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三鷹労基署長(中古車販売センター長)脳梗塞事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
三鷹労基署長(中古車販売センター長)脳梗塞事件
事件番号
東京地裁 − 平成19年(行ウ)第608号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年08月26日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
 原告(昭和24年生)は、昭和46年4月自動車販売を業とするT社に入社し、昭和48年5月から中古車販売に従事して、平成元年9月Nセンター長、平成5年2月にTセンター長、平成7年9月にFセンター長、平成9年10月にTセンター長となり、平成11年1月から三鷹センターのセンター長となった。

 三鷹センターには、平成11年当時、原告のほか、営業スタッフ3名と事務担当の女性従業員がいたが、営業担当は営業活動のため事務所を不在にすることが多く、女性従業員は体調が悪いこともあって、遅刻や欠勤が多く、原告はその対応に苦慮していた。

 平成11年1月から7月までの三鷹センターにおけるノルマ達成率は平均88%で、マイカーセンターの平均値に達していなかった。原告は、片道1時間程度かけて自家用車で通勤しており、早朝に出勤して午前8時頃には執務を開始し、退勤時刻は午後8時頃であって、発症前6ヶ月間の月間時間外労働時間数は、発症前1ヶ月40時間06分、同2ヶ月78時間15分、同3ヶ月82時間42分、同4ヶ月78時間39分、同5ヶ月49時間30分、同6ヶ月94時間55分となっており、夏季休暇のある8月やゴールデンウィークのある5月を除いて、月間80時間前後の時間外労働をしていた。

 平成11年9月3日、原告は午前中通常通り三鷹センターで執務していたが、午後になって手の痺れ、頭痛を訴えて病院で受診し投薬を受けて勤務に戻り、その後午後7時半過ぎに退勤した。原告は、自宅で晩酌をして就寝したが、夜半様子がおかしくなり、病院に搬送されて脳梗塞(本件疾病)と診断され、上記診断後の加療により、平成12年2月14日頃、右上下肢不全麻痺や失語症が残存した状態で症状固定となった。

 原告は、本件疾病を発症したのは、長時間労働、ノルマ達成に対する過度の長期的疲労の蓄積、事務担当職員の欠勤による業務量の増加、代替要員の不確保のストレスが複合的に加わったために発症したものと主張し、三鷹労基署長に対し、労災保険法に基づく障害補償給付を請求した。これに対し同署長は、本件疾病は「業務に起因することの明らかな疾病」とは認められないとして、不支給の決定(本件処分)をしたため、原告はこれを不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けた。そこで原告は本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1 三鷹労働基準監督署長が原告に対し平成15年6月11日付けでした労働者災害補償保険法に基づく渉外補償給付を支給しない処分は、これを取り消す。

2 訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 原告の業務の過重性について

 原告は相当な時間外勤務をしていた上に、これに加えて、センター長は厳しいノルマ達成の責任を負わされていたところ、三鷹センターは必ずしも成績の良い店ではなく、ベテランセンター長であった原告をしても、平成11年1月から7月までの間のノルマ達成率は平均に及ばない程度のものであった。また、原告の異動は、通常のセンター長の異動に比べて頻繁なものであって、異動によって、同種のセンター長の仕事とはいえ、新たな地域に慣れる必要もあり、また新たな人間関係の構築も必要となり、それだけ原告の業務の過重性は増加していたと評価できる。更に、三鷹センターの従業員は、原告を含めて5名であり、そのうち3名は営業スタッフで、三鷹センター以外での営業活動をしていることが多く、原告とともに三鷹センターに残って事務等を担当する女性従業員は体調不良等を原因とすると解される遅刻や欠席も多く、原告はその対応に苦慮しており、わざわざ同職員の自宅を訪れるまでに至っていたのであって、これも原告の業務の過重性を増加させていたものというべきである。

 これら一連の事実を考慮すれば、原告の業務の過重性は、量的にも質的にも強いものであったということができるし、原告が8月に連続した10日間の夏季休暇を取ることによって、前記過重な業務による疲労が回復することがなかったとしても不自然ではなく、前記夏季休暇の取得をもって原告の業務の過重性を否定することもできない。

2 原告の基礎疾患の本件疾病発症に対する影響

 労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の疾病等について行われるが、業務上の疾病とは、労働者が業務に起因して疾病が発症した場合をいい、業務と疾病との間に相当因果関係があることが必要であると解される。また、労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は、業務に内在する各種の危険が現実化して労働者に疾病等が発生した場合に、使用者等に過失がなくとも、その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとする危険責任の法理に基づくものであるから、業務と疾病等との相当因果関係の有無は、その疾病等が当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るか否かによって決せられるべきである。そして、脳・心疾患発症の基礎となり得る素因又は疾病を有していた労働者が、脳・心疾患を発症する場合、その素因等の程度及び他の危険因子との関係を踏まえ、医学的知見に照らし、労働者が業務に従事することによって、その労働者の有する素因等を自然の経過を超えて増悪させたと認められる場合には、その増悪は当該業務に内在する危険が現実化したものとして業務との相当因果関係を肯定するのが相当である。

 原告については、発作性心房細動の結果、血栓が形成されて、脳梗塞が発生したものと認定することができる。原告は、平成11年9月3日午後、手のしびれ、頭痛を訴え、受診して投薬を受けたが、同日の就寝中に異変を生じて病院に緊急搬送され、脳梗塞と診断されたこと、入院時の心電図では洞調律であったが、9月5日には2:1ないし3:1の心房粗動、9月8日には心房細動が記録されていること、平成10年2月にも心房細動と診断されており、これらに照らすと、原告は発作性心房細動を繰り返していたものと推認するのが相当である。

 発作性心房細動の誘因となるものとしては、ストレスや疲労のほか、飲酒、高血圧によるものもある心機能の低下、肺や心臓の機能的異常などであること、そして原告は、心房細動を引き起こしやすい要素の1つである血圧の高い状況にあった。しかしながら、原告の血圧は、本件発作が発症する6ヶ月前の平成11年3月には130/84であって、正常範囲内であり、心房細動も認められないこと、原告の飲酒も1日ビール350ml程度であって、喫煙の嗜好もない。これらに照らすと、心房細動の要因となり得る素因等を原告は有していたが、その程度は明らかでない上、その血圧の高さもさしたるものではなく、飲酒量も多いものではないのであって、これらが原告の心房細動により多くの影響を与えたものと認めるのは困難である。

 以上を総合して判断すれば、原告に本件疾病の原因となった発作性心房細動が発症したのは、一過性心房細動が繰り返された結果なのか、いきなり発作性心房細動が発症したかはともかく、その主たる誘因は、毎月80時間程度の時間外勤務に加えて、頻繁な異動や、職員問題も加わった三鷹センター長としての質量共に過重な業務による疲労やストレスによるものと認定するのが相当である。

 以上によれば、原告は、脳梗塞の基礎となり得る素因や危険因子を有してはいたが、三鷹センターにおける質量共に特に過重な業務に従事することによって、その素因等を自然の経過を超えて増悪させて本件発症に至ったものと認めるのが相当である。よって、原告の業務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係を認めることができ、原告の障害は労災保険法にいう業務上の疾病によって生じたものというべきである。
適用法規・条文
99:その他労災保険法15条
収録文献(出典)
判例タイムズ1315号122頁
その他特記事項
本件は控訴された。