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高岡労基署長(N社)頸肩腕症候群事件

事件の分類
職業性疾病
事件名
高岡労基署長(N社)頸肩腕症候群事件
事件番号
名古屋高裁金沢支部 - 昭和54年(行コ)第2号、名古屋高裁金沢支部 - 昭和54年(行コ)第3号
当事者
控訴人控訴人・附帯被控訴人 高岡労働基準監督署長
被控訴人被控訴人・附帯控訴人 個人1名
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1981年04月15日
判決決定区分
控訴及び附帯控訴棄却
事件の概要
 Tは、N社高岡工場においてタイプ業務に従事していたところ、昭和34年1月に凍傷と診断されて以来、次のような疾病に罹患した。

 昭和34年 凍傷、湿疹

 昭和35年 凍傷、湿疹、結膜炎

 昭和36年 レイノー氏病、湿疹、右肋間神経痛、結膜炎

 昭和37年 レイノー氏病、右肋間神経痛

 昭和38年 レーノー氏病、リュウマチ性関節炎、急性肝炎、結膜炎

 昭和39年 レイノー氏病、リュウマチ性関節炎、肝機能障害、網膜炎

 昭和40年 レイノー氏病、リュウマチ性関節炎、肝機能障害、精神分裂症

 昭和41年 多発性関節ロイマチス、リュウマチ熱、湿疹、網膜剥離

 昭和42年 リュウマチ熱、敗血症、尿閉、そう病

 昭和43年 尿閉、そう病

 昭和44年 全身性エリテマトーデス

Tは、昭和48年2月7日に死亡したが、剖検診断においても「全身性エリテマトーデス」との確定診断が行われている。

 Tの親族である被控訴人・附帯控訴人(被控訴人)は、控訴人・附帯被控訴人(控訴人)に対し、Tの疾病は業務による頸肩腕障害の残存及びそれによって引き起こされた疾病によるものであるとして、労災保険法に基づく給付を請求した。しかし控訴人はTの罹患していた疾病は、その都度発症した単純な疾病ではなく、当初の凍傷から相互に関連のある全身的な疾病と考えるのが相当であり、業務による頸肩腕障害に起因するとみることは不合理であるとして不支給の処分(本件処分)をした。そこで、被控訴人は本件処分の取消を求めて本訴を提起した。

 第1審では、Tの死亡を業務上災害と認め、本件処分を取り消したため、控訴人はこれを不服として控訴に及んだが、一方被控訴人は、従前の頸肩腕障害の残存、それによって引き起こされた敗血症等を考慮すれば、休業以降の症状も業務に起因しているとして、附帯控訴に及んだ。
主文
本件控訴および附帯控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は被控訴人の各負担とする。
判決要旨
 当裁判所も原審と同じく、被控訴人の本訴請求は、本件処分のうち昭和38年6月11日から昭和39年3月16日までの間の休業補償給付を支給しない旨の取消を求める限度で理由があるからこれを認容すべきもの、その余の部分は理由がないからこれを棄却すべきものと判断する。

 医師であるA証人の見解として、Tに頸肩腕障害としての症状がある時期に併存した可能性はあるが、少なくとも昭和38年3月以降の症状を頸肩腕障害による症状と判断することはできないとの結論的記載があるが、同証人が、同年6月の休職時以降ではなく同年3月のべトラネン服用の直前の時点において既に頸肩腕障害が併存した可能性はないと判断するに至った根拠としては、(1)Tの昭和34年以来の各疾病には一貫した流れが存し、臨床的判断としてはこれを全身性エリテマトーデスの症状として統一的に把握するのが合理的であること、(2)Tの作業量は普通程度であり頸肩腕障害を起こさせるほどのものではなかったこと、(3)頸肩腕障害においては関節リウマチの診断をつけたくなるような形での関節痛を訴えることはないことの3点が示されていると認められるが、(1)及び(3)の点は、全身性エリテマトーデスと頸肩腕障害が併存し、後者の症状が前者の症状の間に混在しあるいは前者の症状に埋没していることの可能性までも否定し得るものではないと解され、(2)の点は労働衛生学に関しては必ずしも専門家とはいえない同証人の見解であってみればこの点を重視するのは相当でなく、結局、前記の結論的見解は、必ずしも十分に根拠付けられたものとはいえない。

 A証人の証言中には、昭和38年6月11日からの満月様顔貌、食欲不振、全身衰弱、肝機能障害等につき、これらを副腎皮質ホルモン投与の副作用とみることはその投与量が少量であること等に照らし疑問であり、右各症状は全身性エリテマトーデスの症状そのものの増悪であるとの推論が成り立つとする部分が存する。しかしながら、右見解は、当時Tを診察したB医師が全身性エリテマトーデスの一症状としての顔面紅斑を満月様顔貌と誤認したという極めて不確実な推論を混じえた立論をなすものであり、一つの推論の可能性を示すものであっても、休業を余儀なくさせた諸症状が副腎皮質ホルモン剤投与の副作用であるとの前記認定を左右し得るほどの論拠を示すものとはいい難い。従って、昭和38年3月当時Tの疾病として頸肩腕障害が少なくとも併存しており、右疾病による手指、腕等の痛み、あるいは右疾病と他の疾病とが競合したことによって生じる痛みの治療のため副腎皮質ホルモン剤が投与され、その結果前記副作用が生じたとの認定が左右されることはない。

 控訴人は、会社においてタイプ業務に従事していたM、Kの症状につき、(1)同人らは会社の内部において準公傷の扱いを受けていたにすぎないこと、(2)M、Kの症状は確かに頸肩腕障害のそれに類似しているが、Tの症状はこれと異なること、(3)右両名については諸種の検査がなされているが、Tの場合はそれがなされていないことを理由に、M、Kの症状をもって同種事務作業者の発症とみることはできないと主張する。しかしながら、(1)の点は会社における準公傷なる扱い自体に問題のあることが窺われ、右扱いがされたことからM、Kの症状が頸肩腕障害であることに疑義をさしはさむのは相当でなく、(2)の点は、Tには後に全身性エリテマトーデスと診断された疾病の前駆症状が併存していた可能性が大きいことを考え合わせれば、M、Kとは異なった症状を呈したとしても特に異とするに足りず、(3)の点については、Tにおいて諸種の検査を受けていないこととM、Kの症状を頸肩腕障害と判断することとの間には何の関係もない。従って、控訴人の右主張は採用できない。

 控訴人は、Tの作業量は身体に影響を及ぼすほどのものではないと主張するが、控訴人の見解は1日の作業量として一定期間内の平均値を用い、作業管理基準としてはキーパンチャーのそれを採用するなど、必ずしもTの作業の現実に即しない資料による立論をなしており、さらに一般的には管理基準内に止る作業量であっても、特定の労働者にとってはその肉体的条件等から過重になる場合のあることも看過されており、控訴人の右主張は採用できない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法16条の2、17条
収録文献(出典)
労働判例365号25頁
その他特記事項