在する危険の現実化と認められることが必要である。本件疾病のような脳・心臓疾患が業務に内在する危険の現実化として発症したといえるには、発症に至るまでの当該労働者の身体的状況や業務の内容等、これを取り巻く諸要因、諸事情を総合的に考慮して、業務に起因する過重負荷により、当該労働者が有していた基礎疾患等が自然の経過を超えて急激に増悪したと認められることが必要である。
2 基礎疾患の増悪と業務の関連性について
Aは男性であり、発症当時は47歳で、基礎的な危険因子を有していた。また、Aは少なくとも昭和61年秋以降、血管内壁に脂質が蓄積し始めており、次第に年齢を経るにつれてプラークが形成されていったといえ、また急性心筋梗塞の発症は40歳以上が通常であることからすれば、本件発症当時、Aは加齢による粥状硬化が進行し、併せて高脂血症により血流柱の多くの脂質が冠動脈等の血管内壁に蓄積されていき、更に喫煙及びアルコールという危険因子が加わり、粥状硬化は平成6年1月18日(本件作業開始の時点)で相当進行していたといえる。これらのことを総合すれば、Aは平成6年1月18日以前の時点で冠動脈の粥状硬化が相当進んでいたことは医学上明らかである。
以上のことからすれば、Aの冠動脈等の粥状硬化は、狭心症発作を起こした平成6年1月22日の時点で、自然経緯に従って、いつ致命的な急性心筋梗塞を発症してもおかしくない程度の重篤な動脈硬化にまで進行していたといわざるを得ない。
Aは、特別計測チーム編成前、入社以来一貫して検査係の業務に従事しており、その際の業務が過重であったとはいえない。一方、特別計測チームが編成され、本件作業に従事してからは、精密度はそれまで使用していた機器とは異なって一段と高く、またこれまで会社では経験のない精密さを要求される計測作業であった。Aが死亡するまで従事していた作業は、パイロットメンバーと呼ばれる試作品の製作であったが、その作業内容は本作業の際と同様の技術を要求されていたし、また新しい機器にも作業自体にも慣れておらず、周囲の人間も同様の状況であったため、その意味で特別計測チームでのAの業務は質的には従前の業務と比較して全く異質とまではいえないものの、異なるところも多かった。しかしながら、M社は従来から橋脚工事を請け負ってきており、またM社が受注したのは主塔工事の一部であって、他社においても同様の作業が行われており、作業自体に特殊性はない。更にAは当該工事の責任者ではなく、特別計測チームの副リーダーとして計測を担当していたに過ぎず、同人がプロジェクト全体の責任者として計画の責任を負って作業を行っていたわけではないから、Aに自己が担当する業務の責任を超えて特別の負荷があったとは認めることはできず、また、本件作業全体の工程の遅れも認められない。
Aが従事していた業務は、同人が従前従事していた業務と比べて高精度を要求されていたものの、同様の計測業務である。Aが計測作業による目の疲れを来していたことは認められるが、Aは特別チーム編成前から視力が低下していたことが認められるし、また平成6年1月26日及び27日には同僚の応援等を得て作業を行うようになっており、本件作業におけるAの負担が軽減されていたといえる。また、パイロットメンバーの計測が始まった同月19日以降発症前日までの26日間のAの勤務状況は、昼勤日数が7日、夜勤日数が8日、夜勤明けが3日となっており、所定時間外労働は2回、合計2時間30分行っており、その労働時間からみれば、特段長時間労働が行われていたわけではない。Aは、夜勤として1回7時間の勤務に8回従事したに過ぎず、夜勤後には夜勤明けも組み込まれており、夜勤が過重なものとは認めることはできない。
原告は、高度の精密性や夜勤の寒冷時の作業が血液を凝固しやすくして血栓の発生を促進した旨主張する。しかし、急性心筋梗塞の原因は、冠動脈のプラークの破裂にあり、プラーク破裂後の血液凝固による血栓の形成は、血液中の血小板とプラークの内部の組織とが接触することによって促進されるのであるから、仮に寒冷作業等により血液を凝固しやすくなっていたとしても、急性心筋梗塞の原因となった血栓の形成にはほとんど影響を与えないというべきである。また、本件発症は、夜勤終了後、実質3日の休日取得後に発症しているものであって、寒冷下の作業が本件発症にどのように影響を及ぼしたかは明らかではない。寒冷の影響は、日常生活においても考えられ、寒冷の直接の影響という点においては、2月中旬という冬の寒い朝に起きているという点においても同様である。
以上によれば、Aの従事した業務は過重なものということはできず、原告の主張はいずれも一般的な可能性を示唆したものに留まると言わざるを得ない。よって、特別計測チーム編成後のAの業務が、冠動脈硬化を増悪させたと認めることはできない。
3 本件疾病の業務起因性
以上のことからすれば、本件疾病につき、Aは危険因子として、高脂血症、高血圧、喫煙、飲酒という危険因子を有していたが、一方で、Aの日常業務についてはこれを過重ということはできない。そして、本件疾病の発症の直近に本件疾病を惹起するような特異な事情はなく、むしろAは死亡の直前は実質3日間業務に従事していない。したがって、本件疾病の発症は、業務に起因するものとは認められない。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法79条、80条、99:その他 労災保険法7条1項、12条の8、16条の2、17条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1101号155頁
- その他特記事項
- 本件は控訴されたが棄却され、確定した。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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