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大衆割烹新入社員急性心不全死事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 大衆割烹新入社員急性心不全死事件
- 事件番号
- 京都地裁 − 平成20年(ワ)第4090号(甲事件)
- 当事者
- 原告 甲事件原告兼乙事件原告 個人2名 A、B
被告 甲事件被告 株式会社
被告 乙事件被告 個人4名 C、D、E、F - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年05月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却
- 事件の概要
- 被告会社は、大衆割烹等を経営する会社であり、本件事故当時、被告Cはその代表取締役社長、被告Dは専務取締役、被告Eは常務取締役第一支社長、被告Fは常務取締役管理本部長の地位にあった者である。一方、甲は大学卒業後の平成19年4月、新入社員として会社に入社し、同月10日からP店の調理担当として勤務するようになった者である。
P店の営業時間は、午前11時30分から午後2時まで、午後5時から午後11時までであり、月間80時間の時間外労働を組み込んで勤務計画が組まれていた。甲はP店で唯一の新入社員であって、その仕事内容は、朝出勤した後開店までに昼食等の準備、午前11時30分から午後2時30分過ぎまでの間、ランチ料理出し、食器洗い等、その後午後4時30分までの間、昼食、ミーティング、休憩、その後午後5時までの間夜営業の準備、その後午後11時過ぎまでの間、料理の盛りつけ、食器洗いなどであった。
P店の従業員の労働時間は、月間300時間を超えることがしばしばあり、350時間を超えることもあるなど長時間労働が恒常化していたが、他店と特に変わりはなかった。被告会社の三六協定では、所定労働時間1日8時間のところを、1日3時間、1月45時間、1年360時間の時間外労働ができることを原則とし、かつ特別の事情のあるときは、1月100時間、年間6回、1年750時間を限度に延長できることとなっていた。また、給与体系は、新卒者の場合、最低月間支給額は19万4500円であったが、これは月間80時間の時間外労働分が含まれ、それを除くと12万3000円であった。
甲は、平成19年8月11日、自宅において急性心機能不全を発症し、24歳で死亡した。甲の死亡について、労働基準監督署長は、甲の発症前1ヶ月の時間外労働時間を79時間46分、発症前2ヶ月ないし5ヶ月の1ヶ月平均時間外労働時間を78〜104時間と認定し、甲の突然死は過重な業務によるものであるとして、業務上災害と認定した。
甲の両親である原告A及び原告Bは、甲は著しく過重な業務により死亡したとして、甲に係る分として、逸失利益5972万3000円、慰謝料3000万円、原告Aに係る分として、葬祭料150万円、弁護士費用450万円、原告Bに係る分として弁護士費用450万円を請求した。これに対し被告らは、甲の慢性的な睡眠不足、過度の飲酒は、日常生活における不摂生、自己管理を怠ったことが原因であり、仮に長時間労働が死亡の一因であったとしても、相当程度過失相殺されるべきと主張して争った。 - 主文
- 1 被告会社は、原告Aに対し、3929万4874円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告会社は、原告Bに対し、3933万2654円及びこれに対する平成19年8月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告C、被告D、被告E及び被告Fは、原告Aに対し、連帯して3929万4874円及びこれに対する平成21年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告C、被告D、被告E及び被告Fは、原告Aに対し、連帯して3933万2654円及びこれに対する平成21年1月21日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
5 原告らの被告らに対するその余の請求は、いずれも棄却する。
6 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告らの負担とし、その余を被告らの負担とする。
7 この判決は、第1項ないし第4項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 甲の死亡と仕事との因果関係
甲の労働時間は、死亡前1ヶ月間の時間外労働時間約103時間、2ヶ月目116時間、3ヶ月目141時間、4ヶ月目88時間となっており、恒常的な長時間労働となっていた。そして、認定基準は労災保険法の定める業務起因性の認定に関するものではあるが、安全配慮義務違反あるいは不法行為と死亡との間の相当因果関係を判断するに当たっても経験則として重視することができるものと解される。
これを本件についてみると、甲の労働時間は、4ヶ月にわたって毎月80時間を超える長時間の時間外労働となっており、甲が従事した仕事は調理場での仕事であり、立ち仕事であって、肉体的に負担が大きかったといえることからすれば、甲の直接の原因となった心疾患は業務に起因するものと評価でき、会社の安全配慮義務違反等と甲の死亡との間の相当因果関係を肯認することができる。
甲の業務内容は、被告らが主張するとおり比較的単純な作業であり、精神的にも大きな負荷がかかる作業であったとはいえない。しかし、甲の生真面目で何事も一生懸命に取り組む性格や、調理場には1人しかいない新入社員であり、周りに気を配らなければならない立場にあったこと、実際、アルバイト従業員よりも仕事ができないにもかかわらず給料が多いことなどを気にしていたことなどからすれば、精神的にも相当程度の負担を感じていたことが認められるのであって、業務内容が比較的単純な作業であることから甲の業務と死亡との間の相当因果関係を否定することはできない。被告らは、甲が多量に飲酒していたことや、パソコン等業務と無関係の作業のため睡眠時間が短くなり、死亡の原因になった旨主張するが、甲が恒常的に多量の飲酒をしていたとは認められず、また甲が深夜や早朝にパソコンを使用したために睡眠不足になったことを認めるに足りる証拠はない。以上のことから、会社の安全配慮義務違反と甲の死亡との間に相当因果関係があると認められる。
2 被告らの責任
使用者は、その雇用する労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の進行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負う。そして、この義務に反した場合には、債務不履行を構成するとともに、不法行為を構成する。
被告会社は、甲を雇用し、自己の管理下に置き、P店での業務に従事させていたのであるから、甲の生命、健康を損なうことがないよう配慮すべき義務を負っていたといえる。具体的には、甲の労働時間を把握し、長時間労働とならないような体制をとり、一時やむを得ず長時間労働となる期間があったとしても、それが恒常的にならないよう調整するなどし、労働時間、休憩時間及び休日等が適正となるよう注意すべき義務があった。しかるに、被告会社では、給与体系において、本来なら基本給ともいうべき最低支給額に、80時間の時間外労働を前提として組み込んでいた。また、三六協定によっては、1ヶ月100時間を6ヶ月を限度とする時間外労働を許容しており、実際特段の繁忙期でもない4月から7月までの時期においても、100時間を超えるあるいはそれに近い時間外労働がなされており、労働者の労働時間について配慮していたとは全く認められない。また甲については、入社以後健康診断は行われておらず、就業規則で定められたことさえ守られていなかった。そして、労働時間を把握すべき部署においても、適切に労働時間は把握されず、P店では1ヶ月300時間を超える異常ともいえる長時間労働が常態化されており、それにもかかわらず、被告会社として何ら対策をとっていなかった。
以上のことからすると、被告会社が甲の生命、健康を損なうことがないよう配慮すべき義務を怠り、不法行為上の責任を負うべきであることは明らかである。
3 被告取締役らの責任
会社法429条1項は、取締役の職務懈怠によって当該株式会社が第三者に損害を与えた場合には、第三者を保護するために、法律上特別に取締役に課した責任であるところ、
労使関係は企業経営について不可欠なものであり、取締役は、会社に対する善管注意義務として、会社の使用者としての立場から労働者の安全に配慮すべき義務を負い、それを懈怠して労働者に損害を与えた場合には同条項の責任を負うと解するのが相当である。したがって、人事管理部の上部組織である管理本部長であった被告Fや、店舗本部長であった被告D、店舗本部の下部組織である第一支社長であった被告Eも、労働者の生命、健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたといえる。また被告Cは、会社の代表取締役であり、経営者として労働者の生命、健康を損なうことがないような体制を構築すべき義務を負っていたということができる。
しかるに、被告会社では、時間外労働として、1ヶ月100時間、それを6ヶ月にわたって許容する三六協定を締結しているところ、1ヶ月100時間というのは、厚生労働省で定める業務と発症との関連性が強いと評価できるほどの長時間労働であることなどからすると、労働者の労働状態について配慮していたものとは全く認められない。また被告会社の給与体系として、基本給の中に時間外労働80時間分が組み込まれているなど、到底労働者の生命、健康に配慮し、労働時間が長くならないよう適切な措置をとる体制をとっていたものとはいえない。そうすると、被告取締役らにおいて、労働時間が過重にならないよう適切な体制をとらなかっただけでなく、一見して不合理であることが明らかな体制をとっていたのであり、それに基づいて労働者が就労していることを十分に認識し得たのであるから、被告取締役らは悪意又は重大な過失によりそのような体制をとっていたということができ、任務の懈怠があったことは明らかである。そして、その結果、甲の死亡という結果を招いたのであるから、会社法429条1項に基づき、被告取締役らは責任を負う。なお、被告取締役らは、被告会社の規模や体制等からして、直接甲の労働時間を把握・管理する立場ではなく、日頃の長時間労働から判断して休憩、休日を取らせるなど具体的な措置をとる義務があったとは認められないため、民法709条の不法行為責任を負うとはいえない。
4 損 害
甲は死亡当時、年収278万4725円となることが認められるが、甲は入社して僅か4ヶ月で死亡しており、この額を基礎収入とすることは相当でない。そして、甲の実収入や業務内容、大学を卒業していることなどを考慮すると、基礎収入は平成19年賃金センサス男性労働者の全年齢平均賃金相当額の年収554万7200円とするのが相当である。そして、甲は独身であったことから、生活費控除を5割として67歳までの43年間に対応するライプニッツ回数(17.5459)を乗じると、甲の死亡による逸失利益は4866万5308円となる。
甲の死亡は24歳と若く、仕事に懸命に取り組んでいたこと等一切の事情を考慮すると、甲の死亡による慰謝料は2300万円が相当であり、各原告らは各2分の1を相続することから、各3583万2654円となる。葬祭料は原告Aにつき150万円が相当であり、原告Aは労災保険給付及び会社からの弔慰金を受領しているから、損害賠償額として153万7780円を控除する。また弁護士費用は350万円が相当である。
被告らは、甲の基礎疾患、過度の飲酒など日常生活における不摂生も死亡の一因であるとして過失相殺を主張するが、これは認められない。 - 適用法規・条文
- 02:民法民法415条、709条、
99:その他会社法429条1項 - 収録文献(出典)
- 労働判例1011号35頁、
労働経済判例速報2083号3頁・
法律 民法、会社法 - その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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甲事件 京都地裁−平成20年(ワ)第4090号 | 一部認容・一部棄却 | 2010年05月25日 |
大阪高裁 - 平成22年(ネ)第1907号 | 控訴棄却(上告) | 2011年05月25日 |