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T市・男女共同参画推進財団館長雇止控訴事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- T市・男女共同参画推進財団館長雇止控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成19年(ネ)第2853号
- 当事者
- 控訴人 個人1名
被控訴人 T市、財団法人 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年03月30日
- 判決決定区分
- 原判決変更(控訴一部認容・一部棄却)(上告)
- 事件の概要
- 被控訴人(第1審被告)財団は、「T男女共同参画推進センター」(センター)の運営を被控訴人市から委託されている団体であり、控訴人(第1審原告)は、平成12年9月1日、被控訴人財団に、「すてっぷ」の非常勤館長として期間1年で雇用され、平成15年4月1日に3度目の雇用期間の更新を受けたものの、以後は組織変更後の常勤館長に採用されることなく、平成16年3月31日限りで雇用が終了とされた。
平成14年頃から、「センター」の活動に対する批判的な動きがあり、「T市男女共同参画推進条例」等の条例案は、市議会において激しい攻撃があったが、平成15年10月1日議会で議決され、同月10日施行された。
平成14年8月、被控訴人財団のA事務局長は、事務局職員体制の整備に関する文書を作成し、被控訴人市の人権文化部に提出し、これを受けて被控訴人間で協議が行われ、非常勤館長職を廃止し、プロパー職員の事務局長(後に常勤館長に変更)に一本化する方向が固められ、平成15年10月30日、被控訴人財団理事長の承認が得られた。
被控訴人らは、控訴人に伝えることなくその後任候補に接触し、候補者をDに絞り込んだ上、被控訴人財団理事による常勤館長選考委員会を設置し、平成16年2月22日、控訴人とDを選考対象者として選考試験を実施してDを同年4月以降の「すてっぷ」の新館長に選任した。その上で、被控訴人財団は、理事会の議決を受けて、「センター」の非常勤館長職を廃止し、同年3月31日限りで、控訴人を雇止めした。
これに対し控訴人は、本件雇止め及び新館長についての不採用(本件不採用)は違法であるとして、被控訴人らに対し、雇用契約における債務不履行又は共同不法行為による損害賠償請求権に基づき、慰謝料1000万円、弁護士費用200万円を請求した。
第1審では、控訴人に対する本件雇止め、新館長への不採用は、いずれも不法行為に当たらないとして、控訴人の請求を棄却したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 原判決を次のとおり変更する。
2 被控訴人らは各自、控訴人に対し、150万円及びこれに対する平成16年2月25日から支払済みまで年5分の割合による金銭を支払え。
3 控訴人のその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、第1、2審を通じ、2分の1を控訴人の負担とし、その余を被控訴人らの連帯負担とする。
5 この判決の第2項は仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 雇止め及び不採用の違法の有無
被控訴人財団や「センター」の設立の目的及び被控訴人市との関係、被控訴人財団の館長募集要項や就業規則の制定、更新期間1年の定めのあることなどを記載した雇用通知書・辞令の文言、報酬などの雇用条件の内容、被控訴人らが「センター」館長を期間の定めのある非常勤嘱託職員とした理由、その雇用に当たっては被控訴人市の政策目的にふさわしい専門的知見や経験、知名度などが一番に考慮され、厳格な成績主義によらずに幅広い活動歴を持ち地位の高いポストにふさわしい控訴人を雇用した経緯並びに職務の独立性の度合いからすると、実質的に被控訴人市の行政の一部を担う部署に相当する被控訴人財団における「センター」の館長職の雇用関係は、地方公共団体の職務を行う特別職の非常勤の公務員の地位に準ずるものと扱われるべきであり、控訴人と被控訴人との雇用関係は、民事上の雇用関係の法理が適用されるよりも、被控訴人市の特別職の職員(地方公務員3条3項3号)の任免についての法理が準用されると解するのが相当である。したがって、「センター」館長としての控訴人の雇用について、期限を定めたからといって、これを違法ということはできず、また、雇用期間経過後の更新についても解雇の法理は適用されないから、期限付き雇用が数回更新されても期限付きでない雇用に転化するものではなく、信義則から更新の権利義務が生じることもなく、更新拒絶(雇止め)については原則として雇用者の自由であり、特段の合理的理由を必要とするものでもないというべきである。
このように、控訴人と被控訴人財団との雇用が公法的な意味合いを持つ法律関係に準ずるものと解すべきであることのほか、本件組織変更が行われる前後の「センター」の館長職が、常勤・非常勤、雇用期間の定めの有無、業務の内容などにおいて、実質上、同一の職務であるとはいい難いことに鑑みると、控訴人が本件雇止めの後、当然に新館長に雇用されなかったことが、パートタイム労働法の趣旨に反することなどにより違法であるということはできず、また新館長の雇用は、「センター」の存立の目的からして、同被控訴人の政策的又は政治的裁量・責任のもとに行われるべきことから、その選任は選任権者の自由な裁量によるのであり、本件組織変更の前に非常勤館長として3度、3年余にわたり雇用期間が更新されてきた控訴人が、当然に新館長に就任する権利を有していたとはいえないし、そのような期待を有していたとしても、そのこと自体について法的な権利を認めることはできない。したがって、本件雇止め又は本件不採用については、雇用契約上の債務不履行又は不法行為に該当するということはできない。
2 雇止め及び不採用に至る経緯の違法性
被控訴人人権文化部長(B部長)は、控訴人が新館長の候補者にはならない前提でDと接触し、その就任内諾を取り付け、このことを被控訴人市長にも伝え、結果としてDが館長に選任されたものであり、その選考過程に違法とすべき点はないが、被控訴人市の担当者のこれらの動きが影響を及ぼさなかったと断言することはできないし、そもそもB部長自身が選考委員に就任したこと自体、公正さを疑わしめるものがある。しかしながら、被控訴人らは、控訴人を敢えて新館長の候補者に加え、選考委員の一人としてB部長が就任したのも、被控訴人市の被控訴人財団への支援・助言・連携の関係上必要であったとの被控訴人らの主張自体においては不合理な点はないから、選考委員による選考及びその結果は、Dの次期館長就任に向けてのB部長などの動きを、結果的に浄化したものと評価するのもやむを得ない。
しかし、遅くとも平成14年3月頃から、被控訴人市や市議会の内外で、控訴人の行動に反対の勢力による組織的な攻撃が行われており、その方法は、直接に反抗することのできない被控訴人らの職員に畏怖感を与えるような行動に出たり、嫌がらせを行ったり、虚偽に満ちた情報を流布して市民を不安に陥れたりするなど、陰湿かつ執拗であったところ、市議会において与党会派に属し、市長や市議会に対しても横暴な行動をもって一定の影響力を有するF議員を中心にした活動があったことや、平成15年3月に予定されていた本件推進条例が上程そのものを阻止されて成立をみなかったことから、被控訴人市やB部長においては、同年9月の次期市議会では面目をかけてその制定を図らねばならないとの思惑により、上記勢力を宥める必要性に迫られていたことはある程度推測されるところである。結局のところ、被控訴人財団における男女共同参画推進の象徴的存在であり、その政策の遂行に顕著な成果を上げていた控訴人を被控訴人財団から排除するのと引換えに条例の議決を容認するとの合意を、F議員らの勢力と交わすに至っていたものとの疑いは完全に消し去ることはできない。少なくとも、B部長らがDと接触して候補者の内諾を得たのは、あってはならないところを一部勢力の動きに屈し、むしろ積極的に動いた具体的行動であったということができる。
すなわち、本件においては、F議員が「センター」に対する攻撃を続け、同年9月の市議会において条例制定に反対する討論を延々と行ったにもかかわらず、議決に当たって一転して賛成に回り、同条例案が議決されるに至ったという不自然な流れともに、B部長や事務局長らは、本件条例案が議決されるや、被控訴人財団の組織変更の検討を急ぎ再開し、同年10月中旬までに、プロパーによる常勤館長を置くという組織変更を行う意思を固め、控訴人を外した候補者リストを作成し、被控訴人市長の内諾を得て、平成15年2月1日の被控訴人財団臨時理事会において同案を確定させたとの事実関係の流れがある。そして、B部長らは、遅くとも平成15年11月11日から新館長の候補者に対する打診を開始し、Dが、控訴人において新館長に就任する意思があるときは自らはその就任を固辞する意思を有していることを了知しながら、控訴人にその意思はない旨告げて、Dに就任の内諾をさせ、Dを新館長に就任させようと企図したものの、控訴人が新館長への就任の意思を表明するに至ったため、選考試験をすることになった。しかし、被控訴人市においては、控訴人が新館長に選考されれば、その経緯からして、B部長のみならず、被控訴人市長も政治責任を問われかねないことを懸念し、Dの新館長就任実現に向けて動いたものであることも窺うことができる。
このような動きの中での控訴人の立場を見ると、当時一部勢力による控訴人への攻撃活動が繰り返されていた中で、控訴人が館長として継続して就任していられるかどうかは、重大な関心事であったのは当然であり、上記攻撃活動が被控訴人ら関係者に対してされている中ではなおさら、被控訴人ら関係者から、館長職の在り方や候補者いかんについてその都度説明を受けてしかるべき立場にあったというべきである。職域内のローテーションで配置された職員や従業員とは異なり、特定の職に就くものとして応募採用され、就任後は、専門的知見や経験、知名度そして内外の人脈を生かして幅広く質の高い初代の館長職をこなしてきた控訴人として、「すてっぷ」の組織の在り方、次期館長候補者について情報を得て、協議に積極的に加わり自らの意見を伝えることは、現館長職にある立場にあってみれば当然にあるべき職務内容として与えられるべきか取るべき態様ないし行動であって、これをないがしろにし、更には控訴人の意向を曲解して行動する被控訴人らの担当者の動きがあった場合には、控訴人の人格権を侵害するものといわなければならない。
本件雇止め及び本件不採用について、雇用契約における債務不履行又は不法行為があったということはできないものの、上記のように、被控訴人財団A事務局長及び被控訴人市のB部長が中立的であるべき公務員の立場を超え、控訴人に説明のないまま常勤館長体制への移行に向けて動き、控訴人の考えとは異なる事実を新館長候補者に伝えて候補者となることを承諾させたのであるが、これらの動きは、控訴人を次期館長職には就かせないとの明確な意図をもってのものであったとしか評価せざるを得ないことに鑑みると、これらの動きにおける者たちの行為は、現館長の地位にある控訴人の人格を侮辱したものというべきであって、控訴人の人格的利益を侵害するものとして、不法行為を構成するものというべきである。
4 共同不法行為及び損害額
上記控訴人の人格権侵害は、少なくとも被控訴人市のB部長と、被控訴人財団のA事務局長の共同不法行為によるものということができ、被控訴人らは連帯してこれによって控訴人が被った損害の賠償義務がある。しかして、控訴人の慰謝料としては、一部反対勢力の動きに屈して積極的に動いた上記違法行為の態様に、控訴人が「センター」の館長に雇用されるまでの経歴、専門的知見と雇用されるに至った経緯、その後の3年余にわたる館長としての実績などを合わせて斟酌して、100万円をもって相当とするというべく、更に、弁護士費用として50万円を被控訴人らの不法行為と因果関係のある損害として認める。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、719条1項、
99:その他 地方公務員法3条3項 - 収録文献(出典)
- 労働判例1006号20頁、労働法律旬報2010年7月下旬号
・法律 民法、パート労働法、地方公務員法 - その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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大阪地裁 - 平成16年(ワ)第14236号 | 棄却(控訴) | 2007年09月12日 |
大阪高裁 − 平成19年(ネ)第2853号 | 原判決変更(控訴一部認容・一部棄却)(上告) | 2010年03月30日 |