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豊中市・とよなか男女共同参画推進財団館長雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
豊中市・とよなか男女共同参画推進財団館長雇止事件
事件番号
大阪地裁 - 平成16年(ワ)第14236号
当事者
原告 個人1名
被告 豊中市、財団法人
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年09月12日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告財団は被告市の全額出資により設立された財団法人で、とよなか男女共同参画推進センター条例に基づく「とよなか男女共同参画推進センターすてっぷ」(すてっぷ)の運営を被告市から委託されており、原告は、都議会議員や大学教員等を経て、平成12年9月1日、被告財団に、「すてっぷ」の非常勤館長(週22時間30分、月収30万円)として期間1年で雇用され、平成15年4月1日に3度目の雇用期間の更新を受けた女性である。
 平成14年頃から、「すてっぷ」の活動に対する批判的な動きがあり、被告市が制定に向けて準備していた「豊中市男女共同参画推進条例」等の条例案についても、市議会において激しい攻撃があったことなどもあり、平成14年12月4日、原告や被告財団のA事務局長は、これらの行動は「すてっぷ」の目的や事業内容に対する攻撃であると考えて、被告財団の役員、評議員に対し、(1)男女共同参画に対するバックラッシュが激しくなっている、(2)条例制定に向けて準備する中、バックラッシュの動きが顕著になっている、(3)被告市を対象としたバックラッシュの概要、(4)「すてっぷ」事務局への理解・支援の要請等を記載したファックスを送信した(ファックス事件)。ところが、このファックス文書が外部に漏出し、平成15年11月12日、「すてっぷ」攻撃の中心であるF議員や市民と被告市の担当者との間で交渉が持たれた際、ファックスに記載された個人への謝罪等が要求された。これに対し被告市は、文書の内容については謝罪しないが、外部に漏洩しやすいファックスを送信手段として利用したことは不適切であったとして関係者に謝罪すると回答したが、市民らの納得を得られなかった。
これに先立つ平成14年8月、A事務局長は、非常勤嘱託の館長職では、事業全体の統括管理に限界があると感じ、実質的には事務局長が統括せざるを得ない事態にあるという課題を盛り込んだ被告財団の事務局職員体制の整備に関する文書を作成し、被告市の人権文化部に提出した。これを受けてA事務局長と被告市の間で協議が行われ、その結果、非常勤館長職を廃止し、プロパー職員の事務局長(後に常勤館長に変更)に一本化する方向が固められ、平成15年10月30日、被告財団理事長の承認が得られた。
「豊中市男女共同参画条例」は、強い反対がありながら、反対の中心であったF議員が裁決に当たって賛成に回ったことなどから、平成15年9月の議会において可決成立し、同年10月10日に施行された。その後、被告市の人権文化部長(B部長)とA事務局長は、原告に伝えることなく原告の後任候補に接触し、候補者をDに絞り込んだ上、被告財団理事による常勤館長選考委員会を設置し、平成16年2月22日、原告とDを選考対象者として選考試験を実施し、Dを同年4月以降の「すてっぷ」の新館長に選任した。その上で、被告財団は、理事会の議決を受けて、「すてっぷ」の非常勤館長職を廃止し、同年3月31日限りで、原告を雇止めした。
これに対し原告は、本件雇止めは、原告が男女共同参画の実現について活発に活動していたことから、反対勢力の不当な攻撃の対象となり、被告らがそれらの勢力に屈して、「すてっぷ」の組織変更を行うなどしたためであって、本件雇止め及び新館長についての不採用(本件不採用)は違法であるとして、被告らに対し、雇用契約における債務不履行又は共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料1000万円、弁護士費用200万円を請求した。
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件雇用契約更新に対する期待
 原告は、本件雇用契約が当然更新される事情があったと主張するが、更新に対する期待は認めることができても、その期待を法的に保護すべき事情まで存したとはいえない。原告は、「すてっぷ」が開設した頃、被告市の助役が、少なくとも4年は頑張ってくださいという趣旨の発言をしたと主張するが、仮に4年という年数も含めた発言があったとしても、せいぜいその発言によって被告市や被告財団が、原告の就任当初、館長職の雇用が何度か更新されるであろうことを予測していたことが窺えるに過ぎない。上記発言者が助役であり、「すてっぷ」の館長職の雇用条件を決定する権限を有しているわけではないこと、発言が雑誌の中で出たことが窺えることに照らしても、被告財団や被告市が、発言に出た年数の雇用を約したことにはならない。
 3回の更新の際、被告市人権文化部長(B部長)が簡単に原告の意向確認だけをする以上に、原告に対して面談するなどの事情は窺えないが、少なくとも、3回にわたる更新時において、十分な検討がなされないまま更新されてしまったという事情は窺えない。むしろ、原告のそれまでの活動から、更新に特に支障がなく、次年度も継続して勤務させることが相当と判断されていたと推認するのが相当である。
「すてっぷ」の館長は全国公募であり、その手続きに要した労力に照らすと、雇用契約期間を単年度だけで終了させ、また新たな非常勤館長の募集をすることを予定していたとは考えにくい。もともと、「すてっぷ」の館長としての業務は、ある程度継続性のある事業の企画・立案を統括することが期待され、特に支障がない限り、一定程度の雇用契約の更新が想定されていたということができるが、一方で、1人の館長が館長職を長期間独占することを想定しているとも言い難い。いずれにしても、「すてっぷ」の館長職は、一定程度の更新を想定していたということができるものの、契約の更新が当然であるとか、それが法的な権利として認められていたわけではない。
 以上によると、本件契約は、一定程度の更新が想定されていたとはいえ、当然に更新されるわけではなく、また更新されることが法的な権利と構成できるような状態にあったともいえない。
2 被告財団の組織変更の必要性
 原告は、「すてっぷ」に組織変更の必要性はなく、組織変更は原告を排除するための口実であったと主張するが、少なくとも、上記組織変更をもって、原告を「すてっぷ」から排除するための口実であったと認めることはできない。原告は、本件組織変更が、通常考えられない唐突さをもって実施されたと主張するが、平成14年度から条例の施行により、派遣者の交替が困難になり、平成16年4月に事務局長の後任を被告市から派遣することが困難となったところ、特に被告財団の事務局長を常勤プロパーとする必要がある以上、館長と事務局長の一本化も1度に済ませてしまうことは十分あり得るところであって、組織変更全体の対応を早めたこと自体は不自然とはいえない。
 原告は、本件組織変更が原告に秘密にされたことは、原告を排除するためであったからであると主張する。確かに、本件組織変更が、被告財団事務局職員体制のために過ぎないのであれば、組織変更や後任候補者の人事情報について原告に秘匿しなければならない必要性は考えにくい。原告が本件組織変更の具体的計画案を知らされた直後、館長について尋ねたことからも、後任館長人事に強い関心を有しているであろうことは容易に想像できるにもかかわらず、意図的に情報を秘匿していたことは明らかであり、この情報の秘匿が、後日、原告の被告らに対する不信感を募らせる最大の原因となったことは否めない。もっとも、被告市や被告財団において、館長職を雇止めとなる予定の原告に、後任人事についての意見を聞かなければならない義務があるとまではいえず、後任候補者関係の情報を秘匿したこと自体をもって違法ということはできず、少なくとも本件組織変更の必要性を否定する事情とはいえない。
 結局、原告の主張するところは、本件組織変更が唐突であることから、その必要性はなく、むしろ、原告を排除する目的があったと推認されるべきであるというところにあると解されるが、本件組織変更の必要性を否定することはできず、原告自身、その必要性自体については特に否定しているわけではないと解される。
3 本件雇止めの動機
 平成14年7月頃から、「すてっぷ」の活動に反対する団体から一種の示威行動があったが、これに対して原告がその活動に影響を受けた様子は窺えず、またこれによって被告市が何らかの憂慮を抱いた様子も認められない。平成15年11月15日、F議員が「すてっぷ」の活動に反対すると思われる団体に所属する3名とともに、原告を名指しで批判するとともに、ファックス文書に記載された個人への謝罪を求めたが、被告らは謝罪をしないままになっており、これらの勢力に対し屈服したような態度をとったとはいえない。同年9月頃、市議会副議長から、原告が講演で「専業主婦は頭が悪い」との発言をしたとの噂を聞いたと告げられた被告市の部長や課長は、それを即座に否定しており、同部長や事務局長が原告と副議長との面談を止めたことをもって、バックラッシュ勢力に屈したということもできない。
 また原告は、被告市は本件推進条例の制定と引き換えにバックラッシュ勢力との間で密約をしたと主張する。しかし、本件推進条例は平成15年10月10日に成立しているが、そのころまでの反対勢力の活動は前記のとおりであって、被告市が反対勢力に屈服するような状況にはなかったといえる。被告市に対する明示的で強い抗議行動としては、ファックス文書事件を挙げることができるが、そもそもF議員から問題を指摘されたのが平成15年11月12日であって、その時点では既に本件推進条例は制定されていたのであるから、ファックス文書事件が条例制定との引き換えとなることは考えにくい。そもそも、原告の主張する密約が成立するためには、バックラッシュ勢力としては、条例制定を認めても構わないから、それ以上に、原告を館長から降ろすことが優先順位にあったということを前提とすることになるが、反対勢力がそこまでの意図を有していたと認めるに足りる証拠はない。以上によると、「すてっぷ」の活動に反対する動きがあったことが認められるものの、これが原告排除の原動力となり、原告を雇止めするための口実として、本件組織変更が計画・実施されたと認定することはできない。
 そもそも本件雇用契約は、雇用期間の定めのある契約であり、特段の事情のない限り、雇用期間の満了をもって終了する契約であって、更新されることが当然とはいえず、これを法的な権利と構成することもできない。また、被告財団事務局職員体制のために組織変更を行うことになり、これに伴い非常勤館長職が廃止となるため雇止めとなったことが認められ、「すてっぷ」の反対勢力に屈したことや、条例制定と引き換えに館長職から排除することの密約があったなどとは認められない。したがって、本件雇止めを違法であるとはいえない。
4 本件不採用の違法性
 原告は「すてっぷ」の館長としての実績などから、優先的に採用されるべきであったと主張する。確かに原告の実績については、被告らも一定の評価をしていたことが認められるが、そのことによって、これを法的に保護されるべき権利とまで認めることはできない。また原告は、「短時間労働者であって通常の労働者として希望するものに対し、これに応募する機会を優先的に与えるよう努めるものとする。」と定めたパートタイム指針上も優先採用されるべき地位にあったと主張する。しかし、同指針は努力義務を課すものであって、法的な義務を課しているとは解されず、しかも本件組織変更後の常勤館長は事務局長を兼務し、財団実務の総括責任者となるため、その業務内容も、原告が従事していた非常勤館長職と相当異なるといわざるを得ず、上記指針の適用を認めることはできない。
 原告は、採用選考委員会委員の選任及び採用試験の実施について手続き違反があると主張する。原告は、本件組織変更が原告を排除するためのものであり、これを主導したのは被告市であるから、そのB部長を選任するのは違法であると主張する。しかし、被告市による原告排除の目的の事実を認めることができず、しかも被告市と被告財団との関係を考える以上、「すてっぷ」の館長の選考に際し、被告市の意見を反映させるため、被告市の担当者から理事になっている者を選考委員として選任しても不合理とはいえない。もっとも、B部長らは、平成15年12月11日、後任候補者として、S市立男女共同参画推進センターを退職することを前提に、Dに対し就任を依頼しており、このためB部長は、万一Dが適任でないと判断されれば、自分らが辞表を出して謝っても済む問題ではない旨供述しており、そのような人物が本件選考手続きに関与することについては、公正さに疑念を抱かせる事情といわざるを得ない。しかし、B部長が選考委員となることによって、選考結果に何らかの影響を与えたような形跡は窺えず、結果として、本件選考自体に不正を窺わせるような事情が存したと認めることはできない。
 原告は、選考委員会委員長として、F議員の所属する会派と関係のある労働組合の出身であるGを選任するのは違法である旨主張する。しかし、委員長となったGは、連合大阪豊中地区協議会の議長であるが、連合大阪は豊中地区を含め男女共同参画事業を推進すべきとの方針をとっている団体であり、被告市の先進的な本件推進条例については、被告市長に要請書を提出しており、「男女平等推進条例」の早期制定を要請している。このように、少なくとも、Gを「すてっぷ」の活動に反対する勢力の一員とみることはできず、むしろ、これらの勢力に対峙する立場であるといえる。
 原告は、被告財団職員採用要綱によれば、試験の方法は、「一次試験として筆記試験を実施し、二次試験として面接を行う」と定められているのに、筆記試験を行わなかったと主張する。しかし、同要綱によると、「理事長が特に必要と認める場合には選考によることができる」と定められており、常勤館長の採用については、競争試験ではなく筆記試験を実施しなかったからといって、要綱違反となるとはいえない。以上によると、本件不採用において、原告に対し慰謝料を支払わないといけない程度の違法性があったと認めることはできない。
 本件雇止め及び本件不採用について、いずれも違法であると認めることはできず、被告財団に不法行為の成立を認めることができない以上、被告財団と被告市との間に共同不法行為が成立する余地はない。
適用法規・条文
02:民法709条、719条1項
収録文献(出典)
労働判例1006号42頁
その他特記事項
本件は控訴された。