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証券会社上級社員公認会計士協会提訴等解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
証券会社上級社員公認会計士協会提訴等解雇事件
事件番号
東京地裁 - 平成16年(ワ)第8976号
当事者
原告 個人1名
被告 証券会社
業種
金融・保険業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年04月15日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、有価証券の売買等を目的とする株式会社であり、原告は平成10年4月被告に雇用され、為替本部のエグゼクティブ・ディレクターとして金融商品の販売等に従事し、被告から毎月、年間基本給2200万円の12分の1及び通勤手当の支払を受けていた。原告は上司である事業営業本部長との折合いが悪く、転職の話が出たことから、平成13年2月、為替本部長Cの誘いを受け、フラット為替の販売を主に担当するようになった。

 日本会計士協会(協会)は、平成15年2月18日、原告の取り扱う金融商品(フラット為替)に関する監査上の留意点(本件留意点)を発表し、これが一因となって同商品の顧客が相当数減少することとなった。原告は本件留意点が営業活動の障害になっているとして、協会に対してその撤回を求め、方針の変更を求めた外、被告においても、本件留意点が企業の為替変動リスクをヘッジする手段を不法に規制しかねないとの懸念を抱いていた。原告は、同年3月以降数回にわたり、被告の業務の一環として、フラット商品の顧客の監査法人Jの公認会計士と面会して意見交換するとともに、フラット為替のヘッジ会計に係る質問書を送付した。

 原告は、平成15年8月頃、個人名義で、会計士の体質は不可解であり、一度公表した勘違いを認めないなど、本件留意点の不当性を厳しく批判する論文を雑誌に掲載したり、協会に対し本件留意点の撤回を求めるなどした。しかし協会がこれを拒否したため、原告は、平成16年4月1日、協会に対し、本件留意点により原告の営業活動が阻害され、経済的・精神的に損害を受けたとして、慰謝料等の支払いを求める別件訴訟を提起した外、仕事上及び個人的付き合いを通じて知り合った顧客、知人、マスメディア等に対し、被告のメールアカウントを使用して、別件訴訟を提起した旨通知した。

 同月7日、被告は原告に対し、別件訴訟が被告の名声等に有害な結果をもたらすものであるにもかかわらず、既に受けていた指示に反して、別件訴訟を提起する前に直属上司又は法務部に相談することを怠ったのは社内規範に反するとして、譴責処分を行った。更に同月21日、被告は原告に対し、別件訴訟を取り下げるよう業務命令を発したが、原告はこれに従わなかったため、被告は、(1)原告が被告に通知することなく別件訴訟を提起し、別件訴訟の取下命令に従わないことにより、被告との信頼関係を著しく損ない、秩序規律を見出したこと、(2)被告のメールアカウントを使用して別件訴訟を顧客等に喧伝し、被告の信用を毀損したことが、就業規則等に違反するとして原告を懲戒解雇した。

 原告は、この懲戒解雇は無効であるとして、地位保全、賃金の支払いを求めて仮処分の申立をし、同年8月26日、裁判所は懲戒解雇を無効として、賃金の一部の仮払いを命ずる決定を行ったところ、同年9月6日、被告は、原告の一連の行為により被告原告間には雇用継続を困難とする重大な事由が存在するとして、原告に対し、本件懲戒解雇が無効である場合には、予備的に普通解雇する旨の意思表示を行った。

 これに対し原告は、別件訴訟は原告個人の人格権及び経済的利益に係る損害を回復するため、被告の名前を出さずに原告の費用をもって提起したものであり、原告の私生活に関する行為に過ぎないから、かかる事項について被告に職務上の指揮監督権はないこと、原告は別件訴訟提起後速やかに法務部へ報告していること、別件訴訟の提起は憲法上認められた裁判を受ける権利及び表現の自由の発露であり、これを許さないことは公序良俗に反することなどを主張したほか、被告は従業員の私的なメール使用を全面的に禁じてはいなかったとして、懲戒解雇事由に該当することはないと主張した。また原告は、被告は、本件懲戒解雇は、譴責処分の事項について再度懲戒の対象とするもので、一事不再理又は二重処罰の禁止に反し許されないとしてその無効を主張した。
主文
1 被告は、原告に対し、金609万4619円及び内金586万6665円に対する平成17年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、これを4分し、その3を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 原告による一連の行動の性質並びにそれに対する被告による規制の可否・範囲

 労働者はその労働力の処分を使用者に委ねたに過ぎず、国民としての権利行使を妨げられることはない。そして原告は、憲法上、裁判所において裁判を受ける権利、一切の表現の自由(検閲の禁止)、通信の秘密を保障されており、また従業員個人が民事訴訟の当事者となっている場合(個人訴訟)、その法的効果が使用者に及ぶことはない(民事訴訟法115条)。もっとも、従業員の私生活上の行為であるとしても、使用者の利益に影響を及ぼす場合があり得るところ、従業員は労働契約上の誠実義務として、業務の内外を問わず、使用者の利益に配慮し、誠実に行動することが要請されるのであり、個人訴訟が使用者の利益を害することとなれば、使用者から誠実義務違反を問われることとなる。そうだとすると、使用者は、従業員の私生活上の行為が被告の利益を害すると判断した場合、従業員個人に対して、かかる行為を任意に修正することを要請し、またその前提として、従業員に対して、事前に予定された行為の内容の報告を求めることは、公序良俗に反しないと解される。更に従業員の私生活上の行為によって使用者の利益が害された場合、使用者は従業員に対して。事後的に労働契約上の誠実義務違反を問うことができると解される。

 ところで、本件留意点に関する原告の一連の行動については、形式上、原告個人として行動しているといわざるを得ないものがあり、そのようにすることを被告から命じられたものでもないが、その目的は、被告の業務として行っているフラット為替の営業活動の障害となっている本件留意点を排除し、もって販売実績を上げることにある以上、被告の事業活動としての実質的側面を有するといわざるを得ない。そうだとすると、被告の利益が害されることが明白である場合、被告は原告に対して、かかる結果を招来する行動を回避することを事前に業務として命令できると解するのが相当である。

2 本件懲戒解雇の有効性

 原告については、(1)C本部長の指示に反して、法務部及び広報部に対し、事前に原稿を見せなかったこと、(2)社費で購入した本件雑誌記事150冊分を被告の経費で営業先に送付した際、協会や5大監査法人を揶揄し、挑発する内容の書簡を同封したこと、(3)ACCJ(在日アメリカ商工会議所)に対し、被告に無断で本件雑誌を送付し、協会や主要監査法人に挑発的な内容の書簡を同封したこと、(4)協会、5大監査法人及び公認会計士監査委員会に対し、被告に事前に報告することなく、内容証明郵便を差し出したこと、(5)協会に対し、本件留意点を「珍奇」と表現し、協会を侮辱する内容証明郵便を差し出したこと、(6)協会及びJに対し、被告から指示を受けていた事前報告をせずに、弁護士会照会を行ったこと、(7)本件雑誌記事について、会社の指示に反して社外事業活動に関する届出を怠ったこと、(8)上司と法務部の指示に反して、弁護士会照会に対するJ及び協会から回答があったこと並びにその回答内容を被告に報告しなかったこと、(9)別件訴訟の提起について事前に報告しなかったこと、(10)別件訴訟に係る記者発表について、事前に報告しなかったこと、(11)上司から、別件訴訟について問われた際、従業員や顧客に伝えた事実があるにもかかわらず、伝えていないと虚偽の回答をしたこと、(12)フラット為替を売り込んでいた会社の依頼に基づき、Jに対する質問書を作成してJに送付したり、当該質問書の作成を法務部の承認を得ずに弁護士に依頼していたこと、以上の就業規則、行為規範違反行為が認められる。

 以上の原告の行為は、就業規則41条による懲戒の対象となるものであるところ、懲戒権の行使は、規律違反・利益侵害に対する制裁として、その規律違反・利益侵害の事情に照らして相当なものでなければならず、相当性を欠く場合には懲戒権の濫用として当該懲戒処分は無効となる。原告は、本件留意点に関する一連の行動として、12に及ぶ非違行為を反復継続して行ったもので、これらは故意又は重大な過失に基づいて行われたものといわざるを得ず、規律違反の程度は重大というべきである。しかし、これらの非違行為によって、被告が損害を被ったり、その具体的な危険が生じたとまでいうことはできない。この点、被告は本件留意点について原告と同様に否定的な見解をとっているので、原告との対立点は、本件留意点を撤回ないし改善させるまでのプロセスに留まる。また、本件懲戒の理由として、原告が別件訴訟の取下命令に従わなかったことが大きな比重を占めていることは明らかであるが、原告が別件訴訟の取下命令に従わなかったことは非違行為とならない。更に被告は、金融庁から業務停止命令及び業務改善命令を受ける原因となった法令違反行為に関与した従業員について、懲戒解雇でなく普通解雇に止めている。そして原告は、C本部長から専門知識が非常に多いとして積極的な評価を受け、平成14年に約6億円、平成15年に約4億円と多額の売上げにより、被告のために貢献していたものであるが、懲戒解雇では退職金の支給を受けることができなくなる。

 以上からすると、原告について、懲戒処分として、退職金が支給されない懲戒解雇を選択することは、処分として重きに失するというべきであり、本件懲戒解雇は懲戒権を濫用したものとして無効とするのが相当である。

3 本件普通解雇の有効性

 原告は、本件留意点に関する一連の行動として、12に及ぶ非違行為を反復継続して故意又は重大な過失に基づいて行ったもので、規律違反の程度は重大であり、自己の意に沿わない上司の命令には服さないという原告の姿勢は顕著かつ強固であるといわざるを得ず、このことは、原告がC本部長や弁護士を小馬鹿にしていることからも明らかである。

 そうだとすると、従前の原告の勤務態度に問題がなかったとしても、これら12に及ぶ原告の非違行為によって、原被告間の信頼関係は既に破壊され、それが修復される可能性はないといわざるを得ないから、原告について、雇用の継続を困難とする重大な理由があり、客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当と認められない場合には当たらないというべきである。よって、本件普通解雇は有効である。

4 本件譴責処分の有効性

 以上からすると、原被告間の雇用契約は、本件普通解雇によって終了しており、現時点において、原被告間に本件譴責処分の付着しない労働契約は存在しないことになる。そして、原告が本件普通解雇までの間において、本件譴責処分によって賃金面その他で不利益を受けたことを認めるに足る証拠はないから、本件普通解雇までの本件譴責処分の付着しない労働契約という過去の法律関係について、確認を求める利益はないというべきである。そうだとすると、地位確認について一部認容する必要はないから、本件譴責処分の有効性について判断する必要はない。
適用法規・条文
01:憲法21条、32条、
02:民法90条
収録文献(出典)
労働判例895号42頁
その他特記事項
本件は控訴された。