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神奈川(タクシー乗務員)脳梗塞事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 神奈川(タクシー乗務員)脳梗塞事件
- 事件番号
- 横浜地裁 − 平成15年(ワ)第2513号
- 当事者
- 原告個人1名
被告タクシー会社 - 業種
- 運輸・通信業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1989年01月01日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(確定)
- 事件の概要
- 原告(昭和19年生)は、平成9年4月に被告にタクシー乗務員として入社した。被告は、乗務員の労働時間について、1ヶ月単位の変型労働時間制を採用しており、日勤勤務の場合は1ヶ月24回、隔日勤務の場合は1ヶ月に20回、18回、16回、13回、12回のいずれかの勤務を選ぶことができるところ、原告は、入社時より、隔日勤務の12勤務のうち、10勤務については午前6時30分始業・翌日午前0時36分終業(休憩3時間)、2勤務については午前11時始業・午後11時終業(休憩時間3時間)の形態を選んで勤務しており、隔日勤務の勤務日は、15日周期で割り振られ、13日目から15日目まで3日連続休息日とされていた。被告は、上記周期の14日目については、希望した乗務員には勤務させており(公出)、他の休息日(勤務が終わった当日の午後)にも、乗務員に勤務をさせることがあった(半公出)。被告においては、1日5万円の収入を上げるよう指示し、乗務員の賃金は収入に応じて歩合給が増加する賃金体系であって、原告の収入(日額)は、長時間労働により概ね5万円を超えており、営業所の乗務員100名中上位10位に入っていた。
なお、原告のような隔日勤務の自動車運転者について、「自動車運転者の労働時間等の改善のための基準」では、拘束時間が2暦日で21時間、1ヶ月で262時間(平成9年改正前は270時間)を超えてはならないと定められているほか、勤務終了後、継続20時間以上の休息期間を与えなければならないと定められている。
原告は、平成元年4月に高血圧症と診断され、降圧薬の投薬治療を受けており、平成8年10月頃、血圧が下がったのでその服用を止めていたが、平成9年10月及び11月に再び高血圧症と診断された。原告は、平成10年5月3日、午前6時50分に営業所を出庫し、仕事をしたが、午後10時過ぎ頃に体調に違和感を覚えて運転ができなくなり、病院に搬送されて「脳梗塞、右内包後脚脳梗塞(本件障害)」と診断され、入院した。原告はその後治療中の平成11年9月30日、被告を退職したが、脳梗塞による本件後遺障害が残ったため、労基署長に対し、本件後遺障害について労災保険法に基づく療養補償給付を請求したが、同署長はこれを支給しない旨の処分をした。原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたところ、再審査請求の継続中に認定基準が改定されたため、労基署長は職権により原初分を変更し、本件障害を業務上災害と認定した。
原告は、本件障害の発症は、過重労働に起因するものであり、被告には安全配慮義務違反があったとして、逸失利益、慰謝料等合計5013万6529円を請求した。 - 主文
- 判決要旨
- 1 被告の安全配慮義務違反の有無について
原告は、平成9年5月以降、1日置きに早朝から翌日まで働き、多くの場合、帰庫は翌日早朝になってからであって、その間の拘束時間は20時間を優に超えており、その上本来は休息日である勤務明けの当日にも引き続き午後から働いたこともあり(半公出)、このような長時間労働が平成10年4月まで続き、同年5月3日の勤務中に脳梗塞(本件障害)に罹患したものであって、このような長時間労働は、相当過重なものであったといえる。してみると、原告は被告に入社した当時既に52歳であり、高血圧症の基礎疾患を抱えていたが、原告の血圧は被告に入社する前の時点で降圧薬の服用が不要となる程度に下がっていたことと原告の労働時間を考えると、原告の1年間に及ぶ過重労働と本件障害が生じたこととの間には相当因果関係があると認められる。
被告としては、労働者との雇用契約上の信義則に基づいて、業務の執行に伴って労働者にかかる負荷が著しく過重なものとなって、労働者の心身の健康を損なうことがないよう、労働時間、休憩時間及び休日等について適正な労働条件を確保する義務を負っているというべきである。これを本件についてみると、被告は原告が長時間に及ぶ労働を継続していることを認識しながら、営収増進のため、これを黙認・放置し、原告の健康保持のために長時間労働を禁止する等適切な措置を講ずることなく、かえって、休息日にも勤務をさせ又は原告の公出、半公出勤務の申し出を拒否しなかったものであり、また健康診断の結果原告は高血圧で治療が必要であることも認識していたが、健康診断結果の「治療中」との記載を確認しただけで、何らの措置も講ぜず、休息日の勤務を禁ずることもなかった。したがって、被告には、安全配慮義務違反があったと認められる。
2 原告の損害について
治療費等608万4253円、休業損害2757万1977円(休業期間1761日間)、後遺障害逸失利益2249万4234円、障害慰謝料及び後遺症慰謝料1400万円となる。
原告の本件障害とその結果である本件後遺障害は、被告が原告の健康保持に対する配慮を欠いて1年間にわたり長時間労働を黙認・放置したことに一因があるが、他方、この長時間労働は、原告が高血圧で治療が必要な状態にあったことを知りながら、収入を増加させるために、最終的には自分の判断で行ったものである。そうすると、原告の損害の全額を被告に賠償させることは公平を欠き相当でないから、民法418条を類推適用し、上記諸般の事情を総合考慮して、原告の損害から5割を減ずることが相当である。
労災保険法に基づく療養給付520万5740円は、治療費等608万4253円の半額を上回るから、治療費等の損害は補填された。休業損害は、その半額1363万2782円から労災保険法に基づく休業補償973万7663円を控除すると、389万5119円となる。また逸失利益は、その半額1124万7117円から障害厚生年金等945万1164円を控除すると、179万5953円となる。そうすると、被告が賠償義務を負う原告の損害額は、休業損害389万5119円、逸失利益179万5953円及び慰謝料700万円となり、弁護士費用は130万円とするのが相当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、418条1項、709条、722条2項
- 収録文献(出典)
- 労働判例890号83頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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