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ニューハーフ男性外貌醜状後遺症事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- ニューハーフ男性外貌醜状後遺症事件
- 事件番号
- 京地裁 − 平成9年(ワ)第22801号(本訴)
- 当事者
- 原告本訴原告(反訴被告) 個人1名
被告本訴被告(反訴原告) 個人1名 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1999年04月28日
- 判決決定区分
- (本訴)一部認容・一部棄却、反訴棄却(控訴)
- 事件の概要
- 本訴原告(反訴被告、以下「原告」)は、クラブAに勤務していたニューハーフであるが、平成9年5月16日午前0時25分頃、出勤のためJR錦糸町駅付近の道路を横断しようとしていたところ、原告を女性と思った本訴被告(反訴原告、以下「被告」)からホテルに誘われた。原告は被告が相当酩酊した様子であり、勤務時刻も迫っていたことから被告を無視して歩いていたところ、被告がAまで付いて来たため、原告は1時間だけ接客することとして被告を入店させた。被告は、1時間が経過したことから原告の同行によりAを出たが、原告の腕を掴んで再度ホテルに誘った。原告は、本来直ぐに店に戻らなければならなかったが、被告が手を離さないため、射精をさせれば帰れると考えて人影のない雑居ビルに被告を誘った。原告と被告が猥褻行為を始めた場所は、本件ビル内のコンクリート製の階段を上りきった踊り場であり、原告と被告はそこで向かい合い抱き合った状態で、原告は右手で被告の陰茎に刺激を加えた。猥褻行為を始めてから10分ないし15分経過しても被告が射精に至らなかったため、原告は手を離して帰ろうとしたところ、被告は原告の急な動きに対応できず、故意によらないで、原告の上半身右腕付近を強く押し付けて振り払うような有形力を加えた。そのため、原告は階段から転落し、前額部をコンクリート製の階段の角に強く打って失神し、全治3ヶ月半以上を要する前額部挫創、右手首打撲等の傷害を受け、前額部には7cmの挫創痕が残った。
被告は、本件事故に関して、原告のため、治療費、生活補助費などとして13万円余を支払ったが、原告が当座の生活費にも困窮しかねないことを慮り、更に生活費補助として原告に送金しようと原告指定の口座番号を呼び出したところ、名義人として男性名が表示されたため、被告は原告が男性であることを確定的に知り、以後送金を取り止めた。
原告は、被告の不法行為により外貌に醜状を残すなどの損害を受け、今後10年間は同種の業務をすることを予定していたにもかかわらず、これができなくなったことによる逸失利益、慰謝料等4266万円余の内金として300万円を請求した。これに対し被告は、本件事故の発生には原告の重大な過失があるから、少なくとも大幅な過失相殺がされるべきことを主張するとともに、原告は何ら実体上の権利がないことを知りながら、敢えて損害賠償名目に金員を詐取することを目的として本件訴訟を提起したとして、慰謝料300万円を請求する反訴を提起した。 - 主文
- 1 本訴被告(反訴原告)は、本訴原告(反訴被告)に対し、170万2622円及びこれに対する平成9年5月16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 本訴原告(反訴被告)のその余の請求を棄却する。
3 反訴原告(本訴被告)の反訴請求を棄却する。
4 訴訟費用は、本訴、反訴を通じてこれを4分し、その1を本訴原告(反訴被告)の負担とし、その余を本訴被告(反訴原告)の負担とする。
5 この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 本件事故の発生についての被告の故意又は過失の有無
合意の上で自己の性欲を満たすために他人に性的な行為をさせている場合であっても、相手方の安全に配慮すべき注意義務があることは条理上当然のことであり、コンクリート製階段の踊り場で原告と抱き合っていた被告としては、わざとではないにせよ、原告に転倒させるほどの有形力を加えれば、原告の身体に危害を与えることは十分予見できたのであるから、いかに性的行為に熱中していたとはいえ、相手方の身体に危険を与えかねないような有形力の行使を避けるべき義務があったというべきである。ところが、被告は、この注意義務を怠り、漫然と性的行為に意識を集中し、その結果、故意によらないとはいえ、原告に有形力を加え、本件事故を引き起こしたのであるから、被告には本件事故の発生につき過失があったといわなければならない。
2 原告の損害額
原告は、睾丸を摘出し、豊胸手術をした、いわゆるニューハーフであり、仕事及び通勤時間のみならず、私的な時間も全て女性用の化粧品、装飾品、服装を使用していること、原告は本件事故当時、Aに勤務して日給1万5000円の収入を得ていたこと、原告は本件事故のため実日数で18日間Aの仕事を休業したことが認められる。したがって、本件事故の治療のために、原告は合計27万円の休業損害を蒙ったと認められる。
原告には、平成10年1月頃までに本件事故による受傷の後遺症として、前額部に7cmの挫創痕が固定したこと、右挫創痕は皮膚の隆起を伴うようなものではなく、原告が通常行う化粧によってほとんど目立たなくなることが認められるから、右の挫創痕を評して「外貌に著しい醜状を残すもの」とまでいうことは難しく、「外貌に醜状を残すもの」に当たると認めるのが相当である。また、原告の生活振りは、心身ともに女性と同様であるということができるから、原告の後遺症の等級認定においては、「女子の外貌に醜状を残すもの」とされる後遺症等級第12級の14に準じて扱うのが相当である。
原告は、本件事故前、1ヶ月平均で21日間Aに勤務し、1日当たり1万5000円の収入を得ていたことが明らかである。そして、本件に現れた原告の年齢、職業、後遺症の内容、程度、その他諸般の事情を総合すれば、原告は、本件事故がなければ、後遺症固定当時、少なくとも1ヶ月当たり21日程度は勤務することができたとみることができ、また、原告には後遺症固定当時から5年間右の後遺症による労働能力喪失の影響が残ると認めるのが相当である。したがって、原告の後遺症逸失利益の額は、1万5000円に21を乗じた31万5000円の月収額を12倍した378万円の年収額に、第12級の労働能力喪失率14%を乗じ、更に5年間のライプニッツ係数4.3294を乗じた229万1118円と認定するのが相当である。原告の通院期間は7ヶ月間であるが、実際に治療に要した日数は9日間であることが認められるので、通院慰謝料の額は25万円と認めるのが相当である。また、原告の前額部挫創痕は後遺障害等級12級14と認められるので、原告の後遺症慰藉料は270万円と認めるのが相当である。
3 過失相殺
本件事故現場である階段を上りきった最上段の踊り場は、原告が自ら選択した場所であり、猥褻な行為を行う場所の選択についての主導権は原告にあり、被告は原告に付いて行っただけであることが認められる。原告には、被告は相当深く酒に酔っていたことから、原告側で突発的な動きがあれば身体の平衡を崩しても不思議でないことが予見できたこと、階段最上部の踊り場は僅かな有形力の行使であっても階段から転落するおそれがある危険な場所であることを十分に予測し得たこと、にもかかわらず、原告は、単に早く被告から解放されたいことだけを考え、猥褻な行為を行う場所を選択するについて、階段から転落しないような安全な場所を選択することを怠り、その上、深酔いしている被告に僅かに帰らせて欲しいとつぶやいただけで急に身体を動かしたという挙動における過失が認められる。以上に認定した諸般の事情と対比すると、その過失割合は原告が7割、被告が3割と認めるのが相当である。そうすると、被告が原告に賠償すべき損害金額は、155万2622円となる。また、弁護士費用相当の損害額は、15万円と認めるのが相当である。
4 原告による不当訴訟の成否
以上、原告の本訴請求は、一部とはいえ認容されるべきものであり、この訴訟を評して不当訴訟の提起ということはできないから、被告の反訴請求は理由がない。 - 適用法規・条文
- 02:民法709条、722条2項、
99:その他 労災保険法15条 - 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1018号288頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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