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地方裁判所事務官脳出血死事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
地方裁判所事務官脳出血死事件
事件番号
東京地裁 − 昭和41年(行ウ)第154号
当事者
原告1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
1970年06月29日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
Sは、昭和25年以来、熊本地裁八代支部の裁判所事務官として勤務していたが、昭和29年頃から高血圧症で投薬治療を受け、昭和35年12月に慢性胃カタル、昭和36年9月に十二指腸潰瘍と診断され、高血圧症の症状は概ね一進一退の経過を辿り、高血圧症の治療は昭和38年5月までで、その後は十二指腸潰瘍の治療が主になっていた。Sの昭和27年から昭和38年までの血圧を見ると、上が最高240,最低が164、平均204、下が最高130、最低84、平均109となっていた。

 Sは、昭和39年2月24日、午後5時30分まで寒波に見舞われる中法廷に立会い、足をふらつかせながら午後7時頃帰宅し、翌25日、公判立会中脳出血のため倒れ、翌26日脳出血・くも膜下出血により死亡した。

 Sの妻である原告は、Sは過重な勤務に従事し、公務遂行中死亡したものであって、国家公務員災害補償法15条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、職員が公務中死亡した場合であれば足り、公務起因性の要件は不要であるとして、同法に基づく遺族補償給付1,190,000円、葬祭補償金71,400円の支給を請求した。

 これに対し被告は、公務上死亡したとは、死亡と公務との間に相当因果関係の存在を要するところ、Sの場合は既に何年も前から高血圧症に罹り、医師の指示により日常生活をしていたのであるから、災害と公務との間に相当因果関係は認められないと主張して争った。
主文
原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
国家公務員災害補償法は、国家公務員法第93条から第95条までの規定に基づき、国家公務員の公務上の災害に対する補償制度を定めたものであるが、国家公務員災害補償法第15条にいう「職員が公務上死亡した場合」とは、国家公務員法第93条第1項、第94条の各規定と照らし合わせれば、「職員が公務に基づく負傷もしくは疾病に起因して死亡した場合」を指すものであることは明らかである。ところで、公務上の災害に対する補償制度は、労働基準法、労働者災害補償保険法等による私企業における労働者の業務上の災害に対する補償制度と同趣旨に出たものであることは国家公務員災害補償法第23条の規定の趣旨から窺い得るところであるから、労働基準法第75条、同法施行規則第35条、労働者災害補償保険法第1条、人事院規則160第10条の各規定などを参酌するときは、国家公務員災害補償法上、「公務に基づく疾病」とは公務に起因由来する疾病をいい、公務と疾病との間に相当因果関係のあること、すなわち公務起因性があることを補償の要件としているものと解するのを相当とする。

 本件災害発生の前日である昭和39年2月24日、Sは公職選挙法違反事件の尋問等で午後5時30分まで法廷に立会い、外気温が終始2度の寒波に見舞われ、法廷内は、午前9時に9度、正午に14度、午後4時に15度であって、Sは帰宅途中足がもつれる異常があったが午後7時に帰宅したことが認められ、Sの足のもつれは一過性の脳循環障害に因るものではあるが、当日の法廷における執務がその発症にある程度の影響を及ぼしたとしても同人の高血圧症を著しく悪化させる程のものではなかったことが認められる。以上、本件疾病が24日の執務に起因して発生したとは認め難い。

 八代支部が昭和35年新庁舎に移転したこと、同庁舎には3法廷あること、Sの職務内容には、廷吏としての開廷準備及び法廷立会い、案内所における外来者との応接、案内所、弁護士控所及び法廷の清掃、弁護士控所用の湯沸かし及びお茶汲みが含まれ、昭和37年に事務官1名が長期病休になる一方略式命令事件が激増し、それに伴いSが支部事件全部の法廷立会を担当することとなったため、Sの法廷立会事務量が増大したことが認められる。しかし、Sの法廷立会状況を見ると、月平均立会回数、1開廷当たりの平均事件数、1開廷当たりの平均立会時間は、昭和37年9月から12月までの4ヶ月間、19.3回、7.0件、3時間17分、昭和38年1年間、17.3回、5.9件、2時間24分、昭和39年1月から2月24日まで、12.0回、6,0件、3時間05分と認められ、同人の法廷立会事務が特に負担過重であったとはたやすく認められない。また、他にSの負担を過重ならしめる程のものであったことを認めるに足りる証拠はない。

 Sは昭和36年12月及びその前年の2回、退職勧奨を受けたが、いずれも特に強く退職を迫られたものではなく、単に年齢の関係から形式的になされたものであって、同人は末娘が成長するに至っていないことを理由にこれを断っていること、昭和36年の勧奨の際には、庶務課長が退職勧奨と併せて掃除についての注意もなしたことで、同人は労働組合を通じて抗議を行ったことがあったが、退職勧奨が形式的なものであることは何人においても知了していたことが認められ、2度に及ぶ退職勧奨が本件疾病発生の要因となる程の精神的負担をSにもたらしたものとは、到底認められない。

 Sの居室であった案内所が庁舎北側にある等により室温が他の部屋より低かったが、Sは火鉢を入れ、懐炉を抱いた上、毛布をかけて暖を取っていたが、暖房効果が悪く、特に寒気が厳しいときは、庁舎内で10度を割るような日もあったことが認められる。しかし、厳冬期に1、2回そのような日があったに止まり、それ以外は大体18度位はあったことが認められるから、右案内所の執務環境が社会通念上著しく劣悪であったとは認められない。

 Sに対して、その健康状態を理由に特に勤務を軽減する等の措置を講じられたことのないことが認められるが、同人が責任者に対し、そのような措置を講ずるよう申し出た形跡は窺えないし、八代支部の定期健康診断の結果、医師により通常の勤務を制限すべき旨指示ないし指導されたことがないことが認められるから、八代支部長において右措置を講じなかったことをもって、健康管理上瑕疵があったということはできない。

 以上、各認定したとおり、本件疾病がSの職務に起因して発生したとする原告の主張は採用し難く、他に本件疾病がSの職務に起因由来することを肯認せしめるに足る証拠はない。却って、本件疾病は、Sの過去10数年来にわたる高血圧症の病的素地の自然的推移の過程において発生したものであって、同人の職務に起因するものでないことを窺うに足る。しからば、本件災害は公務に起因するものではないというほかない。
適用法規・条文
国家公務員災害補償法15条、18条、
国家公務員法93条、94条、95条,,
収録文献(出典)
判例時報601号94頁
その他特記事項
本件は控訴された。