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国際観光振興機構降格事件

事件の分類
その他
事件名
国際観光振興機構降格事件
事件番号
東京地裁 - 平成17年(ワ)第15059号
当事者
原 個人1名
被告 独立行政法人
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2007年05月17日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、海外における観光宣伝、外国人観光旅行に対する観光案内等の業務により国際観光の振興を図ることを目的とする独立行政法人であり、原告は平成3年10月、被告の前身である国際観光振興会(振興会)に職員として採用され、振興会の権利・義務が被告に承継されたことにより被告の職員となった。平成12年8月、原告は振興会バンコック事務所へ異動になり、平成16年4月1日付けで被告本部海外市場開拓部へ異動になった。

 被告では、平成16年4月から、職員の処遇に人事評価を反映させる新人事制度が導入され、平成15年10月から平成16年3月までが最初の評価対象期間となった。新人事制度はAからEまでの5段階に分かれ、Aは45点以上、Bは30点台後半から45点未満、Cは30点以上30点台後半、Dは20点以上30点未満、Eは10点以上20点未満となっており、評価点がD、Eの場合は降格の対象とされた。評定の方法としては、職員は所定の基準に従って自己評価を行い、これを直属上司に提出し、直属上司と上級管理者は同評価書を基礎に、順次評価を加え、その部門の理事に提出した上、管理部長に提出されることとなっていた。また、海外事務所の場合は、事務所評価がA、B、Cの3段階に分かれ、それぞれ係数が1.0、0.8、0.6とされ、個人の評価点にその係数が乗じられて、最終的な職員の評価点が決定されていた。

 原告は、人事評価の作成・提出に際し、誤って本部職員用の基準に基づいて評価を行い、原告の上司のA所長もこの誤りに気付かずに処理を進めたところ、管理部のB部長から人事評価の再提出を命じられ、原告らは督促を受けてからこれを直接B部長に提出した。これを受領したB部長は、その場で人事評価を修正し始め、原告の自己評価38点、A所長の評価35点であったものを29点に修正し、原告が所属するバンコック事務所の事務所評価がCであったことから、その係数0.6が乗じられ、結局原告の評価点は17.4点と、最低のEランクとなった。

 被告は、平成16年6月30日付けで、同年4月1日に遡って原告を4等級から5等級へ降格、減給した。この本俸の減額に伴い、原告の各種手当も減額となり、その結果3ヶ月間で、約38万円が超過払いとなり、また、同年7月から9月までの原告の給与も、本俸、各種手当合わせて約23万円の減額となった。原告は同年9月30日をもって被告を退職したが、上記本俸の減額に伴い、退職金も約153万円減額された。

 原告は、本件降格及びそれに伴う降給(降格等)が人事権の濫用として無効であるとして、(1)旧等級号俸を前提として給与額と実遡及額との差額22万9429円、(2)旧等級号俸を前提とした退職金金額と実支給額との差額153万1509円、(3)不法行為に基づき、旧等級号俸の給与水準を前提とした場合に得られたであろう雇用保険の基本手当の受給額と実支給額との差額4万5840円、総額180万6788円を請求した。
主文
1 被告は原告に対し、金176万0938円並びに内金20万4474円に対する平成16年10月1日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員、内金2万4955円に対する平成16年10月18日から支払済みまで年14.6パーセントの割合による金員及び内金153万1509円に対する平成17年7月30日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

2 原告のその余の請求を棄却する。

3 訴訟費用はこれを10分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。

4 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件降格等が被告の人事権を濫用してされたといえるか

 原告は、本件人事制度のうちの海外職員の人事評価方法は、相当な理由もなく、海外職員を降格・降給とする可能性を高める仕組みであって、合理性を欠くと主張する。本件人事制度の企画・立案者であるB部長は、海外職員の人事評価の方法につき、(1)海外職員の給与は、国内勤務である本部職員と比べても相当高額であること、(2)海外事務所は本部から遠く離れているため、本部から海外職員の勤務状況は十分に把握し難い上、海外事務所が所長を含めて2、3名程度で構成されるため、人事評価が「お手盛り」的なものとなるおそれが否定し難いことを勘案し、(3)海外事務所のパフォーーマンスが期待する水準に達しない場合に、その評価を個々の海外事務所所属職員の人事評価に反映させることとしたことが認められる。そして、海外職員の給与が国内勤務の職員と比べて高額であること、海外事務所が本部から地理的に離れた場所にあり、1ないし3名と少数の職員で構成されていることを勘案すると、B部長の上記考慮は全く根拠を欠くものとはいえないから、事務所係数による修正を加える海外職員の人事評価方法も、人事評価の適正化を図る手段として合理性を欠くとはいえない。そして、他に本件人事制度の仕組みの不合理性を基礎付けるに足りる事情も見当たらない以上、本件人事制度の仕組みそれ自体が明らかに合理性を欠くものであったとはいえない。

 本件評定をみると、海外職員についての評価基準・要領を前提とした場合の原告自身の評価点は38点であり、その上司であるA所長の評価点は35点であったが、B部長による本件修正が29点に止まり、これが本件評定を決定づけるに至ったとみることができる。以上に加えて、原告の自己評定よりも所長のそれは3点減点となっており、またB部長による修正は各項目に及んでいるところ、本件修正の理由は、B部長が原告の面前で本件修正を実施した際の原告の態度が鼻で「フンフン」と音を立てるような失礼なものであった、自らの理解不足により人事評価書の再提出が必要となったにもかかわらず、それに関する謝罪も反省もなかった、人事評価書の提出方法を誤り、その再提出の際も、原告はA所長と十分な連絡をとっていたとは見られなかった、タイの保険会社のツアーの実施過程で、入国した旅客の中から不法滞在者が発生したものの、原告が本部に連絡しなかったため、本部が外務省や法務省との間の問題処理や連絡調整に齟齬が生じた、B部長は原告に対し、帰国するまでにタイの旅行市場規模を調査し、事業展開策を考察したレポートを提出するよう指示したが、原告はこれを提出しなかった、以上の事実が認められる。

 以上の事実によれば、本件評定を決定的としたB部長の本件修正では、本件人事制度の実施の際の原告の不手際や原告の態度(礼を失するものであったことなど)が大きく反映しているとみるほかないが、このような事情はマイナス評価を受け得るものであることは否定できないものの、本件評価対象期間における原告の職務行動等を把握する上では断片的なものであるばかりか、主観的な受止めによるところが大きい事情であるから、かかる事情から直ちに原告の本件評価対象期間中の職務行動等を徴表させる事情として重視するのは危険というべきである。また、上記のような事情は本件評価対象期間における日常の原告の職務行為等の観察を通じて評価するのが適切であり、したがってその評価については、日頃職員の勤務態度等に接している直属の上司のそれを尊重することが、本件人事制度においても当然の前提になっていると解される。そして、かかる観点から、(1)B部長は本件修正の際、A所長に日頃の原告の態度、姿勢につき確認を得ていないこと、(2)本件人事制度についての原告の理解不足及びツアーに関する原告の対応の問題性については、既にA所長による原告の人事評価で、一応斟酌されていること、(3)本件修正当時、B部長は異動を控え、人事評価作業がかなりタイトな状況にあったことに加え、本件人事制度についての原告の無理解や態度に好感情を抱いていなかったことといった事情を勘案すると、本件修正は、人事評価の前提的ルールを超え(日頃の勤務態度に接していないB部長が原告に関する人事評価を全面的にやり直したに等しい)、同部長の感情や同部長を基準にした見方を強く反映していたものとみるのが相当である。加えて、本件修正の根拠の一つされているレポートの提出の件についても、原告に対する明確な指示であったとは認め難いし、そもそも同レポートの提出は本件評価対象期間に問題となるものであったかも判然としないのである。以上によれば、B部長による本件修正は、本件人事制度が定めるルール・前提に合致したものとはいえないから、同修正が強く反映した本件評定もまた本件人事制度に則って適切になされたということはできない。

 以上のとおり、本件評定は合理性を欠くということになるから、同評定を基礎とする本件降格等もまた合理性を欠くということに帰着し、結局、本件降格等は人事権を濫用したものとして無効になるというべきである。

2 賃金請求の当否及び本件退職金の額及びこれから本件精算金等を控除することの可否

 本件降格等は無効であり、給与規程で新設された降格・降給制度においては、降格に伴う給与減額の効果は、降格及び給与を減額する旨の決定によって初めて、従前、職員が格付けられていた等級・号俸の効果が消滅するという理解に立つものと解される。してみれば、本件降格等が無効である以上、平成16年7月から9月までの原告の給与も旧等級号俸によることとなる。そうだとすると、原告の賃金(平成16年7月から9月まで)差額22万9429円の請求は理由がある。

 本件退職金も旧等級号俸を基礎とすべきものとなるというのが相当である。そして、旧等級号俸を前提として算出すれば、その額は617万0100円となると認められるから、既支給となっている463万8531円との差額153万1509円及び遅延損害金の支払いを求める原告の請求は理由がある。

3 雇用保険法所定の失業給付に係る不法行為による損害賠償請求の当否

 原告は、本件降格等が不法行為に当たるとして、雇用保険法所定の基本手当における受給額が、本件降格等に伴って、その算定基礎となる基本手当の日額が減少し、その結果、旧等級号俸を前提とした場合の基本手当の日額の算定と上記給付の実支給の差額(4万5840円)相当の損害が生じたと主張する。しかし、本件降格等が無効となることは前記のとおりであるが、本件降格等が不当・違法な目的によりされたなどといった事情は認められないから、本件降格等が権利濫用として無効となることを超えて、民法上の不法行為を構成するとは直ちにはいえない。また、上記を措くとしても、本件降格等がされたからといって、当然に原告が被告を退職するという関係にあるものではないから、仮に本件降格等がされなかったならば原告が受給したであろう受給額に比較して、実際の基本手当の支給額が減少したとしても、それは原告の退職という自発的行為が介在した結果というべきであるから、原告が指摘するような基本手当の減少結果は、本件降格等と相当因果関係の範囲内にある損害とは評価し難い。よって、原告の不法行為による損害賠償請求は理由がない。
適用法規・条文
02:民法709条
収録文献(出典)
労働判例949号66頁
その他特記事項
本件は控訴された。