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株式会社B社ほか事件

事件の分類
雇止め
事件名
株式会社B社ほか事件
事件番号
大津地裁 - 平成20年(ワ)第67号(甲事件) 平成20年(ワ)第183号(乙事件)
当事者
甲事件原告 A株式会社
甲事件原告兼乙事件被告 株式会社B
甲事件被告兼乙事件原告 個人(X)
乙事件被告 T株式会社
業種
専門サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年02月25日
判決決定区分
甲事件 一部認容・一部却下
乙事件 一部却下・一部棄却
事件の概要
 原告(株式会社B)は、被告T社の100%子会社で、産業の諸技術に関する調査・研究、分析評価の受託等を業とする会社であり、原告(A株式会社)は、労働者派遣事業を行うE社を吸収合併して昭和20年4月に設立された人材派遣会社である。原告Xは、平成14年9月、E社に派遣スタッフとして登録した女性であり、平成15年7月から派遣先企業で就労し始めた。平成16年3月31日付けでE社と原告(株式会社B)との間で労働者派遣契約が、E社と原告Xとの間で派遣労働契約がそれぞれ締結されたことから、原告Xは同年4月から原告(株式会社B)で就労した。


 原告Xは、原告(株式会社B)において就労していた平成17年6月頃、被告T社から出向していたPから、(1)プライベートな事柄について度々質問する、(2)トイレや更衣室の前で待ち伏せてつきまとう、(3)出社時刻、退社時刻等についてしつこく質問する、(4)一緒に帰ろう、飲みに行こうなどと誘う、(5)勤務時間中に身体をすり寄せる、(6)会議室で原告乙の隣に座ろうとするといった言動を受けるようになった。Pの言動について原告Xは原告(株式会社B)に対し大変迷惑をしている旨申し立てたほか、滋賀事業場人権推進委員会事務局にもセクハラを受けている旨投書した。原告(株式会社B)はこの申立てを受けて、平成17年10月にPを関連のT社に平成18年3月末日までの期限付きで異動させたが、T社におけるPの勤務態度が芳しくなく、原告(株式会社B)はT社からの強い要請で同年3月1日に一時的に原告(株式会社B)に戻さざるを得なくなった。そこで、原告(株式会社B)は原告Xに対し、担当業務がなくなること、Pが帰って来ることから、同年5月末の契約期間満了を待たず、同年3月末でE社との労働者派遣契約を解除する意向を伝えた。そこで原告Xは、原告(株式会社B)との交渉を続けつつ、当面の就労場所を確保するため、同年2月27日からJ社で派遣就労を始めた。


 原告(株式会社B)は、同年4月1日付けでPを神奈川県の研究室に配転させ、原告Xは同年6月1日から原告(株式会社B)で再び派遣就労することになった。原告(株式会社B)は、同年6月14日、原告Xとの間で、社内におけるセクハラの対応状況について、両者間での確認・フォローの場を持つことを合意し、セクハラ相談員らに対し、原告Xのセクハラ事件の経過等について説明するとともに、各部・室長から、従業員に周知徹底を図るよう指示した。その後も原告(株式会社B)において原告Xに対するセクハラとも受け取られかねない発言があったが、原告(株式会社B)はこれについて厳重注意を行い、セクハラ防止について再周知を行った。


 原告(株式会社B)は、平成19年4月6日、E社に対し、5月末で労働者派遣契約について終了見込みであると伝え、これを受けてE社は原告Xに対し、同年5月31日をもって期間満了により派遣労働契約を終了する旨伝えた。原告Xは、京都地域合同労働組合に加入し、同組合とE社(原告株式会社Bも立会い)との間で3回団体交渉を行ったが、解決に至らなかった。


 原告(株式会社B)及びE社は、同年11月7日、原告Xとの間に雇用関係の存在しないことの確認を求めて労働審判の申立てをする(後日本訴に移行=甲事件)一方、原告Xは、原告(株式会社B)との間の雇用関係の存在確認と賃金の支払いを求めて本訴を提起した(乙事件)。
主文
1 原告(株式会社B)の訴えのうち、同原告と原告Xとの間で、派遣元事業主を原告(A株式会社)とし、派遣先事業主を原告(株式会社B)とする両者間の労働者派遣契約に基づいて原告Xが原告(株式会社B)において派遣就業を行った関係に基づく原告(株式会社B)と原告Xとの間の債務が存在しないことの確認請求に係る部分を却下する。

2 原告Xの訴えのうち、原告Xと原告(株式会社B)との間で、原告Xが雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認請求に係る部分を却下する。

3 原告(A株式会社)と原告Xとの間で、原告(A株式会社)と原告Xとの間に労働契約上の権利を有する地位が存在しないこと及び原告(A株式会社)と原告Xとの間に労働契約関係に基づく債務が存在内ことを確認する。

4 原告(株式会社B)と原告Xとの間で、原告(株式会社B)と原告Xとの間に労働契約関係が存在しないことを確認する。

5 原告Xのその余の請求をいずれも棄却する。

6 訴訟費用中、原告(株式会社B)と原告Xとの間で生じたものは、これを10分し、その1を原告(株式会社B)の、その余を原告Xの各負担とし、原告(A株式会社)及び被告(T株式会社)と原告Xとの間で生じたものは、いずれも原告Xの負担とする。
判決要旨
1 本件訴えの適法性

 原告Xは、E社の担当者から雇止めの通知を受けたことに関し、平成19年5月30日の団体交渉において、E社を相手方として雇止め撤回を求めていること、平成20年7月には、労働基準監督署に対し、原告(株式会社B)及びE社の安全配慮に欠ける対応、不誠実な団交によりうつ病に罹患したなどとして、療養補償給付の申請をしていること、労働基準監督署長が上記申請につき不支給決定をすると、原告Xはこれを不服として審査請求、再審査請求をし、同手続きは現在も続いていることが認められる。そうしてみると、吸収合併によりE社の地位を包括的に承継した原告(A株式会社)が、その法律上の地位に対する危険を除去すべく、上記請求により権利関係の確定を求めることは有効適切なものということができ、確認の利益を肯認することができる。

2 原告Xと原告(株式会社B)との間の労働契約の成否について

 (1)E社はT社グループと強い関係を有していたことは否定できないが、T社グループだけでなく、それ以外の一般企業に対しても派遣案件の開拓を積極的に行っており、滋賀人材派遣部に限っても、平成16年上期から平成20年下期までの間の派遣先は、T社グループ以外が全体の約58%を占めていたから、E社が「専ら派遣」を行っていたとはいえないこと、(2)平成16年3月19日の原告(株式会社B)と原告Xとの面談においては、業務の概要についての説明がされたに過ぎず、派遣労働者の特定行為に当たるとはいえないし、そこで労働条件の詳細や採否が決められたものとは評価し難いこと、(3)原告Xは原告(株式会社B)における就労に当たり、常にE社と労働条件について協議し、その都度合意していること、(4)原告(株式会社B)で原告Xが担当した業務は、医薬品分析に関する専門性の高い業務で、総じて原告Xが従事した業務は、労働者派遣法において「政令で定める業務」(26業務)に当たるものであったこと、(5)原告Xは、契約上の業務内容が事務用機器操作のみである時期にも、原告(株式会社B)から実験室内での検定作業やサンプルチェックを求められることもあったが、原告(株式会社B)が原告Xに対し、契約内容にかかわらず、なし崩し的に業務を命じたとはいえないこと、(6)労働時間や賃金管理についても、E社が派遣労働者から提出される勤務実績通知書を基に、各派遣労働者の労働時間等を把握して賃金の計算をしていたこと、(7)原告Xが有給休暇の申請をするに当たっては、E社とすれば、債務不履行責任を問われることのないように、原告(株式会社Bの)繁忙状況、他の派遣労働者の要否について把握することは当然の要請であり、上記の取扱いは、何ら派遣元企業としての労務管理を疑がわしめるものでないことなどの事実を指摘することができる。加えて、原告X自身、就労当初から少なくとも平成18年6月までは、自らを派遣労働者であることを認識していた旨供述し、就業上起こる様々な問題について、E社の担当者に相談、報告をしていたことに照らせば、原告Xにおいて、自らがE社に雇用されている派遣労働者であって、原告(株式会社B)と労働契約関係がないことは十分認識していたものと認められる。

 以上の事実によれば、E社と原告Xとの派遣労働契約について、原告Xが主張するような違法、無効な点があるとはいえないし、E社は、形式的・名目的な存在ではなく、独立した派遣元企業としての実体を有する存在であって、原告(株式会社B)と原告Xとの間に実質的な使用従属関係、労務提供関係及び賃金支払関係があったとはいえない。そして、原告Xの認識としても、あくまで派遣労働者として、E社に雇用されている立場であることを十分に理解して原告(株式会社B)で就労していたものと認められるから、原告Xと原告(株式会社B)との間に黙示の労働契約が成立していたとする原告Xの主張は採用できない。

 以上のとおり、原告Xと原告(株式会社B)との間に黙示の労働契約が成立していたとはいえないから、同契約の成立を前提とする原告Xの原告(株式会社B)に対する賃金請求は理由がなく、他方、原告Xとの間で労働契約が存在しないことの確認を求める原告(株式会社B)の請求は理由がある。

3 セクシャルハラスメントについての原告(株式会社B)の責任の有無

 原告Xは、原告(株式会社B)に出向して勤務していたPから、その業務時間内に就業場所において、原告Xの家庭環境等私生活にわたる質問をされたり、体をぶつけるなど身体的接触を伴う言動を受けたものであるところ、これらは不快又は嫌悪の情を抱かせるものということができる。してみると、Pの一連の言動は、社会通念上相当として許容される限度を超え、原告Xの人格権を侵害するものとして、全体として違法の評価を受けるというべきである。そして、上記各言動が、正社員であるPから派遣労働者である原告Xに対し、その就業時間中、就業場所において、職務に際し又は職務に仮託して行われていることに照らすと、上記一連の行動は、Pの職務の執行に際し、これに伴って行われた関連のある行為と評価せざるを得ないから、原告(株式会社B)は、使用者責任に基づき、Pの一連の言動によって原告Xが被った損害を賠償すべき立場にあったといえる。

 これに対し原告(株式会社B)は、平成18年5月末頃までは、セクシャルハラスメント問題について、(1)加害者であるPの異動、(2)原告(株式会社B)の責任者が責任を認め、原告乙に謝罪する、(3)再発防止のため、原告Bの滋賀事務所に勤務する全従業員に対して本件の周知を行うことを内容とする和解が成立しており、この和解により原告乙が原告(株式会社B)に対し一切の責任を追及しないということが当事者間で確認されていると主張し、原告Xも原告(株式会社B)との間で和解をしたこと自体を積極的に争うものではないことから、原告Xは原告(株式会社B)に対し、金銭的な賠償を含む一切の責任を追及しないということが当事者間で確認されたものと推認される。したがって、上記和解が成立するまでのPによるセクシャルハラスメント及びこれに対する原告(株式会社B)の対応については、上記和解の効果として、原告Xは原告(株式会社B)に対し、損害賠償請求をすることができない。

4 セクシャルハラスメントについての被告T社の責任の有無

 出向中のPに対する給与の支給や懲戒、復帰等の権限は被告東レにあるものの、指揮命令権は原告(株式会社B)にあり、被告T社はこれを有していないことが明らかである。そして、被告T社がPに対し、実質的な指揮監督権を有していたと認めるに足りる証拠もないから、被告T社は、Pによるセクシャルハラスメントについて、使用者責任を負うとはいえない。

 以上によれば、原告Xの被告T社に対する損害賠償請求は理由がない。
適用法規・条文
02:民法709条、715条
収録文献(出典)
労働判例1008号73頁
その他特記事項
本件は控訴された。