判例データベース
財団法人雇止控訴事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- 財団法人雇止控訴事件
- 事件番号
- 東京高裁 - 平成20年(ネ)第3144号
- 当事者
- 控訴人 財団法人
被控訴人 個人3名 A、B、C - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2009年05月09日
- 判決決定区分
- 控訴棄却
- 事件の概要
- 控訴人(第1審被告)は、刀剣類の保存及び公開等を目的とする財団法人であり、被控訴人(第1審原告)Aは平成16年5月11日より被告の事務局長、被控訴人Bは平成12年4月1日から会計課長、被控訴人Cは平成12年3月1日から管理課長を、それぞれ務めてきた者である。
平成13年10月、控訴人は文化庁文化財部美術学芸課長名の文書により、今後は財団の役員、職員並びにその親族は刀剣等の審査を申請できないよう改善するよう指導を受け、平成17年11月にも同趣旨の指導を受けていたところ、平成18年5月頃、文化庁に、控訴人の刀剣審査に携わる者と刀剣商の癒着についての通報があり、被控訴人Aと専務理事は担当官から指導(本件指導)を受けた。被控訴人Aはこの指導に従おうとしたが、専務理事はこれに消極的で、控訴人としては文化庁に対し「審査は公平に行っている」旨の回答をしたが、被控訴人Aは控訴人関係者に見せることなく、本件指導に反する不正な申請をしている理事がいることなどを記載した文書を文化庁に提出した。
同年8月、事務局が関知しない形で本件理事会の文書連絡がなされた。専務理事は被控訴人Cに対し、理事会の開催を指示したが、被控訴人Cはこれに従わなかった。同月14日に開催された本件理事会後、新たに就任した新会長は、被控訴人Aは文化庁に勝手に協会文書を提出したので解職とする旨告げた。また被控訴人B及び同Cは、本件理事会の正当性に異議を唱えて非協力的であったこと、控訴人の寄附行為では、基本財産の管理は会長が管理することになっているところ、被控訴人らは定期預金を解約して債権を購入したり、基本財産である国債を買い替えたりしたこと、被控訴人Bは会長の決裁を得ずに専務理事の承諾を得て上記事務を進めたこと等があったほか、就業規則での事務局長の支出権限を超えて工事を発注し、支出したことがあったことなどが問題とされた。そして、控訴人は、同年8月24日の通知書により、被控訴人Aは70歳定年に達しているから定年退職とする旨通知し、被控訴人Bには平成19年3月末、被控訴人Cにも平成18年12月末で雇止めする旨通知した。
これに対し被控訴人Aは、就業規則の70歳定年を定める部分は事務局長には適用されないこと、前任者らは78歳まで勤務していたことから継続雇用に合理的な期待権があることを主張し、また被控訴人B及び同Cも、控訴人との雇用契約では「定年70歳」と表示して募集され、6年以上契約更新され、期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態であるから、一方的な雇止めは信義則に反し無効であると主張して、職員としての地位の確認と賃金の支払いを請求した。
第1審では、いずれも被控訴人らの主張を認めて、控訴人の職員としての地位を認めたことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 1 被告事務局長に定年制の適用があるか
控訴人の事務局長にも就業規則の規定が適用されるが、事務局長は控訴人の事務の管理者と認められ、相当程度の執務能力、人事管理能力、実務経験等が必要とされると推認されるとともに、名誉職や非常勤職ではなく頻繁な交代や随時の後任者の補充等が一般的に想定されていることは認めがたいことに加え、被控訴人Aについては、控訴人の評議員ではあったものの内部職員の昇格人事ではなく、外部からの招聘人事としてこれを採用したとみるべきであること、被控訴人Aは多忙等を理由に事務局長への就任を一旦は辞退したが、控訴人関係者が要請をし、勤務日について本人の希望を容れるなどしていることを指摘することができ、これらに更に被控訴人Aは任期3年の理事への就任含みで採用され、実際にもその僅か10日後に理事への選出と同時に常務理事に互選されていることを併せ勘案すると、被控訴人Aの事務局長としての採用が単に同控訴人が70歳に達するまでの2年弱の勤務に留めることを前提としたものとは認められず、かえって、常務理事を兼務し、理事ら及び理事会等の機関と事務局及びその職員らとを架橋する役割を担うものとして採用され、したがってまた、被控訴人Aとの間で、期間の定めのないこととして雇用契約を締結したものと認めるのが相当である。
他方、被控訴人Aにおいても、その雇用契約時、すでに年齢が68歳4ヶ月であり、当然雇用契約が問題となり得たものと推認されるにもかかわらず、この点が話題に上ったことが窺われないことからすれば、むしろ雇用期間を定めない雇用であることを予期していたものと認めるのが相当である。したがって、控訴人と被控訴人Aとの間の雇用契約は、就業規則の規定を適用せず、雇用期間を定めないこととするものであったと認められる。そうすると、雇止めについての控訴人の主張は失当である。
2 原告らにつき雇用継続の期待があるか
被控訴人Bは雇止め時に67歳、同Cは66歳であったところ、その時点では年金を受給することができる年齢に達しており、一般企業における若年労働者と同程度の雇用継続の必要性が存していたとはいい難い。しかし、公益法人等において、関係する機関・団体等の出身者がその定年後に再就職する例が少なくないこと、このような再就職の目的・理由は、即戦力としての活用、人脈、出身機関・団体等に対する一般的信頼等多岐にわたることが認められるところ、このような関係機関・団体等の出身者の再就職は、その目的・理由からして、特段の事情のない限り、代替性の強いアルバイト的事務や、一般募集により容易に人員を確保・補充することのできる事務を担当させる場合とは異なるものであり、したがって、事務量の多寡等に応じた短期的な雇用の一環に位置付けられるものでもないと解される。もちろん、このような再就職によって雇用される者も、その就業規則が適用されることとなるが、もともと雇用される際に所定の定年年齢を超えている場合が少なくないのであって、長年勤めた本部職員が定年後に再雇用される場合等と常に同一に取り扱われるものとはいいがたく、就業規則の雇用期間を定める規定の適用の在り方についても、上記のような就職の目的・理由に照らし、個々の具体的事情に基づいて決せられることとなると解するのが相当である。
被控訴人B及び同Cは、いずれも雇用契約を締結する際、1年ごとに更新契約が締結されることを期待し、またそれが可能であると認識していたものと認められる。また、控訴人にあっても、警視庁の退職者を対象として職員募集をし、定年年齢に達した被控訴人B及びそれに近い同Cを採用したものであるところ、その後、6回及び5回にわたり被控訴人B及び同Cとの間で更新契約を締結したが、その際、毎年同じ定型文言を用いた一方、更新契約を締結する具体的理由への言及はないことなどを勘案すれば、被控訴人B及び同Cとの間の更新契約の締結は、新年度を迎えるについての毎年の経常事務の一つであったと認めるのが相当である。そして、被控訴人B及び同Cは、フルタイム勤務を継続しており、その勤務の形態及び内容について定年年齢に達しない他の職員と有意の差があったことを窺わせる事由はない。他方、少なくとも会計課長及び管理課長について、70歳に達する前に本人の意向に関わりなく雇止めにより雇用契約の更新がされなかった例を認めるに足りる的確な証拠は見出されない。
ところで、期間の定めのある雇用契約が契約期間の満了ごとに更新を重ねて実質上期間の定めのない契約と異ならない状態になっていた場合には、かかる契約更新についての雇止めの効力を判断するに当たっては、解雇に関する法理が類推され、期間の定めのある雇用契約が期間の定めのないものと実質的に同視されるとまではいえない場合においても、被用者の雇用継続に対する期待・利益に合理性が認められる場合には、同様に、同雇用契約について解雇に関する法理が類推されると解される。そうすると、被控訴人B及び同Cの控訴人との間の雇用契約は、期間の定めのないものと実質的に異ならない状態になっていたとまでは認められないとしても、被控訴人B及び同Cは、70歳になるまでの間は1年ごとに契約が更新されてそれが一定程度期待したものと認められ、かつ、かかる期待には合理性があったものと解するのが相当である。したがって、上記各契約については、解雇に関する法理が類推される。
3 本件指導に対する対応関係
被控訴人Aは、本件指導に従うことを是とし、同指導を盛り込む形で審査規程を改正しようと事柄を進めたのに対し、専務理事は、文化庁の一連の指示、要請等について、控訴人の実情を解さない一方的なものと感じ、被控訴人Aとの対立が鮮明となっていったことが認められる。そして、一連の文化庁による指示、要請等は、公益法人である控訴人の所管官庁としての立場でなされたものであることは明らかであって、かかる行政庁の指導に対し、速やかに対応しないことは公益法人としての存在の適否に関わるものであり、少なくとも平成18年以降は、専務理事において責任をもって検討及び処理すべき事柄であったというべきである。したがって、被控訴人Aの対処方針自体は客観的には非難されるべきものとはいいがたいとともに、専務理事の認識や行動は、むしろ専務理事としての善管注意義務に反するものであったといわざるを得ない。
控訴人は、被控訴人Aの一連の行動は、自己が70歳を超えたために退職せざるを得ないことを阻止するため、本件指導を口実に控訴人を混乱させ、また一部の役員を陥れるための策謀によるものであると主張するところ、確かに被控訴人Aは、平成18年3月及び4月に、会長(当時)に対し、内部告発に類する書簡を送付したことが認められるが、控訴人の上記主張を裏付けるに足りる的確な証拠を見出し得ない本件においては、同主張は採用できないものといわざるを得ない。
以上からすれば、控訴人と被控訴人らとの雇用契約に関し、信義則に照らし、被控訴人らの前記行動を退職又は雇止めの合理的理由を基礎付ける非違行為として位置付けることは相当ではないというべきである。
4 被控訴人B及び同Cの業務命令違反行為
控訴人の理事会の招集権限は会長にあり、平成18年8月当時、専務理事が会長代行を務めていたものであるから、専務理事がした招集通知は有効とされ、委任状を含め9人の理事が出席した本件理事会も有効に開催されたというべきである。しかるところ、被控訴人A及び同Cは、専務理事から同月9日に本件理事会の開催について相談を受けており、本件招集通知が専務理事の意思に基づいてされたものであることは容易に推量することができたものと解される。また、被控訴人Cは、同月10日に本件通知書の有効性に疑問がある等とする連絡を理事に行った上、本件理事会の当日にも専務理事から受けた指示にも従わなかったものである。以上の点からすれば、被控訴人A及び同Cの上記各所為は、会長代行であった専務理事の指示に従わず、もって、本件理事会の開催を妨害したものと認められる。
もっとも、公益法人等において、その意思決定機関の会議の開催について、議案又は議題の実質的選別は別としても、準備作業及び会議当日の庶務作業は、格別の事情のない限り、いわゆる事務方が担うのが通常と認められる。また、専務理事は、被控訴人A及び同Cに対し、本件理事会について、そこでの議案を具体的に開示したことを窺わせる証拠もないことはもちろん、手続き的準備作業の実施を指示したとも認められないのであり、また、当時は既に被控訴人らと専務理事とは不和の状態にあり、専務理事は被控訴人らの関与なしに本件指導に係る諸問題を処理しようとした様子が窺えるのである。更に専務理事は、本件理事会の開催について、通常の手続き的準備の実施を含めて指示しなければ、被控訴人らがこれらを履践しないこともまた予想し得ていた可能性を排除しがたいところである。この点に関し、専務理事は、事務方を通さずに招集通知を発したのであれば、その旨を事務方に伝達した上で、服務規律に従い上司の命令を誠実に履行すべく、本件理事会の開催に向けた残りの準備作業をあらかじめ指示するのが本来の事務処理である。
そうすると、専務理事による本件理事会の開催をめぐる前記打診は、被控訴人Aらがこれに従った対応をすることを予期し、かつ、そのようにさせる意思の下にされたものとは認めがたく、本件のような経緯の下に、被控訴人Aらがこれに従わなかったことをもって雇止めの合理性を基礎付けるものとは認められず、また前記のような業務違反行為が客観的には存するとしても、それが会長代行であった専務理事において上記のような招集通知を行うなどの所為に及んだ状況において発生したものであることに鑑みると、これを理由とする解雇又は雇止めに合理性を認めることはできない。
5 被控訴人A及び同Bによる所定の手続きによらない控訴人の資産運用について
控訴人は、被控訴人A及び同Bには事務手続きの違背があると主張する。確かに、会長在任時は専務理事は会計事務について決裁権を有する者ではなく、国債等の買換え等については専務理事止まりなど正規の決済手続きを省略している点のあることは控訴人の指摘どおりである。しかし、それらの手続き上の違背は、シャッター修理費の支出については緊急の必要性が認められること、国債等についても、慣行的に専務理事の承諾だけで処理したことが、ことさらに不適切な内容を隠すなどの意図に基づくものとは認められないこと等の点を併せ考えると、被控訴人Aと控訴人との間においては期間の定めのない雇用契約が締結されたものと認められ、被控訴人Bと控訴人との間においては70歳までの間1年ごとの更新の形で雇用契約上の雇用継続の合理的な期待があると認められる本件においては、上記のような事務方の手続き違背の責任を被控訴人らにのみ帰することは相当とはいえない。
6 小 括
(1)被控訴人A及び同Cが、架空の平成13年の本件指導をことさらに持ち出して控訴人の事務を一方的に混乱させたことは認められず、また控訴人主張に係る文書偽造又は控訴人の公印の冒用に当たる行為とまでは認められないこと、(2)本件理事会の開催に当たり、その前後の状況並びに被控訴らが積極的に妨害をした事実までは認められないこと、(3)本件理事会当日に被控訴人B及び同Cが専務理事や新会長の指示に従わなかったことは業務命令違反ではあるが、なおやむを得ない事情も窺えるなど、なお信義則上雇止めの合理性を基礎付けるに足りる事由があるとまでは認められず、(4)被控訴人らの国債の買換え等、工事費用の支出や給与改定に係る資産運用上又は給与引上げの件における手続違背の諸事由についても、いまだ信義則上解雇又は雇止めを行う合理性を基礎付けるに足りる事由があるものとはいえない。
被控訴人Aについては、控訴人との間において雇用期間を定めない雇用契約を締結したものと認められるところ、前に検討した事由だけでは解雇することは合理性を欠き、その解雇は無効である。被控訴人B及び同Cについては、控訴人との間における雇用契約は70歳までの間1年ごとに更新されその雇用が継続することに対する期待に合理性が認められる場合であるところ、前に検討した事由が雇止めをする合理性があるとは認められないことは前示のとおりであるから、その雇止めはいずれも無効である。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- その他特記事項
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
---|---|---|
東京地裁 - 平成18年(ワ)第19133号 | 認容(控訴) | 1989年01月01日 |
東京高裁 - 平成20年(ネ)第3144号 | 控訴棄却 | 2009年05月09日 |