判例データベース
D社雇止事件
- 事件の分類
- 雇止め
- 事件名
- D社雇止事件
- 事件番号
- 東京地裁 - 平成20年(ワ)第29076号
- 当事者
- 原告 個人3名 甲、乙、丙
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2010年03月30日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、携帯電話料金の回収業務等を目的とする会社であり、原告丙は平成6年から、原告甲と同乙は平成8年から、それぞれ被告に派遣されて携帯電話の滞納料金の回収業務を担当しており、平成10年、それぞれ被告との間で、料金センターの外勤パート従業員として直接の雇用契約を締結した。原告らは、平成14年4月1日、それぞれ被告との間で、契約期間1年の定めのある委嘱契約(嘱託職員C)を締結し、同契約は平成19年度までの間、1年毎に5回更新された。
滞納された携帯電話料金の回収業務には、携帯電話の使用契約が解約される前の回収業務と解約された後の回収業務があり、前者の業務は特別社員Aが担当し、後者の業務を原告ら嘱託職員Cが担当していた。原告らの賃金は、基本給及びインセンティブ等により構成され、平成19年度の原告らの基本給はいずれも18万9500円で、インセンティブの1ヶ月平均は、各人25万円ないし27万円余であった。また、同年度の特別手当(業務実績などの評価に基づいて支給される手当で、6月と12月に支給)を含む賃金の原告らの平均月額は、55万円ないし57万円程度であった。
ところで被告は、インセンティブ支給対象者の回収額、支給額の減少等を目的として、平成20年3月末をもって同制度を廃止し、これに伴い解約後の料金回収に特化した嘱託職員Cも廃止し、原告らを特別社員Aに移行することとして、原告らに対しインセンティブの廃止に伴う補償措置などの説明をした。その内容は、インセンティブは廃止するが、その代替として、一時金の支給、基本給の増額、退職金積立制度や業績評価による昇給制度の導入することなどであったところ、原告らはインセンティブの廃止等によって大幅に賃金が減額されるとして、同年3月7日、インセンティブの廃止とこれに伴う社員区分の移行に合意しない旨回答した。
そこで被告は、同月21日、原告らに対し、最終的な選択肢として、(1)特別社員Aへの移行及び補償措置による一時金の支給を承諾する、(2)嘱託社員Cとして1年に限って現行のまま契約更新し、その間だけインセンティブの支給を受ける、(3)3月末の契約期間満了による雇用契約終了のいずれかを選択するよう求めたが、原告らがいずれも拒否したため、被告は同月31日、原告らを雇用期間満了により雇止めした。
これに対し原告らは、本件契約は実質的に期間の定めのない契約と変わりがなく、仮にそうでなくとも、雇用継続に対する期待利益には合理性あるから、本件雇止めは解雇権濫用法理が適用されるところ、インセンティブ廃止の必要性はないこと、その廃止等に伴う補償措置等に合理性がないこと、インセンティブの廃止等の手段・経緯に合理性がないことを主張して、本件雇止めの無効とそれによる嘱託職員Cとしての地位の確認及び賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告らそれぞれが、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告甲に対し、291万3372円及びそのうち286万5870円に対する平成20年10月15日から支払済みまで年6分の割合による金員、並びに平成20年10月から本判決確定まで毎月20日限り月額47万7645円を支払え。
3 被告は、原告甲に対し、44万8793円及びそのうち34万4483円に対する平成21年12月26日から、そのうち10万4310円に対する平成22年2月5日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 被告は、原告乙に対し、282万1850円及びそのうち277万5840円に対する平成20年10月15日から支払済みまで年6分の割合による金員、並びに平成20年10月から本判決確定まで毎月20日限り月額46万2640円を支払え。
5 被告は、原告乙に対し、45万0368円及びそのうち34万5908円に対する平成21年12月26日から、そのうち10万4460円に対する平成22年2月5日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
6 被告は、原告丙に対し、296万8932円及びそのうち292万0524円に対する平成20年10月15日から支払済みまで年6分の割合による金員、並びに平成20年10月から本判決確定まで毎月20日限り月額48万6754円を支払え。
7 被告は、原告丙に対し、42万9386円及びそのうち32万4926円に対する平成21年12月26日から、そのうち10万4460円に対する平成22年2月5日から、それぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
8 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
9 訴訟費用は、原告甲と被告の間に生じた費用、原告乙と被告の間に生じた費用、原告丙と被告の間に生じた費用について、それぞれその5分の4を被告の負担として、それぞれのそのほかを各原告の負担とする。
10 この判決は、第2項ないし第7項について、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件雇止めについての解雇権濫用法理の類推適用の有無
原告らが、正社員と同じように料金回収業務をしたとか、正社員の業務の一部を分担したとは認められない。また、更新に当たっては、所定の意思確認手続きがとられており、機械的に更新が重ねられていたわけではない。したがって、本件契約は実質的に期間の定めのない契約と変わりがないものとは認められない。
しかし、5回にわたる本件契約の更新に当たっては、その都度原告らの意向確認が実施されていたが、その際、原告らはもとより被告においても、更新に消極的な態度を示した形跡が窺われない。その更新回数はまだ5回であったが、原告らは外勤パート従業員時代以前も合わせると、いずれも通算10年以上携帯電話の滞納料金の回収業務を担当してきた。そして、平成19年度のインセンティブの月平均額は基本給の月額を上回っており、滞納料金の回収業務において相応の業績を上げてきたということができる。また、これまで嘱託社員Cにおいて、意思に反して更新された者はいなかった。
以上の事実によれば、本件において、原告らの雇用は、ある程度継続が期待されたものというべきである。そうだとすると、本件雇止めについては、解雇権濫用法理が類推適用されるから、解雇であれば解雇権の濫用に該当して解雇無効とされるような事実関係のもとに被告が雇止めをしたならば、期間満了後において、平成19年度の本件契約が更新されたのと同様の法律関係になるということができる。このような関係は、上記期間満了後更に1年が経過しても、そのまま継続すると考えられる。
2 本件雇止めの相当性の有無
かつては料金滞納があると、D社が携帯電話使用契約を解約した上で、被告に料金回収を委託することが多かったが、D社においても顧客囲い込みのために、料金の滞納があってもできる限り使用契約の解約を控えて、解約前の料金回収を委託することが多くなった。そのため、解約後の滞納料金自体が徐々に減少し、これに伴い、強制解約率、解約後の回収額、滞納移管額はいずれも年々減少していた。そのほかに、インセンティブの支給の有無により社員間に収入の格差が生じたり、社員間で仕事の取替えが生じる場合があったり、サービス提供9社が料金回収業務の全国統一化を図ったりしていた。このような事実によれば、インセンティブ廃止等の必要性があるという被告の判断は、そのメリット・デメリットを総合評価した上のものであり、これを直ちに不合理ということはできない。しかし、インセンティブ制度の見直しをテーマとする平成11年7月の指示文書に、「社会的に見てなお高額であり、支給額の圧縮が必要である」と明記されていることや、被告において社員間に収入の格差が生じていることを問題視していたことに照らすと、インセンティブの廃止等の目的が、回収コストの削減にもあったと認められる。そうだとすると、インセンティブの廃止等は、嘱託社員Cである原告らに対し、賃金減額という重大な不利益をもたらすものであるから、その必要性が認められるとしても、これに対する補償措置等には相当高度の合理性が要求されるというべきである。
被告が提案した補償措置等は、原告らにとって、結局減収(年収4万円ないし63万円)を甘受せざるを得ないものである。また、特別社員Aには昇給や退職手当があるものの、その年収が嘱託社員Cのそれを上回るのは、平均的な業績評価を取り続けた場合であっても10年近く先になってしまう。このように、被告が提案した補償措置等は、全体的に観察すると、インセンティブの支給額が年々減少するという見通しに基づいて嘱託社員Cの将来の年収をも下回っている。そうだとすると、当期純利益が10億円を超えている被告の財務状況において、原告らがこれに納得し難いのはやむを得ないことであって、仮に被告の試算が正しいとしても、インセンティブの廃止等に伴う補償措置等に相当高度の合理性があるということはできない。
また、上記合理性の有無にかかわらず、被告は、原告らがインセンティブの廃止等に合意しない場合であっても、就業規則や給与規程等を変更するなどして、被告の目的(原告らの賃金減額)を実現することができると考えられる。それにもかかわらず、被告の提案に合意しない原告らについて雇止めをするのは、結局のところ、原告らが契約条件の変更に応じないことのみを理由とするものといわざるを得ない。このような本件雇止めは、原告らが滞納料金の回収業務において相応の成績を上げてきたにもかかわらず、インセンティブの廃止等を拒否したからといって、雇用期間満了の機会をとらえて被告から排除したものと認められるのであり、手段・経緯の合理性を欠くというべきである。
以上のとおり、本件雇止めは、解雇権濫用法理の類推適用が認められるところ、その原因となったインセンティブの廃止等に伴う補償措置等の合理性や、その手段・経緯の合理性が認められないのであるから、無効というべきである。したがって、期間満了後においても、平成19年度の本件契約が更新されたのと同様の法律関係になり、このような関係は、上記雇用期間満了後更に1年が経過しても、そのまま継続するものと考えられる。
平成20年度以降の賃金は定められていないから、原告らの賃金請求額は平成19年度のものを基礎とすべきであるところ、その賃金は、業務実績等の評価に基づき支給される特別手当を除き、原告甲が平均月額47万7645円、原告乙が平均月額46万2640円、原告丙が平均月額48万6754円と認めるのが相当である。 - 適用法規・条文
- 収録文献(出典)
- 労働判例1010号51頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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