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大阪(電気設備会社)腰椎解雇事件

事件の分類
解雇
事件名
大阪(電気設備会社)腰椎解雇事件
事件番号
大阪地裁 − 平成17年(ワ)第12845号
当事者
原告 個人1名
被告 個人1名 A、株式会社
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
1989年01月01日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
 被告会社は主に電気設備工事の請負を業とする株式会社であり、原告(昭和59年生)は、電気工事士の資格を有し、平成15年3月被告会社に入社した者であり、被告Aは平成13年9月に被告会社に入社し、原告とペアを組んで原告を指導していた者である。原告は腰痛の既往症があったが、面接の際このことを被告会社に告げなかった。

 原告は、平成15年12月5日、警察学校の現場で電力制御盤を取り付ける作業に従事していた際、寸切りに掛けていた制御盤が外れ、原告が1人でこれを支える格好になり、腰を痛めて本件発症を引き起こした。原告はその後数日間就労を続けたが、同月8日に「急性腰痛症、腰部椎間板変性症、腰部椎間板ヘルニアなりかけ」の診断を受け、同月10日以降休業した。その後原告は、本件事故により負傷し、椎間板ヘルニアを発症したとして、労災保険給付を受けた。

 平成16年11月1日に原告は職場復帰し、営業所の調査業務に従事したが、ペアを組むCに対し、腰痛が完治していないので無理な体制での作業や重量物を持つことはできないこと、できるだけ定時で帰宅したい旨申し入れた。同月5日、原告は腰痛のため起床できなかったためCや上司から叱責を受けた。調査報告書作成のうち、原告がパソコンへの入力を、Cが図面作成を担当していたが、分担の偏りから原告の作業が早く終了することが多く、Cはこれを不服に思い、B部長に対し分担の公平化を訴えた。B部長はこれを受けて、原告に対しCに協力して残業するよう指示したところ、原告は腰痛のため残業はできない旨答えたが、結局はCに協力する旨述べた。その後、原告とCの間で口論になったことから、B部長は原告に対し、腰が痛いのであれば、電気工事に従事することは無理で、内勤か系列会社の照明器具の組立て作業に移るを勧めたが、原告は電気工事以外はいやだと言ってこれを拒否した。

 同月25日、原告は「協調性がない」などの理由で被告会社から解雇を告げられ、その後同月28日付けの書面により、就業規則「会社業務の運営を妨げ、著しく非協力的なとき」、「仕事の能率が著しく劣るとき」に該当するほか、採用に当たって椎間板ヘルニアの既往症を隠すという経歴詐称をしていたなどとして、同日付けで解雇された。

 これに対し原告は、本件事故は被告Aの過失によるものであるとして、被告A及びその使用者である被告会社に対し慰謝料100万円を請求するとともに、被告会社は原告の腰痛に対し配慮がなかったこと、原告は必要な残業には応じていたこと、経歴詐称はないこと、原告は9ヶ月間真面目に問題なく勤務していたことから、解雇事由はないこととして本件解雇の無効と賃金の支払いを主張し、併せて被告会社の安全配慮義務違反により精神的苦痛を被ったとして、被告会社に対し慰謝料200万円を請求した。
主文
1 被告らは、原告に対し、連帯して100万円及びこれに対する平成15年12月5日から支払済みまで年5%の割合による金員を支払え。

2 原告の被告会社に対するその余の請求をいずれも棄却する。

3 訴訟費用は、原告に生じた費用の10分の8と被告会社に生じた費用の10分の8を原告の負担とし、原告に生じた費用の10分の2を被告らの負担とし、その余の費用を各自の負担とする。
判決要旨
1 本件事故に関する不法行為責任

 被告らは、動力制御盤は1本の寸切りに掛かっていたため、制御盤の全重量が原告1人にかかることはなく、本件事故と本件発症との間に相当因果関係はないと主張する。しかし、その後の治療経過に照らし、そのような事故態様を認めることはできず、制御盤は寸切りから外れたと考えるのが相当である。また被告らは、原告には本件事故前から本件発症と全く同じ部位に同じ症状を有しているとして、本件事故と本件発症との間の因果関係を争う。

 確かに、原告は本件事故前から腰椎椎間板ヘルニアの症状(本件既往症)を有し、治療を受けていたことが認められる。しかし被告会社に入社した後は、本件事故まで8ヶ月余、特段の治療を受けることなく、被告会社における業務に従事してきたにもかかわらず、本件事故後、腰部椎間板障害等の診断を受け、その後2日に1度の割合で通院しており、本件事故後の原告の症状は、長期の治療を必要とする程度の状態であったことが認められ、これらの治療は、本件既往症に対する治療ではなく、本件事故後の症状に対する治療であるといえる。そして、本件既往症の診療を担当していた医師と、本件発症後の診療を担当していた医師は同一の医師であり、同医師としては、本件既往症を知りながら、敢えて改めて同じ部位に同種の症状が発症したと診断している。これらの事情を総合考慮すると、本件事故後の原告の症状は、一旦治癒していた部位において、本件事故により改めて同様の症状を発症させたものと認めることができる。以上によると、本件事故により本件発症があったと認めるのが相当である。

 被告Aとしては、動力制御盤の裏から配線を引き出すに当たり、制御盤を支持する原告1人にその荷重がかからないよう、制御盤が寸切りから外れることのないようにすべきであったのに、これを怠り、制御盤を大きく傾けるよう指示した上、無造作に配線を引き出そうとしたため、制御盤を寸切りから外し、制御盤を支持していた原告にその荷重をかけ、原告の腰に腰部椎間板変性症等の傷害を負わせたことが認められ、上記行為によって、民法709条の不法行為が成立するというべきである。被告Aの行為は、被告会社の事業の執行につき原告に損害を与えたというべきであり、特段の事情のない限り、被告会社は、民法715条の使用者責任を負うというべきである。

 原告は、本件事故により、平成15年12月8日から平成16年10月30日まで、通院治療を余儀なくされた。その間の精神的慰謝料は、100万円をもって相当と考える。

2 本件解雇の有効性

 原告は、上司であるB部長から、本件調査業務においてペアを組んでいるCの作業に協力して残業するよう指示を受けたにもかかわらず、これに従わなかったことが認められ、上記業務命令違反は就業規則に違反するということができる。

 原告は、被告会社入社前の平成15年1月頃、引越を手伝って腰を痛め、治療を続けていたことが認められ、被告会社への就職時点では完治していたわけではないことが推測される一方、既往症のことを被告会社に告げなかったことが認められるが、被告会社における業務には、重量物を運んだりする業務も予定されており、被告会社にとっては、採用予定者の健康や身体機能に関する重要な情報であることが認められる。もっとも、被告会社が、原告に対して既往歴の有無について尋ねた旨の立証はなく、また原告が被告会社に入社した後、本件事故までの約8ヶ月余、特段の治療を受けることなく被告会社の業務に従事してきたことを併せ考えると、原告が面接時などに既往症のことを会社に告げなかったことをもって、就業規則にいう虚偽申告ということも困難である。そうすると、原告が入社の際、本件既往症の事実を告げなかったという点だけをもって、解雇事由とすることは困難である。

 原告は、本件負傷を理由として労災保険給付の申請をし、その適用を受けたが、その際、既往症はないと報告した。この点は、特に本件負傷の内容が本件既往症と同じ部位における傷害であったことを考えると、保険給付の判断にも影響し得る重要な事項であり、虚偽の申告というべきである。もっとも、労災保険給付の申請の際に提出した診断書を作成したのは本件既往症の治療を担当していた医師であり、同医師としては本件既往症のことを知り得た立場にあり、原告のみに責任を問うのは酷ともいえる。したがって、労災保険給付の申請において、既往症がないと報告した事実をもって、解雇事由とすることはできない。

 以上、検討したところによると、原告には解雇事由として考慮すべき事実として、業務命令違反の事実を認めることができ、この事実は就業規則の解雇事由に該当するといえる。

 ところで、B部長は原告に対し、平成16年11月後半頃から、数回にわたって、残業をしてCに協力するようにという指示を与えていたことが認められる。原告としては、腰痛のため、早く帰宅したいという希望があり、そのため自分の分担さえ終われば帰宅できると考え、休憩時間等を利用して早めに自分の分担業務をこなしていたことが窺える。それにもかかわらず、B部長の指示に従うとすると、結局は寸暇を惜しんで仕事をしたことが活かされず、原告が不満に思うのもやむを得ない面がある。しかし、パソコンへの入力作業と図面の作成とでは業務量に偏りが認められ、原告はB部長の業務命令があった後も、所定終業時刻を過ぎておれば、パソコン入力を終えただけで帰宅することが続き、その結果Cに残業を押し付けることとなった。

 以上によると、原告としては、早期の帰宅を望み、それに向けた努力をしていたことが窺われるが、一方で、B部長の指示する職務の分担を受け入れようとはせず、同部長の度重なる注意にもかかわらず、Cへの協力をほとんど拒否し続け、Cに対して残業を押し付けたという事実に照らすと、被告会社としては、原告をして、営業所において調査業務を担当させる以上、原告を雇用し続けることはできないと考えたことには一定の合理性を認めざるを得ず、本件解雇には合理的な理由があり、社会通念上も相当ということができ、解雇権の濫用に当たるとはいえない。
適用法規・条文
02:民法709条、715条
収録文献(出典)
労働判例953号57頁
その他特記事項
本件は控訴された。