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東京都自動車振興整備会降格処分事件

事件の分類
その他
事件名
東京都自動車振興整備会降格処分事件
事件番号
東京地裁 - 平成19年(ワ)第10777号
当事者
原告 個人1名
被告 社団法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年01月19日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、道路運送車両法及び民法に基づき設立された社団法人であり、渋谷区の東京都自動車整備教育会館で主な業務を行い、東京運輸支局と各自動車検査登録事務所の構内等で検査登録関係業務と会員の相談業務に当たっていた。一方原告は、昭和54年4月被告に採用され、平成12年5月に品川支所事業課副課長に任用され、平成16年11月足立 支所に配置換えとなり、副課長に任用された。

 原告は、個人加盟の労働組合の副中央執行委員長であり、同労組の被告従業員は分会を構成しているところ、被告と分会は平成17年春の賃上げ及び夏の賞与の決定について容易に合意に達しなかったことから、同年11月30日、分会は被告の会員会社に赴いて、昇給及び賞与の支払い等を求める抗議行動を行った。被告は、同年12月2日、分会に対し、右会員会社の業務及び被告の業務を違法に妨害したとして、「抗議・警告文」を送付し、原告に対しては弁明書の提出を求める業務指示書を交付しようとしたが、原告がこれに応じず、分会が不当労働行為であると抗議したことなどから、弁明の機会を放棄したものとみなし、以下の言動を理由として、原告を副課長から係長へ降格した。

 (1)平成17年2月24日、被告は財団法人リサイクル促進センターから、原告からの車体番号から登録番号を教えて欲しいとの問い合わせに対し、確認できない旨回答したところ、怒って一方的に電話を切るという対応をされたと苦情を受けたこと。

 (2)同年8月19日、被告は足立支部役員会において副支部長から、街頭検査の応援者の名簿を照会したところ、「いいんじゃないの」と原告から侮辱的言動を受けたとのクレームを受けたこと。

 (3)同月22日、江戸川支部の職員から、事業所移転に伴う変更届の提出に際し原告に照会したところ、「そんなこともわからないのか。何年事務局やってるんだ」と侮辱的言動を受けた旨苦情を受けたこと。

 (4)同月31日、墨田支部職員から、足立支部担当者と連絡の上書留郵送した自動車整備士講習の申込みについて、原告から電話で、「なぜ送った」、「担当者はいない」、「知らねえよ」等侮辱的脅迫的言動を受けた旨の苦情を受けたこと。

 (5)同年9月1日、墨田支部会員から、自動車整備士講習の申込みのために足立支部に出向いて原告に質問した際、原告は「こことこことこう書け」と言って引っ込み、20分ほど経過した頃に不機嫌な顔で戻ってきて「1つでも欠けていたら受付できない」等と侮辱的言動を受けた旨の苦情を受けたこと。

 (6)同年12月1日、足立支部副支部長が、足立支部にこれから行きたいと電話連絡したところ、原告から「もういないよ。4時でおしまい」と侮辱的言動を受けた旨の苦情を受けたこと。

 これに対し原告は、処分の理由とされたことは、事実でないものも含まれ、事実としても侮辱的な言動には当たらないこと、本件処分は原告の組合活動を嫌悪して行われた不当労働行為に当たることを主張し、本件処分の取消し及び役職手当の差額支払い並びに精神的損害に対する慰藉料300万円を請求した。
主文
1 原告が、被告の足立支所業務課副課長たる雇用契約上の地位にあることを確認する。

2 被告は、原告に対し、平成18年11月から本判決確定まで、毎月25日限り3862円を支払え。

3 被告は、原告に対し、30万円及びこれに対する平成19年5月9日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

4 原告の、請求欄第2項記載の無効確認の訴えを却下する。

5 原告のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用はこれを5分し、その1を原告の、その余を被告の負担とする。
7 この判決の第2及び第3項は、仮に執行することができる。
判決要旨
1 本件降格は相当な理由を有するか

 企業は、特定の役職にどのような人員を配置し、どのような職位に付けるかを、その裁量により決定でき、このような見地から、人事権の行使あるいは業務命令の等に基づく降格処分というものを、その企業なりの必要性で発することができるというべきである。しかし、このような裁量も無限ではなく、権利濫用法理に服し、合理的な理由と社会的相当性が求められる。当該降格処分が権利濫用に当たるか否かは、処分をするための企業の業務上の必要性と、従業員の受ける不利益の程度とを比較考量して決定すべきである。また、企業の側に一定の必要性があっても、差別的取扱や嫌がらせなどの不当な目的をもって行われる場合には、権利濫用に当たるというべきである。

 (1)については、苦情のメールの作成者が特定されていないから事実とは認められないし、仮に被告主張のような事実があったとしても、その当時被告がこの事実を確認したり、注意・指導をしたことがないから、これが降格の理由となるとは認められない。(2)については、原告本人が否定し、原告と直接やりとりをしたという副支部長の証言もないから、この事実は認められない。(3)については、原告が否定し、原告と直接やりとりしたという職員の証言もないから、この事実は認められない。(4)については、原告が否定し、原告と直接やりとりした墨田支部職員が最も問題にしたのは、原告の言動よりも融通の利かなさであって、言動の点は後から問題にした疑いもあるから、この事実は認められない。(5)については、原告が事実を否定し、原告と直接やり取りをしたという会員従業員の証言もなく、支所では講習の定員は常に把握して、わからないという回答はあり得ないから、この事実は認められない。(6)については、原告は電話自体を否定し、原告と直接やり取りした副支部長の証言もないから、この事実は認められない。

上記のように、被告主張の本件降格の理由は、いずれも認めるべき証拠が十分でなく、認められないし、仮にその事実が存在したとしても、さほど重大なものとはいえず、降格を必要とするほどのものとは解し難い。これに加え、本件降格は、被告主張の理由を前提としても、手段としても適切なものとはいい難い。けだし、副課長から係長職へ異動させれば窓口対応がなくなる旨の主張・立証はないから、原告が態度を改めなければ、原告は係長として引き続き不適切な窓口対応を続けることになり、被告の業務運営の適切さという効果はもたらされない。であれば、この人事措置は企業の業務運営上の必要性を有しないことになり、とすれば、上記人事措置がもたらす効果は、原告に懲罰を与え、反省を求めることしかないことになる。しかし、被告の就業規則には懲戒処分としての降格は存しないから、就業規則の根拠なき懲戒処分となりかねず、本件降格は手段としての相当性及び効果の点からも、不適切というほかない。以上より、本件降格には理由がないから、原告の地位確認及び役職手当の差額請求はいずれも理由がある。

2 被告の原告に対する不法行為の成否

 被告は理由なく原告を降格したものといえ、これは原告の名誉を侵害し、精神的苦痛を与える行為であることは明らかであるから、原告に対する不法行為となる。上記精神的苦痛を慰謝するには、本件事案の内容その他一切の事情を考慮すると、30万円の支払いをもって相当と認める。

 原告は、本件降格が不当労働行為であるとも主張するが、上記のように、不当労働行為であるか否かを問わず不法行為は成立するのであり、不当労働行為であることにより精神的損害に差異が生じるとはいえないから、不当労働行為であるか否かを判断する必要は存しないというべきである。
適用法規・条文
02:民法709条、12:労働組合法7条
収録文献(出典)
労働経済判例速報2055号19頁
その他特記事項
本件は控訴された。