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光学測定機械器具製造等会社外国人女性事件
- 事件の分類
- セクシュアル・ハラスメント
- 事件名
- 光学測定機械器具製造等会社外国人女性事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(ワ)第33913号
- 当事者
- 原告個人1名
被告個人1名、X社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年04月20日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- 被告は平成19年4月から平成20年6月まで、被告会社の執行役員外国営業部長、原告(昭和55年生)は、被告会社との間で雇用契約を締結し、平成19年4月1日から外国営業部において勤務を開始した台湾出身の女性である。
原告は、同部に配属されて以降、被告Aに同行して半年間で6回、台湾等へ出張したが、原告と被告Aは、遅くとも同年5月1日からメールのやりとりをしており、被告Aは原告に対し「笑顔が可愛い」、「面接での印象がダントツだった」、「水着姿が楽しみ」などの内容を送信し、一方原告も、「飲み会を楽しみにしている」、「頼りがいのある上司」など被告Aに対する信頼感を示したりした。
被告Aは、同年5月17日、出張中の台湾で、「手首が細い」などと言って原告の手首を握り、同年6月19日、台湾のホテルで、原告とワインを飲んだ後、原告を横抱きに持ち上げたが、すぐに降ろして謝罪した。そして、この出張からの帰国後、原告は被告Aに対し、「今回の出張はかなり充実感があって、頼りがいのある上司のお陰で楽しかった」旨メールを送信し、同年7月14日、被告Aが出張から帰国し原告を自宅に送った際、自宅の様子を見たいと言ったが、原告はこれを強く拒否した。
原告は、同年9月12日、被告Aと一緒に行動することがだんだん嫌な気持ちになって来ること、被告Aの言動は正真正銘セクハラ犯罪者に近いこと、ホテルで全身を持ち上げたり、髪と手を撫でたり、アパートに入ろうとしたり、他の男性が話しかけるとヤキモチの態度を表したり、セクハラ行為は数え切れないなどと、被告Aのセクハラ言動をメールで指摘したところ、被告Aはこれに対し謝罪した。
被告Aは、セクハラに当たるのはホテルで原告を持ち上げたことだけではあるが、その他の言動でも原告にセクハラ被害を受けたという気持ちにさせたのは上司として反省すべき点もあると考えて、同月26日、社長に対しお詫びの顛末書を、翌27日、原告宛に配慮の足りない言動をしたことを反省する旨の謝罪文をそれぞれ提出した。これに対し、同日、原告は被告Aに対し、十分な誠意が伝わった旨送信した。
平成20年に入ってからも、原告と被告Aはメールの交換をするなどしていたが、同年4月1日からの出張中、被告Aは原告の事前準備や連絡に問題があったとして、原告に対し厳しい注意をした。すると原告は、以前相談したF課長に対し、被告Aのセクハラを許すことができないこと、被告Aから再度のセクハラを受けた旨メールで報告した外、被告Aに対し、「被告Aが社内で、原告が海外で何をしているかわからないという悪口を言っている」と抗議をした。
被告会社社長は、同年5月21日、原告から2回目のセクハラの話を聞き、被告Aとの隔離が必要があると考え、直ちに原告を副社長付に異動させた。被告Aは再度のセクハラについて否定し、2回目のセクハラの訴えは被告Aの厳しい注意に対する報復行為と主張したが受け容れられず、同年6月に課長に降格されて川口市の東日本営業所に異動させられ、これによって原告と被告Aは、ほとんど顔を合わせることがなくなった。被告会社は、同年7月28日の全体会議でセクハラ研修を実施して、その後相談員制度を導入した。
原告は、同年8月20日頃、台湾からの部品の受取人が原告から中国出身のHに代わっていることを知り、G部長がHを営業担当に充てたことを知るに至って、強いストレスと不満を感じ、これは自分を首にするための準備ではないか、Hのような無能な者に営業を任せるのは時代錯誤である、自分は能力も実績もあるのにHに比べ著しい不平等な取扱いを受けている、G部長は語学力がゼロであるなどと、被告会社や上司、同僚に対して激しい非難を浴びせた。
原告は、同年8月26日、被告会社に対し、被告Aのセクハラ行為、社長がセクハラ行為を隠蔽したこと、社長やG部長が被告Aを復権させようとしたこと、原告を業務から外して仕事を与えないばかりか、そのことを説明しないことなどの責任を追及して、5000万円の慰謝料を求める要望書を提出した。翌27日、原告は社長、副社長、F課長と面談したが、要求を拒否され、同年9月5日、病院で受診し、不眠、抑うつ気分、意欲低下を訴えて、うつ病、3ヶ月間の自宅静養を要するという診断を受けた。そして、原告は同月16日以降休職し、同年11月21日に本件訴えを提起した後、平成21年2月11日、被告会社を退職して帰国した。
原告は、被告Aのセクハラ行為及び被告会社の嫌がらせ(業務外しなどにより原告の人格を否定して、じわじわと意欲を失わせる仕打ち)の結果、多大な精神的苦痛を被ったばかりか、うつ病を発症するなど著しい損害を受けたとして、被告らに対し、慰謝料200万円、弁護士費用30万円を請求した。 - 主文
- 1 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被告Aのセクハラの態様・程度について
被告Aは、平成19年6月19日夜、ホテルの部屋でワインを飲んだ原告を横抱きに持ち上げた言動がセクハラに当たることは自認し、その動機について、細身の原告の体重を量ろうとしたなどと供述するが、これは不自然な弁解といわざるを得ず、被告Aは若い女性である原告との身体的接触を図ったものというべきである。しかし、被告Aは、原告を部屋に呼ぶ際、営業資料を渡すなどといって騙したり、後から抱きしめたりしたと認めるべき証拠はない。その当時、部屋のドアは開いており密室ではなかったし、被告Aは、横抱きに持ち上げた後、原告がこれを嫌がるような言葉を発し、又は態度を示したために、すぐに降ろして謝罪している。そして、原告は、出張中この言動を問題にした形跡がなく、帰国後の同月23日には、被告Aに対し、「出張が充実していて、頼りがいのある上司のお陰で楽しかった」などとメールを送信するなど、仕事の意欲低下(原告の主張)と正反対の態度を示している。このような事実によれば、この言動はセクハラに当たるが、かなり軽微なものにすぎないというべきである。
また、被告Aは、同年5月17日、原告の手首を触ったり、同年7月14日、原告の自宅の中を見ようとしたり、同年8月頃までに、原告を褒めるときなどに4、5回頭を撫でたり平手でポンポンと叩いたりするような行動をしていた。これらも若い女性の部下である原告との身体的接触を図ったり、私生活に立ち入ろうとしたものであり、原告がこれを受け容れない以上、セクハラに当たるという余地があるが、その態様は、上記横抱きに持ち上げたことに比べても、更に軽微ということができる。
原告は、同年8月16日と9月12日に、セクハラを問題にするメールを送信しているが、上司として時に厳しい態度で接する被告Aを困らせようとして、このようなメールを送信したとも考えられる。そして、被告Aは、原告を横抱きに持ち上げたことについて、被告会社宛の顛末書と、原告宛の謝罪文を提出しており、これに対し原告は、十分な誠意が伝わったとして、一旦被告Aを許している。この時以降、被告Aにおいて、原告に対するセクハラに当たるような言動があったとは認められない。原告が平成20年9月2日に送信したメールによれば、原告は被告会社を激しく非難するのに対し、被告Aのことを許していると認められる。
以上によれば、被告Aには一部セクハラに当たる言動が認められるが、これらはいずれも軽微なものにすぎず、また原告は、セクハラの言動に関する限り、被告Aを宥恕したということができる。このことに、被告Aがセクハラの言動に関して相当重い処分を受けていることも考慮すると、被告Aに不法行為が成立するというのは相当でない。
2 被告会社の業務外しや嫌がらせの有無
社長は、平成20年5月21日、原告から話を聞き、直ちにセクハラの被害者である原告を副社長付きに異動させ、加害者である被告Aについては、課長に降格させて営業所に異動させるなどの処分をして、顔を合わせることのない状態にした。そのほかに、被告会社は、全体会議でセクハラ研修を実施したり、相談員制度を導入したりした。このような対応は、セクハラ問題に対する企業の対応として相当なものということができ、これを「セクハラを問題にしたことを非難するような態度で原告を業務から外した」という原告の主張が失当であることは明らかであり、原告が被告会社において正当な理由なく業務を外されたとは認められない。
原告が最も強く問題にしているのは、被告会社が、台湾出身の原告を外して、中国出身のHに台湾担当を任せた点であるが、原告は、単独で訪台できるだけの商品知識や業界知識が不十分であることなどから、勉強のために一旦台湾営業を外されたのであり、この処遇を被告会社の嫌がらせと認めることはできない。
被告会社は、原告のセクハラ相談とその対処、外国営業部の廃止と営業部外国営業課の設置、被告Aらに対する一定の処分等、諸般の事情を考慮しながら、原告についてどのような対応をすべきか検討していたが、原告が説明を聞く耳を持たず、社長にメールを送信して、被告会社や上司、同僚に対して、罵るような激しい非難を浴びせたり、5000万円もの高額の慰謝料請求をしたりするに至って、もはや当事者間での説明だけでは納得や理解を得るのは難しいと判断したものと考えられる。そうすると、被告会社は、原告に対し、職務外しにより原告の人格を否定して、じわじわと意欲を失わせる仕打ちをしたとは認められない。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、715条
- 収録文献(出典)
- 労働経済判例速報2079号26頁
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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