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社内弁護士雇止・建物明渡請求事件

事件の分類
雇止め
事件名
社内弁護士雇止・建物明渡請求事件
事件番号
東京地裁 − 平成21年(ワ)第2808号(本訴)
当事者
原告本訴原告・反訴被告 B会社(原告会社)

被告本訴被告・反訴原告 個人1名(被告)
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2009年12月24日
判決決定区分
本訴 一部認容・一部棄却
事件の概要
 被告(昭和7年生)は、昭和37年7月、原告会社に正社員として就職したが、司法修習を受けるために原告会社を退職するに際して、昭和45年3月31日、原告会社との間で、司法修習を終えた後、少なくとも10年間は原告会社に再就職する等を内容とする契約書(昭和45年契約書)を締結した。被告は、昭和47年4月1日、原告会社の社屋内を弁護士事務所として弁護士登録し、原告会社に復職するについて、嘱託として、正社員に準ずる処遇をする等を内容とした覚書(昭和47年覚書)を取り交わした。

 原告会社と被告は、昭和57年3月31日、昭和47年覚書に代えて、新たな内容の期間1年の契約(昭和57年契約)を締結し、同契約は、その中に規定されている更新条項に基づき、昭和58年以降毎年更新され、平成20年4月にも1年間の契約が更新された。

 原告会社の社長は、平成17年4月に就任した後、被告の弁護士としての守備範囲が狭いこと、1300万円を超える委嘱料にしては依頼する社内法律問題が少ないことに問題意識を持った外、平成20年1月頃、次期の株主総会に関して被告に法的助言を求めた際、十分な助言がなかったと感じたことがあるなど、被告について、委嘱料の額及び弁護士室の無償供与に見合うだけの仕事を期待できないとの認識を持ち、これと被告の年齢を考慮して、同年3月頃、被告に対し、同年6月17日限りで同契約を解約する旨の通知(本件解約通知)をした。これに対し被告は、社長に対し、「意見書兼質問状」と題する書面を送付して、本件解約通知が副社長の意向によるものであり、同人による原告会社の私物化の一環として被告を放逐するためのものであって、法律上無効であると主張した。

 原告会社は、同年6月30日、簡易裁判所に対し、昭和57年契約が本件解約通知により平成20年6月17日をもって終了したことを確認する旨の調停を求める民事調停を申し立てたが、不成立に終わった。そこで社長は、同年12月頃、被告が労働組合からの相談を受けていることを知ったことなどもあり、同月17日、被告に対し、昭和57年契約の更新を拒絶する旨伝えた上、同日付けの書面をもって同契約は平成21年3月31日をもって終了する旨の通知をし、本件建物の明渡しを求めた。
主文
1 被告が、平成21年4月1日以降、原告会社において委嘱契約及び労働契約上の地位にないことを確認する。

2 被告は、原告会社に対し、別紙1記載の建物を明け渡せ。

3 被告は、原告会社に対し、平成21年4月1日から前項の建物部分の明渡し済みまで1ヶ月当たり11万9267円の割合による金員を支払え。

4 原告会社のその余の請求を棄却する。

6 訴訟費用は、本訴反訴を通じ、被告の負担とする。

7 この判決は、2項及び3項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 昭和47年覚書の法的性質について

 原告会社と被告は、昭和45年契約締結時には、被告が司法修習を終えて弁護士資格取得した後に再度正社員として就職するものとして、同契約を締結したものと認められる。しかし、昭和47年覚書の条項によると、被告は司法修習を終えて原告会社に復職するに当たり、原告会社に対し、弁護士として経験を積むため、原告会社に関する法律業務だけでなく、原告会社以外の第三者に関する法律業務も行いたい旨要望し、原告会社がこれを了承したことから、被告は正社員でなく嘱託として復職することとし、その趣旨で昭和47年覚書の条項が作成されたものと認められる。

 昭和47年覚書の内容を概観すると、被告は正社員に準ずる処遇が行われるとともに、正社員に適用される諸規則、慣行に従うものとされ、実質的には正社員として扱われることが予定されている。そして、被告の所属は秘書室付き、執務場所は総務課室内と定められ、被告の行う業務は、相談、契約、事務処理、指導に係る社内法律事務と定め、これに対して月額給与と年2回の賞与を支払うものとしている。以上の条項は、同覚書に基づく被告・原告会社間の法律関係が労働契約関係であることを裏付けるものである。

 被告は、社内法律事務について、原告会社に業務報告をすることを求められ、これを行っていたことが認められる。弁護士が法律業務を委任された場合、その処理の状況等について報告義務を負うが、この報告は委任契約特有のものではなく、労働契約関係においても業務報告を労働者の業務内容の一つとすることはあり得ることであり、被告が上記の形態で業務報告を行っていたことは、同覚書に基づく被告・原告会社間の法律関係が労働契約であることと矛盾するものではなく、逆にそのような態様で原告会社の監督が及んでいたものといえる。

 被告が原告会社から出退勤時間の規制を受けず、社内法律業務を行うについて指揮監督を受けたことがないという点は、同覚書に基づく被告・原告会社間の契約関係の労働契約性を否定する事情になり得るものである。しかし、被告が行う社内業務は、一般社員が行う業務とは質的に異なる法律分野に係る専門的業務であって、弁護士である被告の専門的業務であって、弁護士である被告の専門的判断に任されて処理されるものであり、一般社員と同様の指揮監督を及ぼすことに馴染まない業務ということができる。他方、同覚書によると、被告は、社内法律業務を社外法律業務に優先して、正社員に適用される諸規則、慣行に従って誠意をもって処理、遂行することとされていることに照らすと、被告は、原告会社から与えられる社内法律業務を拒否する自由はないものと考えられる。以上によれば、上記の各事実関係は、同覚書に基づく被告・原告会社間の法律関係が労働契約であることを否定する事由にはならないというべきであり、昭和47年覚書に基づく被告・原告会社間の契約関係は、労働契約に当たると解するのが相当である。

2 昭和57年契約に基づく被告と原告会社間の法律関係

 昭和47年覚書に基づく被告・原告会社間の法律関係は、昭和45年契約書を受けたものであり、10年間を有効期間としたものと認められる。そして、同覚書を取り交わした昭和47年4月から10年が経過するに当たり、被告と原告会社は、昭和57年3月31日、同覚書に代えて昭和57年契約を締結したものであり、その内容は、同覚書における契約関係をより明確化したものであることが認められる。そうすると、同契約に基づく被告・原告会社間の法律関係は、同覚書に基づく被告・原告会社間の法律関係の法的性質をそのまま引き継ぐものと解される。なお、同契約では、契約期間について、これを1年間とする旨定めているが、同時に本件更新条項を定めていること、退職金の対象期間について、昭和45年契約書を引き継いで、昭和47年4月以降の勤務期間とを通算するものとしていることからすると、上記契約期間条項は、それまでの10年間の契約期間を今後は更新することを前提として1年間と定めたにすぎないものと解するのが相当である。

 昭和57年契約書の条項は、契約期間と被告の所属を総務部長付きとする点が変更されていることを除き、昭和47年覚書の条項と同様に、同契約に基づく被告・原告会社間の法律関係が労働契約であるとすることを裏付けるものである。以上によると、昭和57年契約に基づく被告・原告会社間の法律関係は、労働契約に当たると解するのが相当である。

3 昭和57年契約の終了の成否について

 昭和57年契約における本件更新条項は、契約期間満了日の3ヶ月前までに原告会社と被告のいずれかから何らの申出がないときは1年間契約が更新されるものとし、その後も同様とする旨定めており、昭和57年契約は、本件更新条項により、昭和58年以降平成20年まで毎年契約期間が更新され、同年の更新により、同契約の契約期間は平成21年3月31日となったことが認められる。以上によると、同契約は、その法的性質を変えることなく、本件更新条項により昭和58年以降平成20年まで毎年契約期間が更新されたものというべきである。したがって、被告が60歳又は65歳を超えた時点で同契約が労働契約でなくなり、準委任契約の性質を持つものになったことを前提として同契約の終了をいう原告会社の主張は採用することはできない。

 昭和57年契約は、本件更新条項により、26回にわたり契約期間が更新され、本件契約終了が通知された時点でその存続期間は27年目に入っていたものであるところ、被告・原告会社間で、平成20年の契約期間の更新までに、同契約を終了する動きがあったことを窺わせる事情を認める証拠はない。以上の事実関係によると、同契約は期間の定めのない契約と実質的に変わらない状態で存続していたものというべきである。他方、本件契約終了通知は、同契約を終了させる趣旨でされたものであるから、実質的に解雇の意思表示に当たるものと解するのが相当である。そうすると、同通知による同契約の終了の成否の判断に当たっては、その実質に鑑み、解雇に関する法理を類推適用すべきであり、同契約の終了を認めるためには、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当であることが必要である。

 被告は、平成20年1月頃、原告会社から、次期株主総会に関して法的助言を求められた際に、十分な法的助言ができなかったことがあったことが認められることに照らすと、原告会社において、その抱える法律案件を被告に任せることに懸念を抱き、今後は任せないという判断をすることが不合理であるとはいえない。原告会社は、その当時被告に対し、業務量や業務遂行の成果にかかわらず、月額61万5000円の給与及び年額合計580万円の賞与を支払っていたほかに、原告会社の社屋内に約18.05平方メートルの広さの執務室を無償で供与していたのであるが、原告会社において、被告の上記の業務状態が上記対価等を提供するに相応しないものと判断することも、不合理であるとはいえない。

 以上によれば、上記の理由は、原告会社が法律専門職として社内法律業務を専属的に処理してもらうことを内容として被告との間で締結した昭和57年契約を解消する理由として、客観的に合理的な理由たり得ないものとはいえない。

 被告は、平成20年3月の解約通知が、副社長の会社支配、会社私物化の一環として被告の追い出しを狙ったものであると主張するが、副社長が原告会社を支配等している事実を認めるに足りる証拠はない。以上によれば、被告の原告会社に対する言動は、事実に基づかないで原告会社の経営陣の1人である副社長を非難したものであり、これは実質的には原告会社の経営体制を批判し、原告会社に対する敵対行為に当たるといえる。原告会社にとっては、その抱える法律案件の処理を被告に任せる場合、被告との間に信頼関係があることが必要かつ重要であると考えられるところ、原告会社が、被告の上記言動により、被告との間の信頼関係が崩壊したと判断し、これをもって昭和57年契約を継続することができない理由としたことは、不合理なものとはいえない。以上によれば、上記の理由は、原告会社が法律専門職として社内法律業務を専属的に処理してもらうことを内容として被告との間で締結した同契約を解消する理由として、客観的に合理的な理由になり得るものである。

 被告は、原告会社従業員労働組合の法律相談を、原告会社に伝えずに受けていたとみられるところ、原告会社と同労組とは、その間の労使問題に関する法律問題について利害が対立する関係に立つことに鑑みると、原告会社の社内法律業務を専属的に処理する立場にある被告が、同労組からの法律問題の相談を受けるということは、原告会社に対する背信性が問われ得る行為であり、同契約を締結し、継続していく上で必要かつ重要な被告・原告会社間の信頼関係を損なうものというべきである。なお、被告は、同労組と顧問契約を締結していることが認められるところ、被告が弁護士として同労組と顧問契約を締結するということは、原告会社と利害の対立する問題を含む同労組に関する法律業務一般について、法律相談を受け、処理する立場にあるということになり、同顧問契約の締結は被告の信頼関係を損なう行為に含まれるものである。以上によれば、上記の理由は、原告会社が法律専門職として社内法律業務を専属的に処理してもらうことを内容として被告との間で締結した同契約を解消する理由として、客観的に合理的な理由になり得るものである。

 以上の検討によると、本件契約終了通知による昭和57年契約の終了に関して、解雇に関する法理が類推適用されるとしても、同通知には客観的に合理的な理由があり、同契約の終了が社会通念に照らして不相当であるとはいえないから、同契約は、本件契約終了通知により終了したものというべきである。

 被告は、原告会社から、執務室として本件建物部分を無償で提供を受けてきたところ、本件建物部分の使用は、昭和57年契約の存続を前提とした使用貸借に基づくものと認められ、同契約が終了したときにはその使用貸借関係も目的を達して終了するものと解される。そうすると、本件建物の使用貸借契約は、平成21年3月31日限り終了したというべきであり、被告は同日限り、原告会社に対し、本件建物部分を返還する義務を負う。

 以上によれば、原告会社の本訴請求は、被告が、平成21年4月1日以降、原告会社において委嘱契約及び労働契約上の権利を有する地位にないことの確認請求、本件建物の明渡請求、同日から本件建物部分の明渡し済みまで1ヶ月当たり11万9267円の割合による賃料等相当損害金の支払を求める限度で理由がある。

4 反 訴

 上記で説示したとおり、昭和57年契約は、本件契約終了通知により、平成21年3月31日限り終了していることが認められる。そうすると、同契約が同年4月以降も継続していることを前提とする被告の反訴請求は理由がない。
適用法規・条文
02:民法643条、593条
収録文献(出典)
労働判例1007号67頁
その他特記事項
本件反訴は控訴された。