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鹿児島(貨物運送会社営業所長)自殺事件

事件の分類
うつ病・自殺
事件名
鹿児島(貨物運送会社営業所長)自殺事件
事件番号
鹿児島地裁 − 平成13年(ワ)第618号
当事者
原告個人4名 A、B、C、D

被告株式会社
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2003年05月19日
判決決定区分
一部認容・一部棄却
事件の概要
被告は貨物運送を業とする株式会社であり、F(昭和18年生)は、昭和52年8月に被告に雇用され、昭和57年4月鹿児島営業所長に就任した後、主として顧客の開拓、営業所の管理・監督及び労働組合との交渉などの業務に従事し、平成5年4月、被告の南九州支店の支店長代理に就任した。

 南九州支店は慢性的な赤字が続いており、収益改善のため平成8年頃に1回目の損益改善計画が実施され、その頃からFは月に1、2回の割合で本社に出張するようになり、同年7月から12月にかけては東京にも各月1、2回の頻度で出張していた。平成9年10月頃、3つの営業所をP営業所に統合し、事務職員及び中長距離乗務員の削減を柱とする2度目の損益改善計画が立てられ、Fは現場責任者として同計画を実施するため、本社への度々の出張などにより、移転前の数ヶ月間は土曜日も休めないほどになった。

 損益改善計画の実施については被告と労働組合との間で再三の交渉が持たれ、Fは直接交渉に当たることはなかったものの、従業員の解雇について悩みを周囲に打ち明けていた。また損益改善計画の実施により、一部の顧客との取引を打ち切ることになり、Fは部長と共に説明と謝罪に回ったが、取引を中止する顧客の中には、F自身が取引を開拓した業者もあったため、Fはこの点の悩みについても周囲に打ち明けていた。

 平成10年5月1日、従来の南九州支店は廃止され、Fは3営業所が統合された新たな南九州営業所の所長に就任した。営業所の移転に伴って早朝出発のトラックの点呼が午前2時ないし3時頃になり、Fは週2、3回の頻度でこれを担当するようになり、早朝出勤の回数が増加したこともあって、鹿児島市内のマンションに住み、自宅へは休日に帰るという生活になった。

 Fは、営業所の移転に伴って従業員を解雇したことや自分が開拓した得意先との取引が打ち切られたことに悩み、「会社に行ってもやることがない、辞めたい」としきりに話すようになり、同年7月8日及び9日に入院して精密検査を受けた後、出社しなくなった。同月17日、Fは退職願を郵送し、その後部長と面談したが、部長から「辞めてもらっては困る」と説得を受け、退職を取り止める旨回答した。Fは、同月22日、23日には出勤したが、翌24日午前2時頃会社に行くと妻に言って自宅を出た後行方不明になり、鹿児島営業所内で首を吊って死亡している姿が発見された。

 Fの妻である原告Aは、平成10年8月24日、Fの死亡退職金806万0305円を受領した。また、労働基準監督署長は、Fの自殺を労働災害と認定し、平成13年3月9日、原告Aに対し、平成15年2月15日までに、遺族補償年金・遺族特別支給金・遺族特別年金1154万1229円を支給した。
 原告A及びFの子である原告B、同C及び同Dは、Fの自殺は過酷な業務を担当した上、損益改善計画の実施に伴い、顧客との取引停止、従業員の解雇などを担当するなど、精神的・肉体的に過剰な業務を強いられたことによるものであり、自殺と業務との間には因果関係があるとして、不法行為に基づき、被告に対し、逸失利益4308万9486円、慰謝料2600万円、弁護士費用570万円を請求した。
主文
1,被告は、原告Aに対し金2363万9396円、原告B、同C及び同Dに対し、各1220万2236円並びにこれらに対する平成10年7月24日から各支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。

2,原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

3,訴訟費用は被告の負担とする。

4,この判決は第1項に限り仮に執行することができる。
判決要旨
1 業務の過重性について

 Fは、平成5年4月に南九州支店の支店長代理に就任し、実質的に3つの営業所の責任者として日常業務を担当し、平成8年に実施された1度目の損益改善計画以降は、週に1、2回早朝点検を担当するとともに、本社や東京、大阪にも出張するようになり、平成9年10月以降、2度目の損益改善計画の策定に伴い、3営業所の営業を統合し、従業員を削減し、一部取引先との取引の打切りなどに関する事務処理を担当し、本社への出張も増加したものであり、この間、Fには恒常的な不規則勤務、担当業務の繁忙化による疲労の蓄積があったと推認される。平成10年5月にP営業所が再開された後は事務職員が削減され、営業の担当区域も広くなったことに加え、移転後の事務処理が加わり、早朝出勤に対処するため、マンションを借りてP営業所に通勤し、自宅へは休日に時々帰るという生活を送るようになったものである。このように、Fの恒常的な長時間労働と深夜に及ぶ不規則勤務は更にその程度を増し、これにより身体の疲労が慢性化し、精神的なストレスも増大したことが推認される。

 2度目の損益改善計画の実施は、部下である従業員の削減及びFが開拓した顧客との取引の打切りを伴うもので、いずれもFを苦悩させるに足るものであったことに加え、営業所移転の際の労働組合の非協力、移転後の一部の組合員や近隣とのトラブルなどによりFが受けた精神的な負荷は強度なものであったことが推認される。

2 精神障害の発生、業務の過重性と自殺との因果関係について

 Fは、平成10年6月頃以来、部下や知人、家族らに「自分の知らない間に取引先が切られる、会社に行ってもやることがない、会社を辞めたい」としきりに話すようになり、覇気もなくなり、次第に深刻なものになっていき、同年7月8日及び9日、入院して精密検査を受けたが、帰宅して妻に会社を辞めたいと伝え、出社しなくなった挙げ句、辞表を提出したが、部長の説得で退職を撤回した。Fの会社宛の遺書には、荷主との取引の打切りをFに無断で決定したことや、従業員を解雇したことにつき、強い口調で批判し、「もう疲れた」、「燃え尽きてこの道を選びます」と記載し、家族宛の遺書には「航海の途中に船舵が壊れてコントロールできなくなった」と記載したものであり、これらの事実によれば、Fは営業所移転後の平成10年6月頃からうつ状態に陥り、自殺念慮が生じた結果、自殺に至ったものと認められる。

 Fが、平成10年5月の営業所の統合移転の前後頃から、恒常的な長時間労働及び深夜の不規則勤務を強いられ、業務に基づく心理的負荷をかなり受けていたこと、従業員の解雇や荷主との取引打切りによるFの精神的苦悩は2度目の損益改善計画の実施、P営業所への移転の前後頃から次第に深刻になっていったと認められること、平成4年8月に胃ガンで胃を全部摘出た外にはFの健康状態に問題はなく、家族など仕事以外の場面でも、特に心理的な負荷がかかるような環境にはなかったこと、Fには精神障害の既往症もないことに照らし、Fがうつ病に陥ったのは、長時間で不規則な労働時間と業務に基づく強い心理的負荷を受けたことが原因であり、業務過重性と自殺との間には因果関係があると認められる。

3 安全配慮義務違反ないし予見可能性について

 一般に、使用者は、労働災害防止のため、職場における労働者の安全と健康を確保しなければならず(労働安全衛生法3条)、かつ、労働者に従事させる業務を定めてこれを管理するに際し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負荷等が過度に蓄積して労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を負う。

 被告は、営業所の統合や再編成、損益改善計画を実施するに当たり、あらかじめ、具体的な業務を担当する中間管理職であるFの負担が過重とならないよう配慮し、損益改善計画が実施される中で、Fの業務が過重となって肉体的・精神的疲労の蓄積を招かないように、定期的にFの業務の実態を把握し、何らかの過負荷の徴候が見られたときは、速やかに業務を軽減し、配置を移動するなどの措置を講じるべき注意義務を負っていたということができる。

 被告は、2度目の損益改善計画に伴い、Fが、P営業所への移転や従業員の削減、得意先との取引打切りの直接の事務処理を担当しつつ本社へ頻繁に出張し、P営業所への移転後は、深夜の2時や3時の運転手点呼を週2、3度行っていたことについては、当然これを認識し、若しくは認識し得たと認められ、したがって、Fの業務が過重であるとの認識は十分に持ち得たと認められる。また、Fは従業員の解雇や得意先との取引の打切りについての悩みを営業所の従業員らに度々話をしていたのであるから、被告はそのことを認識し得る機会があったと認められ、7月上旬から入院し、その後も出勤しなかっただけでなく、唐突に辞表を提出したことは当然認識していたと認められる上、部長は7月21日にFと直接面談し、「することがなくなった」と発言するなどFが通常でない精神状態にあることを認識する機会があったのであるから、少なくとも、Fが過重なストレスを受け、正常な精神状態を逸脱し、若しくは逸脱しつつあることを十分に認識し得たと認められる。

 然るに、被告が、Fの業務が過重とならないよう配慮し、遂行中の業務実態を把握して過剰かどうかを評価した形跡はないのであり、部長もFの心身の状態を理解せず、ただ辞めてもらっては困ると慰留したのであり、これはFが被告にとって貴重な人材である旨を告げて励まそうとしたものと考えられる。しかし、Fの言葉は自己の業務と存在についての無力感、抑圧感から生じた抑うつ状態の現れであり、したがって、Fにとって、部長の言葉は一時的には気力を回復する作用があったとしても、結局は、自分を便利な存在として従前通り負担の大きい業務を押し付けようとしているに過ぎないと受け取られ、Fの抑うつ感を更に深めるのみであったと推認される。

 以上のとおり、被告は、Fが心身の健康を損なうことがないように注意する義務を怠り、その結果、うつ状態にあったFに自殺念慮が生じて自殺に至ったことを防止できなかったのであるから、注意義務違反によって生じた自殺という結果に対して責任を負わなければならず、損害を賠償する義務があるというべきである。

4 損  害

 死亡直前のFの年収は731万2400円で、死亡当時54歳であるから就労可能年数を13年とし、中間利息を控除するための係数を9.3935とし、生活費として40%を控除すると、その額は4121万3418円となる。また、Fの精神的苦痛を慰謝するために必要にして十分な賠償額は2600万円とするのが相当である。

 労働者の性格が同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものでない限り、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等が、業務の過重負担に起因して当該労働者に生じた損害の発生又は拡大に寄与したとしても、業務の負担が過重であることを原因とする損害賠償請求において使用者の賠償すべき額を決定するに当たり、その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を、心因的要因として斟酌することはできないと解される。Fは仕事に対し真面目にかつ真剣に取り組んでいたこと、もともと感情の起伏が激しく、一本気な性格であったことが窺えるが、このような感情の起伏の激しさや生真面目さが個性の多様さとして通常想定される範囲を外れるものとは認められないから、Fの性格及びこれに基づく業務遂行の態様等を心因的要因として斟酌し、過失相殺の法理を類推適用ないし準用することはできない。
 本件において、損害額から控除すべき労災保険法に基づき支給され、又は支給が確定していた遺族年金の額は、1196万7312円と認められる。また、弁護士費用は、原告Aにおいては200万円、その余の原告らにおいては各100万円を認めるのが相当である。
適用法規・条文
02:民法415条,418条,709条,722条,1項、
収録文献(出典)
その他特記事項
・法律  民法、労災保険法