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私立学校教諭うつ病・解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- 私立学校教諭うつ病・解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成20年(ワ)第36449号
- 当事者
- 原告個人1名
被告学校法人J学園 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年03月24日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、J学園中学校、J学園高等学校を経営する学校法人であり、原告(昭和38年生)は平成2年4月、被告の国語科の教諭に採用された女性である。
原告は、平成3年度から平成16年度まで毎年クラス担任をし、主な業務は、週16ないし18単位の国語科の授業、学級担任、校務分掌(広報、生徒会指導、新聞部指導)等であった。原告の平成14年度から16年度までの年間勤務日数は238日ないし258日であり、出勤時間は概ね午前7時台後半頃、退勤時間が午後5時30分前後であった。
平成15年6月、原告が担任をしていた高校3年生のクラスにおいて、体育の授業中に7人の生徒の携帯電話が盗まれる事件が発生し、原告は事情聴取や激昂する保護者との対応等に追われ、良く眠れないなどの状態となり、食欲も不振となった。原告の症状は夏休み中に落ち着いたものの、2学期に入って再び悪化し、同年11月にはうつ病との診断を受けた。
原告は、平成16年度には高校2年生のクラス担任となったが、同年9月、新聞社の行うオーサービジット(作家が学校を訪問して授業を行う企画)で特別講義が開催され、同月下旬には修学旅行があって、行事が続いたことで原告のうつ病は悪化した。平成17〜18年度にかけて、被告は体調に配慮して原告を担任から外し、副担任としたが、受持ち授業の単位数は従前と変わらず、原告は欠勤、休職を繰り返すようになって、平成18年9月13日に診断書を提出して休職に入り、平成19年2月に休職を延長した。
被告の就業規則では、休職期間につき、「業務外の傷病により欠勤が引き続き90日を経過した場合」の休職期間は1年以内であることから、被告はその旨原告に通知したところ、平成19年6月23日、原告は「症状が寛解したため職場復帰可能」との診断を受けて復職した。しかし、原告は数日しか出勤できず、欠勤を繰り返し、同年8月30日、原告は再び「職場復帰可能」との診断を受けて、9月1日より復職した。被告は原告の復職後、当分の間、原告に軽易な業務を担当させて様子を観察し、欠勤があったものの、同年10月下旬頃、原告の意向も確かめた上で、週6単位の授業を受け持たせた。しかし、翌月も欠勤があったために、被告は原告の授業を週3単位に減らすとともに、教頭が原告に対し、欠勤が続いては生徒に迷惑がかかることを理由に退職を示唆する発言をした。
平成20年に入り、原告は再び週6単位の授業を受け持つようになったが、すぐに7日間の欠勤をするなどしたことから、被告は、現状のままでは生徒に迷惑がかかり、これ以上業務を続けさせることは無理であるとして、同年2月13日、教頭が原告に対し退職勧奨を行った。これに対し原告は、雇用継続や改めての休職を要求して交渉をしたがまとまらず、同年3月24日、被告は原告に対し、就業規則の免職事由「心身の故障のため職務の遂行に支障があり、又はこれに耐えられないとき」に該当するとして、同月末日をもって原告を解雇した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、43万9226円及びこれに対する平成21年10月24日から支払済みまで年5分の割合による金員、並びに、平成21年11月から本判決確定まで毎月23日限り月額53万8490円及びこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告のそのほかの請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は、100分の18を被告の負担として、そのほかを原告の負担とする。
5 この判決の第2項は、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 安全配慮義務違反等の有無
被告の大学進学実績は都内有数と評価されているが、このような進学校で、大学入試対策のために、一定程度の補修や小論文指導が行われるのは当然のことというべきであり、被告の教育方針を極端な進学実績至上主義による硬直的なものと認めることはできない。被告の校則は比較的厳格なものであり、生徒は、髪型・服装等正しい身なりの遵守が求められ、これに基づき女性教師がスカートの丈の短い生徒のセーラー服をめくり、そのベルトを取り上げるという指導を行うこともあるが、校則や指導のあり方は、当該学校の教育理念等とも密接に関わる事項であり、その当否を一律の基準で判断することはできず、上記のような生徒指導を直ちに旧弊で人権侵害的なものというのは相当でない。また原告は、被告の指導の在り方に違和感を抱いており、上記のような指導をすることができなかったのであるから、被告が原告に対し、人権侵害的な生徒指導を押し付けていたとはいえない。そうだとすると、被告の硬直的な教育方針が人権侵害的な生徒指導によって、原告がうつ病を発症したとは認められない。
被告の教員は、1人当たり週16ないし18単位程度の授業を受け持ち、そのほかにクラス担任・副担任や校務を担当しているが、この状況が他校に比較して、過重な業務負担をもたらすほどのものと認めるべき証拠はない。確かに教員は、授業の準備やテストの採点等の仕事を自宅に持ち帰ることも少なくなかったものと推測されるが、一方で教員は、1日6単位の授業のうり、半分程度を授業に充てて、そのほかの時間を利用して授業の準備や所用を行うことができるし、夏休みなどまとまった休暇を取得することもできる。また原告は、他の教員よりも多くの校務を分掌していたわけではなく、一定程度の割合で、午後研修制度を利用して自宅で研鑽していた。このような事実によれば、被告の業務が、うつ病の原因となるほど過酷なものと認めることはできない。
平成15年6月に原告の担任するクラスで発生した盗難事件は、突発的な事態であり、原告は激昂した保護者と警察に被害届を出さないという被告との間で板挟みになったりしてかなり苦悩したというべきである。しかし、体育の授業中の盗難事件は原告が責任を負うべき事項ではないこと、この事件について教頭が原告を激しく叱責したとは認められないこと、激昂していた保護者は事件の3日後には今回のことを不問に付すと述べたこと、被告は事件の翌月、保護者宛てに再発防止対策の通知をしたことなどを考慮すると、この事件によって原告が被った心理的負荷が、それほど強度であったと認めることはできない。
上記のとおりであるから、被告の業務による原告の心理的負荷が非常に強度であったとは認められない。そうだとすると、本件において、ストレス脆弱性の程度を、原告を基準として判断するとしても、原告のうつ病が業務に起因して発症したものと認めるのは相当でない。また、原告について、仕事以外に心理的負荷を与える出来事がなかったことは、上記判断を覆さない。したがって、原告がうつ病を発症したことについて、被告の安全配慮義務違反等は認められない。
被告は、平成15年11月の時点で原告がうつ病を発症していると知ったとしたら、原告が休職した3年間に、何らかの対策をとったはずであるが、そのようなことを一切していない。原告が平成16年夏に前校長に出した暑中見舞いにはうつ状態を示唆する記載がない。被告は平成17年度の担任から原告を外したが、これは平成17年2月に気管支喘息発作で入院した原告の体調に配慮したからであって、うつ病を考慮したものではないと考えられる。原告は平成15年11月から平成18年9月までの間に何度か欠勤したが、その届出においてうつ病を理由にしたことがない。
平成16年度に原告が担任をしたクラスは、学習態度が悪く苦情が出ていたと認めるべき証拠はない。平成16年9月、原告は司書教員の軽率な行動のために作家との意見交換会を予定どおり実施することができずショックを受けたが、教頭らがそのことで原告を叱責したとは認められない。原告はこのことと修学旅行が続いて、生徒も心配するほど落ち込んだ様子であったが、ここに被告の責任を問うべき事情は認められない。原告は、平成17年度中は特に問題はなく、むしろ出版社の企画で、被告に最優秀学校賞をもたらす貢献をしている。これらによれば、被告は、平成15年11月、原告がうつ病を発症したと知ったとはいえないし、原告の休職に至るまでの間、教頭らが理不尽な叱責等をしたこともないのであるから、原告のうつ病の悪化及び休職について、被告の安全配慮義務違反等は認められない。
2 本件解雇の相当性
原告のうつ病は業務上の傷病とは認められないから、就業規則によって、原告は1年しか休職できない立場であった。しかし、その休職は引き続き90日間の欠勤を前提にするものであるから、被告が平成18年12月に原告に対してした休職期間が1年である(平成19年9月までに復職しなければ退職させるとの趣旨)という通知は、原告のうつ病が業務外の傷病であるとしても、就業規則の解釈を誤ったものといわざるを得ない。
被告は、平成20年1月16日には原告を退職させるとの意思決定をしており、「授業もなくなく出勤しているだけでは復職したことにはならない。4月からは16単位の授業と担任があることを承知して、良く考えてください」という校長の言葉は、原告に自主退職の選択を求めたものと解され、明確な退職勧奨と認められる。
医師は原告の復職が時期尚早とも考えていたが、休職期間満了により退職させられることを避けるためもあって復職可能診断をしたものであり、また被告は、原告が無理なく復職できるように、かなり慎重な配慮をしているが、それにもかかわらず、原告は平成19年11月頃から平成20年1月頃にかけて、円滑に復職することができず、欠勤して生徒に迷惑をかけることもあった。そうだとすると、被告がその頃、これ以上業務を続けさせることは無理と結論付けて、原告を退職させるとの意思決定をしたことは、やむを得ない面もあると考えられる。
しかし原告は、平成15年11月頃から平成18年夏頃までの間、抗うつ剤等の投薬治療を受けながら、専任教員として業務をこなしてきた時期もある。原告は教員として評判が良く、熱心に授業研究等をしており、出版社の企画で被告に最優秀学校賞をもたらすなどの貢献をしたこともある。平成19年6月29日付け診断書には、「病状が安定すれば、復職も可能と思われる」という記載がある。被告の就業規則の解釈の誤りがなければ、原告は復職の時期を平成19年12月頃まで延ばすことができたはずであり、本件解雇後かなり回復したことが認められ、平成21年3月17日を最後に、うつ病治療のために通院をした形跡がなく、原告の社会への適応には大きな問題があるとは見受けられない。以上の事実を総合すれば、原告の回復可能性は認められるということができる。
原告は、教員としての資質、能力、実績等に問題がなかったのであるから、うつ病を発症しなければ、この時期に解雇されることはなかったということができる。そうだとすると、被告は本件解雇に当たって、原告の回復可能性について相当の熟慮の上でこれを行うべきであったと考えられる。しかし、被告は原告に対し、休業期間について誤った通知をした上、原告の回復可能性が認められるにもかかわらず、メンタルヘルス対策の不備もあってこれをないものと断定して、再検討の交渉に応じることもなく本件解雇に踏み切った。
原告は、休職期間満了により退職させられることを避けるために、かなり無理な復職をしているが、被告はその当時、その経緯の詳細を知らなかったものと推測される。被告は原告が無理なく復職できるように、かなり慎重な配慮をしているにもかかわらず、原告は平成20年1月になっても円滑に復職することができず、欠勤して生徒に迷惑をかけることもあったのであるから、被告がその頃、原告を退職させるとの意思決定をしたことは、やむを得ない面もあると考えられる。そうだとすると、被告は原告に対し、無理な復職を余儀なくさせたとか、解雇無効の判断に加えて損害賠償を要するほどの違法な解雇をしたとまでいうことはできないから、原告の休職以降の問題について、被告の安全配慮義務違反等は認められない。以上によれば、本件解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められないというべきである。
4 賃金
賃金月額について、原告は本件解雇後の昇給可能性等を考慮して55万9160円と主張するが、本件においては、本件解雇の月に支給されていた月額53万8490円を認めるのが相当である。被告は平成20年4月30日、原告に対し、退職金979万2600円を支払ったことが認められるが、この支払金は、その債務の支払いに充当されると解するのが、当事者の合理的意思に合致すると考えられ、そうだとすると、原告が被告に対し請求できるのは、平成21年10月分の未充当額43万9226円と、平成21年11月分以降の賃金月額53万8490円の支払いということになる。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、709条
- 収録文献(出典)
- 労働判例1008号35頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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