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青森(私立高校)常勤講師雇止事件

事件の分類
雇止め
事件名
青森(私立高校)常勤講師雇止事件
事件番号
青森地裁 − 平成20年(ワ)第269号
当事者
原告 個人1名
被告 学校法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年06月24日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
 被告は、学校教育等を目的とする法人で、高校、幼稚園、福祉専門学院を設置運営しており、原告は、平成16年4月1日、本件高校の公民科の常勤講師として雇用された者である。その雇用期間は平成17年3月31日までとされていたが、その後1年ごとに、平成20年3月29日まで3回雇用契約が更新された。

 原告は、被告に対する住居届、通勤届等において、実家の所在地を住所としていたところ、平成19年頃には婚約者と同居し、同人が居住していた賃貸住宅を実質的な生活の本拠としていた。しかし原告は、当時はまだ入籍しておらず、入籍後に住民票の住所を移動させた時に住所変更届をすれば良いと考えてその変更届をしていなかった。ところが、原告はこの事情を知った被告から事情を聴取され、平成20年1月23日、届出書類と異なる通勤状況であったことについて謝罪する旨の始末書を提出し、同月25日、通勤手当の過剰受給(月額900円)につき就業規則違反があったとして、戒告処分を受けるとともに、過剰受給額を返還した。しかし、その後も原告は住所変更届を提出しなかったため、被告がその提出を督促したところ、原告は同年2月19日に至って、反省するとともに以後は実家から通勤する旨の顛末書を被告に提出した。

 被告の事務局次長は、顛末書の提出以降も原告の実家に原告の自動車が見当たらない旨の通報を受け、同月22日から毎日婚約者宅にその自動車が駐車されていないか確認したところ、同月22日、25日、27日の朝、婚約者宅の駐車場に原告の自動車が確認された。被告は、これら虚偽の届出がありそれを是正しなかったこと、教員としての能力が低いことなどを理由として、原告に対し同月27日、同年3月29日の雇用期間満了により本件雇用契約を終了させ、以後の雇用はしない旨伝えた。

 これに対し原告は、本件雇用契約は更新を重ねて実質的に期間の定めのない雇用契約になっているから、その雇止めには解雇の法理が類推されるところ、本件住居変更届等の懈怠は純然たる過失であって、これを理由とする雇止めは解雇権の濫用に当たるとして、雇用契約上の地位にあることの確認と賃金の支払いを請求した。
主文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
1 本件雇止めへの解雇権濫用法理の類推適用の有無

 原告は、有期雇用契約の更新の反復により、本件雇用契約は実質において期間の定めのない雇用契約と異ならない状態になっていたと主張する。しかしながら、被告は臨時教職員の雇用契約の更新につき、雇用期間の満了する各年度末に更新の有無を告知したり、更新する臨時教職員にはその旨を告知するなどして更新の手続きを踏んでおり、その上で雇用期間を明示した辞令を交付している。そして被告は、本件雇用契約においても、雇用期間を明示した辞令を交付しているのみならず、その都度、雇用期間を原告に自書させた履歴書を提出させ、有期契約であることを明確にしていたものである。以上によれば、本件雇用契約は、期間1年の有期雇用契約が反復継続していたものに過ぎず、これが期間の定めのない雇用契約と実質的に異ならない状態となっていたとまではいうことはできない。

 十数年以上前には、臨時教員として採用された若手教員が数年後に専任教員として採用された例が少なからずあったとしても、原告が採用された後には、専任教員に採用された者は少数であり、臨時教員を数年にわたって経験すれば概ね専任教員に登用されるという事情があるとはいえないところであって、その他原告が専任教員に採用されることがもっともであるとすべき合理的な事情を認めるに足りる証拠はない。また、被告が原告を臨時教員として採用したのは教員としての適性を評価・判断することを目的とするものであり、定められた雇用期間の趣旨は試用期間であると解される余地があるとする原告の主張は、これを認めるに足りる証拠はない。

 しかしながら、原告の雇用継続に対する期待利益には合理性があるというべきである。即ち、原告は、新規学卒者として被告に雇用されたものであり、雇用の際には、病気休業や育児休業等により欠けた教員の一時的な代替であるなどの、一定期間後の雇用継続は保障されない旨の説明は一切なかったものであって、このような場合、新規学卒者の採用は、それがたとえ有期雇用であったとしても、社会通念上、一般的には一定期間の雇用が継続されることを前提としているものというべきである。原告は、本件雇用契約が更新される際にも、以前の更新の有無等についての説明や、原告の職務上の問題点に対する注意、指導、助言などを受けたことがなかったものであって、雇止めとなる可能性を明確に認識する機会はなかったというべきである。また、原告は、「政治経済」、「現代社会」等の授業を担当しており、その担当授業時間数も他の専任教員と遜色がなく、平成17年度には福祉科2年8組の、平成19年度には調理科1年7組のクラス担任をしており、校務分掌においては、平成16年度及び18年度は生徒部に、平成17年度及び19年度は教務部にそれぞれ所属して、その業務を担っていたほか、部活動においても野球部の監督を継続的に務めていたものである。したがって、原告の担当していた職務は、季節的労務者などのような、その性質上、一時的・臨時的な職務と判断されるものではなく、被告における教員としての基本的かつ恒常的な職務であったというべきである。更に原告は、創設された野球部の監督を当初から務め、本件雇止めに至るまで継続的に同部の指導に当たっていたのであるから、野球部の育成を委ねられていたと裡解することにも理由があり、野球部については平成20年度から初めて特待生を受け入れるという事情もあったところである。そして、原告は、本件雇用契約を3回更新されて被告における勤務年数が4年に及んでおり、これは必ずしも短期間とはいえないというべきである。

 以上を総合すれば、原告の雇用継続に対する期待利益には合理性があるというべきである。そうすると、本件雇用契約は実質において期間の定めのない雇用契約と異ならない状態となっているなどとまではいえないものの、原告の雇用継続に対する期待利益には合理性があるから、結局、本件雇止めには解雇権濫用法理が類推適用されるというべきである。

2 本件雇止めについての権利濫用の有無

 原告は、平成19年頃には婚約者と同居し、同人が居住していた賃貸住宅を実質的な生活の本拠としていたにも拘わらず、被告に対しては、それまでの住居届、通勤届等の変更手続きを行っていなかったため、始末書を徴求された上、平成20年1月25日、被告から戒告処分を受け、通勤手当の過剰受給額13ヶ月分1万1700円の返還と住所変更届の速やかな提出を指示されたものである。しかしながら原告は、その是正を放置して婚約者との同居を継続しており、被告からの督促の結果、同年2月19日に至って、以後は実家から通勤する旨の顛末書を被告に提出したものの、被告の事務局次長により、3日にわたって、婚約者宅に原告の自動車が駐車されていることを確認されたものであって、同月26日に婚約者宅に泊まったことは原告も認めているところである。そうすると、原告は、以後は実家から通勤する旨の顛末書を被告に提出したにも拘わらず、これを無視して、従前通りの婚約者との同居を継続し、婚約者宅から通勤していたものと推認せざるを得ない。戒告処分を受けながら、その是正を放置していたという経緯に照らすと、原告は戒告処分を真摯に受け止めることなく、安易に従前の生活を継続していたものの、被告から住所変更届の提出を督促されて、婚約者との同居の実態を変える意図なく、安易に上記顛末書を提出したのではないかとの疑いを拭えないところである。

 以上によれば、原告は、戒告処分を受けた上、その理由となった状況を改めることなく放置し、被告から督促されて状況を改める旨の顛末書を提出したにも拘わらず、これを改めることなく、従前の状況を継続していたというべきであり、これは、原告が本件高校の公民科の教員として、その生徒らに規範を遵守すべきことを教育し、育成しなければならない立場にあることを考慮すると、教員としての資質に重大な疑問を抱かせる事情であるといわざるを得ず、被告のした本件雇止めには、客観的で合理的な理由があるというべきである。

 原告は、住居届や通勤届の変更を怠ったのは純然たる過失によるものであり、通勤手当の過剰受領額は1万円余の少額であることなどにも照らすと、住居変更届等を怠ったことを本件雇止めの理由とすることは酷に過ぎ、社会的相当性を欠くと主張する。確かに、原告が意図的に住所変更を隠蔽しようとしていたということはできず、原告が通勤手当を意図的に不正受給しようとしたものということもできないところであり、原告が住所変更届等の懈怠については、既に戒告処分済みであることをも考慮すれば、本件雇止めの理由としては明らかに酷に過ぎ、社会的相当性を欠くというべきである。しかしながら、原告は、戒告処分を受けながらも、これを真摯に受け止めることなく、被告に対して実態とは異なる虚偽の顛末書を提出し、自己の不行跡を改める姿勢を示さなかったといわざるを得ない。そして、この原告の行為は、被告との間の信頼関係を破壊するものであって、決して軽視することのできない非違行為であるといわざるを得ず、また原告の教員としての資質に重大な疑問を抱かせる事情でもあるというべきである。そうすると、原告との雇用関係を終了させた被告による本件雇止めには、社会的相当性を欠くところはない。

 以上のとおりであって、被告による本件雇止めは、これに客観的で合理的な理由があり、社会的にも相当であるといわざるを得ないものであるから、権利の濫用ということはできず、有効というべきである。
適用法規・条文
収録文献(出典)
労働判例1009号70頁
その他特記事項
本件は控訴された。