判例データベース

長距離トラック運転手諭旨解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
長距離トラック運転手諭旨解雇事件
事件番号
山口地裁 - 平成9年(ワ)第82号
当事者
原告 個人1名
被告 株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1998年07月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は貨物自動車運転事業等を業とする株式会社であり、原告は被告との間で、昭和45年10月に労働契約を締結し、以後長距離トラック運転手として稼働していた者である。

 原告は、平成7年9月19日午前零時30分頃、交差点を左折するに当たり、減速せずに進行したところ、本件車両の左側後輪付近を被害車両の左側後部付近に接触させ、被害車両の一部を損傷させるとともに、本件車両にも損傷を発生させた。ところが原告は、本件交差点から約30分程度の距離にあるパーキングエリアで停車し、本件車両に損傷がないか否か簡単に確認した後、同日午前7時頃被告山口店に到着したが、その際降車時の点検を行わず、仮眠室で休憩に入った。

 他方、被害車両の所有者から被告尾道店に確認の問合わせがあり、連絡を受けた山口店の担当者が原告に確認したとこと、原告は知らない旨返事をした。原告は翌20日に本件車両の損傷を発見したが、山口支店長Sに報告しないでいたところ、Sが原告の方に赴いて事情聴取を行い、原告は自分が起こした事故であることを認めた。Sは、原告から「弁償するから穏便に処理して欲しい」旨の要請を受けたが、責任を明確に認めていないと評価し、その旨を被告本社人事担当課長に報告した。またSは、同月25日、被告広島支店長同席の下、原告に対し再度の事情聴取を行ったが、原告は責任を認める態度を見せなかったことから、被告の社会的信用失墜及び社内規律を乱す行為である旨の意見書及び報告書を被告賞罰委員会に提出した。被告は右書面の提出を受けて検討したところ、本件車両の外に本件事故を起こしたと疑われる該当車両がないこと、本件車両と被害車両の損傷状況を照合すると、同一事故と合理的に推認できることから、本件事故を原告による当て逃げ事件と断定し、3回の賞罰委員会を経て、原告を諭旨解雇処分とした。

 これに対し原告は、本件諭旨解雇処分は、過去における同様な事案と比較して均衡を失すること、従前の勤務態度は良好であること、本件事故を起こすまでは無事故・無違反で、被告から安全運転(20年)の表彰を受けたこと、原告の組合活動を嫌悪して行った不当労働行為に当たることから、解雇権の濫用として無効である旨の確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有することを確認する。

2 被告は原告に対し、金684万9160円及び平成9年5月から本判決確定に至るまで、毎月25日限り、金42万0487円を支払え。

3 原告のその余の請求を棄却する。

4 訴訟費用は被告の負担とする。

5 この判決は、第2項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 就業規則該当性

 確かに、本件車両の損傷は、本件事故の際注意して確認すれば見落とすほどのものとはいえないと認められる。しかしながら、本件事故当時、原告が本件交差点を左折するに当たり、原告が当時音や衝撃を感じたことによって、直ちに原告に被害車両との接触の認識があったとまでは推認できない。そうであれば、原告がパーキングエリアで本件車両の周囲を簡単に見回る程度のことしか行わず、その後山口店に帰着した際にも降車点検をせず、漫然と放置したことや、Sらからの2回にわたる事情聴取の際の原告の対応も、本件事故により被害車両に損傷を生じせしめたとの認識がない原告の行動としては、特に不合理なものとは言えない。また、原告が本件事故を起こした際、被害車両に損害を与えたことを認識しながら、敢えてこれを放置したか否かについてのSらの事情聴取における原告の言動や、長距離トラック運転に従事している者たちの個人的な意見を加味した推測が含まれていると認められる。そうであれば、本件事故当時の原告の認識として、何らかの事故を生じさせたのではないかとの未必的認識を有していた以上のものがあったとまでは認めることができない。

 原告は、降車点検により本件車両の損傷に気付いた後も、Sから事情聴取するまでの間、Sや他の運行管理従業員などに対し、自発的に本件車両の損傷を報告することが可能であったにもかかわらず、何ら報告を行わなかったことが認められる。しかしながら、原告は、当初から被害車両に損傷を与える本件事故を起こしたという認識があったとは認められないこと、原告は他の運転手が本件車両を使用するに当たり車両点検をすれば、本件車両の損傷を発見し、被告の知るところになるであろうことを容易に認識し得たにもかかわらず、Sから事情聴取を受けるまでに右損傷が被告に発覚することを妨げる行動をしていないことから、原告が意図的に本件事故の報告を怠ったとまでは認められない。

 原告はSに対し、本件事故に自分が関わった可能性を認める旨の発言をしたものの、本件事故を起こしたことや直ちに事故の報告をしなかったことについて素直に謝罪していないこと、また2回目の事情聴取の際にも、本件車両の傷は、車両接触事故以外の原因でも生じる旨を述べていることなどが認められ、原告が本件事故に関する責任を回避し、事後の報告を怠ったことを正当化していると受け止められても仕方がないような誤解を招く言動を行っていたことが推認される。しかしながら、原告にはSから事情聴取を受けるまでは、自分が本件事故を起こし、被害車両に損傷を生じさせたという具体的認識があったと認められない以上、原告がSらからの2回にわたる事情聴取の際、ことさら不自然、不可解な弁明に終始したとまでは認められない。

 以上の事実によると、原告のSらに対する行動は、被告の業務としてのトラックを運転中、自らの過失により本件事故を引き起こした従業員の被告への対応としては誠実さに欠ける面があり、被害者から使用者責任を問われる被告の早期の対応を遅らせ、企業としての社会的信用を害するおそれがある行為であるとともに、使用者たる被告との労働契約上の信頼関係を損なう行為というべきであるから、原告は、本件事故発生及び爾後の対応について、本件就業規則に基づき、被告から何らかの懲戒処分を受けてもやむを得ないというべきである。

 しかしながら、原告は、被害車両を損傷したことを認識しながら、敢えてこれを放置したとまでは認められないこと、原告の行動が、被告に損害を与える意図又はそのおそれがあることを認識しながらされたものとまでは認められないこと、被害者側との間では、被害車両の損壊につき被害弁償が円満に終了していること、具体的に被告の社会的信用を失墜させる結果の発生が認められないことに加えて、解雇処分が労働者に与える影響の重大性を併せ考えると、本件事故の態様及び爾後の原告の対応が、懲戒(諭旨)解雇処分事由に該当するとまではいえず、また解雇処分とするのは、懲戒処分としては重きに過ぎる。よって、原告に対してなされた本件処分は、就業規則の適用を誤り、懲戒(諭旨)解雇事由がないにもかかわらず行われたものであるから、本件処分の意思表示は無効である。

2 中間収入の控除の有無及びその範囲

 使用者の責めに帰すべき事由によって解雇された労働者が解雇期間中に他の職について収入を得た場合、解雇期間中に使用者が支払うべき賃金の債務のうち6割を超える部分から当該賃金の支給対象期間と時期的に対応する期間内に労働者が得た右収入を損益相殺として控除でき、その範囲で被告の主張を認めることができるところ、原告の本件処分直前3ヶ月の平均月額賃金42万0487円の6割を超える部分が16万8194円であり、原告は本件解雇期間中の右賃金支払対象期間である(1)平成9年2月16日から3月15日までに金13万0925円、(2)同月16日から4月15日までに金19万7025円をそれぞれ収入として得ていることから、これらのうち右平均賃金の6割を超える部分である16万8194円を賃金相当額から控除でき、よって原告が請求する平成7年11月16日から平成9年4月15日までの期間を対象として被告が支払うべき賃金は、金684万9160円となる。
適用法規・条文
02:民法536条2項
収録文献(出典)
労働判例749号61頁
その他特記事項
本件は控訴された。