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建築資材製造等会社経済的援助等過剰干渉事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 建築資材製造等会社経済的援助等過剰干渉事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(ワ)第11960号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名、S工業株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年02月16日
- 判決決定区分
- 棄却(確定)
- 事件の概要
- 被告会社は、建築資材の設計、製造販売等を目的とする会社であり、被告は平成19年12月まで被告会社の人事担当取締役、原告(昭和39年生)は、職業訓練校を通じて平成4年4月に被告会社に入社し、東京事務所で勤務していた女性である。
原告は被告会社に入社する際、幼い娘を抱えて離婚したばかりであったこともあって、家族手当や住宅手当の支給を希望していたところ、被告は採用に当たって原告に対し労働契約書を示し、「100,000円」と記載された部分を指差しながら、家族手当や住宅手当は出せないが、これだけの技術手当を支給する旨説明した。そのため原告は、給与が基本給20万円と技術手当10万円の合計30万円と理解して、同契約書に署名捺印した。ところが、4月分の給与が21万円と通勤費だけであったので、被告に対し給与額が契約書と異なっている旨指摘したが、被告は「契約書の記載が間違っている、1万円は1万円だ」と言って取り合わなかった。被告会社は平成4年6月に退職金規定を定め、これに伴い給与体系の変更を行ったところ、これにより原告の賃金は「基本給21万円」から「基本給12万6000円(本給7万5500円、加給5万0500円)、職務手当3万3000円、技術手当5万1000円」の合計21万円に変更された。また原告の平成12年の賞与は44〜45万円だったが、被告の発案に反対意見を述べたところ評価を下げられ、平成13年夏季の賞与が30万円となった。その後原告は平成13年10月にうつ病と診断され、投薬治療等を受けた。その原因の詳細は不明だが、平成16年5月に入院した際には、「家事、育児、仕事を全て抱え込んでしまったことで症状増悪」と診断された。
被告は、平成16年3月頃から、原告を外出に同行させ、食事に誘うようになり、原告とデートできて楽しいと言うなどした。また平成17年2月には原告の娘に高校入学祝いを贈り、月1回食事に付き合うことを条件に月10万円を支援することを原告に約した。そして、原告の娘のホームステイや原告自身の海外旅行等、支援総額は300万円程度に達した。更に被告は、原告のメールアドレスを聞き出し、頻繁にメールを送信するようになり、原告が着信を拒否すると、被告は原告の自宅にたびたび電話するなどした。平成17年7月には、被告は原告に対し、「できるだけ原告に協力していく。原告を好きなことは変わらない。他の人とは結婚しない。男女関係の交換条件はない」旨のメールを送り、「一緒に帰りたい」、「支援したい」、「賞与の評価は自分の感情を入れずに高い評価にした」といったメールを頻繁に送信した外、速やかなメールの返信を求めるなどした。原告はこうした被告の言動を苦痛に感じ、平成19年1月31日に被告会社を退職した。
原告は、採用時の賃金決定及び退職金規定の新設に伴う賃金体系の変更によって不利益を受けたとして、1ヶ月について差額9万円、178ヶ月総額1602万円と退職金296万円のほか、被告に対し、平成17年2月頃の不法行為後に発生した賃金相当の損害額として216万円を、更にうつ病罹患及び退職の経緯について、被告の長年のセクハラ、パワハラにより心身に多大な苦痛を被ったとして、慰謝料等860万円余を請求した。 - 主文
- 1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 原告の被告らに対する賃金相当の損害賠償等の請求について
人事管理担当の取締役である被告が、労働契約書の賃金欄に「10,000円」と記載すべきところを「100,000円」と書き間違えたなどという無責任な主張は、それ自体失当である。被告は、まだ20代であった原告の気を引くために、支給の意思がないのに10万円の手当を支給するかのような説明をしたというべきであり、そうだとすると、原告は被告会社との間で、給与月額を、基本給20万円、技術手当10万円の合計30万円と合意したと認めることができる。原告は、被告の説明をそのまま信じて給与を30万円と合意したものと考えられ、このような経緯において、被告会社の錯誤や心裡留保によってこの合意が無効というのは不自然である。
しかし、被告会社は原告に対し、最初の給与である平成4年4月分も21万円しか支給しなかったのであり、月額30万円を支給する意思を有していなかったことが明らかであり、原告の年齢や職種を考慮すると、10万円の技術手当は多すぎるというべきであるし、合計30万円は求人票の毎月の賃金(18万円ないし24万円)の上限を6万円も超えている。これらの事実に、原告は4月分の給与に疑問を持ち交渉したが、「1万円は1万円だ」と言われるなどして引き下がらざるを得なかったこと、5月分の給与も前月分と同額であったこと、6月25日頃給与体系が変更されたが、新給与体系においても原告の給与月額は21万円であり、総額に変化がなかったこと、原告は本件訴え提起までの間、被告会社に対し賃金差額の支払いを請求していないことなどを考慮すると、原告は遅くとも平成4年6月25日頃までに、同年4月に遡って、給与の月額が21万円であることをやむを得ず受け容れたものと認めることができる。したがって、原告は被告会社に対し賃金(30万円と21万円の差額)債権を有しないから、原告の被告会社に対する賃金相当の損害賠償請求と、被告に対する同請求は、いずれも認められない。
被告会社は、平成4年6月の退職金制度の導入に当たって、従業員の基本給を下げているが、それまで退職金制度がなかったのであるから、これを従業員に不利益な変更ということはできない。そして、原告は退職時に退職金の支給を受けているから、原告の被告会社に対する退職金請求は認められない。
2 原告の被告らに対する慰謝料等の請求について
被告の原告に対する平成17年12月14日付けメールの文面(冬賞与の評価は、自分の感情などを一切入れずに原告には高く評価をして申告した)によれば、被告の原告に対する賞与の評価は、主観的・恣意的なものであったことが窺われる。しかし、仮に平成13年夏季賞与の評価がそうであったとしても、同年冬季賞与が増額されたことや同年から平成16年頃までの年収額にそれほどの増減が見られないことなどを考慮すると、上記評価がうつ病の原因となるほどの重大な嫌がらせ(不法行為)であったとは認められない。
被告が原告に送信したメールや経済的支援を含む様々な働きかけは、会社の上司と部下の関係を逸脱した、原告の私生活に対する執拗かつ過剰な干渉というべきである。被告の原告に送信したメールの中には恋愛感情の表現というべきものもあること、被告は原告の海外旅行費用、娘の入学祝い、ホームステイ費用を出すなどして原告の歓心を買おうとしていること、原告が見慣れないセーターを着て出勤したときには、他の男性と会っているのではないかと疑って、自宅の留守番電話に何件ものメッセージを吹き込んだことなどの事実を考慮すれば、被告は原告に対し一方的に恋愛感情を抱いて、経済的支援を始めとする干渉を通じて原告を束縛しようとしたものと考えられる。そしてこのような干渉を受けていた原告は、メールの着信を拒否するなど、被告の言動に相当の負担感や不快感を覚えていたことが窺われる。また原告は、被告の言動が嫌になって長年勤めた被告会社を退職したものであるところ、このことを軽視することはできない。そうだとすると、被告の上記行為は、外形的にはセクシャルハラスメントに当たるということもできる。
しかし、原告は平成17年2月頃から2年足らずの間に、合計300万円くらいの経済的支援を受けており、その間、被告がメールに返信がないと支援を打ち切るなどと言い出し、これを避けたい原告が返信等に応じると態度を変えて支援を続けるなどといった応酬が何度か繰り返されたことからすると、原告は経済的支援を得ることを優先して、過剰な干渉を受けながらも条件付きで定期的に食事等をするという不自然な状態を、自発的に解消しようとはしなかったものということができる。
原告は被告との間で肉体関係は持っておらず、被告は原告に対し原告が主張する「セックスがしたい」などの露骨な言動に及んだ形跡が窺われない。また、被告は原告に対し、思うようにならないからといって退職を迫るなどして原告の意思を抑圧しようとした事情も認められない。原告は継続的にうつ病の治療を受けているが、その発症や増悪の原因が被告による過剰な干渉にあると認めるべき証拠はない。また原告は、セクハラ等の影響でストレスが生じて視床下部性の甲状腺機能異常を発症したという診断を受けているが、この診断によって直ちに被告のセクハラの程度が、損害賠償を要するほどの違法性を帯びていたと認めることはできない。
このような事情等を全体的に観察すれば、被告の一連の行為が不法行為に当たるとまでは認められないから、原告の被告らに対する慰謝料等の損害賠償請求は失当である。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1007号54頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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