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鉄鋼・各種機械製造販売会社社員脳内出血事件
- 事件の分類
- 過労死・疾病
- 事件名
- 鉄鋼・各種機械製造販売会社社員脳内出血事件
- 事件番号
- 名古屋地裁 - 平成11年(ワ)第780号
- 当事者
- 原告個人1名
被告A製鋼株式会社 - 業種
- 製造業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2003年07月02日
- 判決決定区分
- 棄却(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、鉄鋼、各種機械装置・器具等の製造・加工・販売等を業とする株式会社であり、原告(昭和12年生)は、昭和35年5月被告に入社し、昭和53年に鍛造部第一鍛造課所属となり、昭和59年5月からは同課第二作業係作業長として自動車部品等の製造、現場監督等の業務に従事してきた。
本件発症当時、本件職場における所定労働時間は、昼勤が午前8時から午後5時まで、夜勤が午後10時から翌日午前7時までであったが、被告では休日を除いて製造ラインを24時間フル稼働させており、現実には昼勤のときは午前7時に出勤して午後8時まで就労し、夜勤のときは午後8時までには出勤して翌日午前8時まで就労するのが実態であり、昼勤のときの早出1時間はサービス残業となっており、残業時間は1日3時間として計算されていた。当時、本件職場では週休2日制が採られていたが、実際は土曜日に出勤することが多かった。被告では。在庫を極力少なくして生産の合理性を高めるカンバン方式を採用しており、カンバンの表示を見て在庫を確認し、仕掛表を作成して仕掛順序を検討するのが作業長の業務の主たるものであった。PM活動は、1つのモデルラインを作って設備不具合箇所をチェックし、それを改善しようとするもので、この診断がなされるのは平成元年が初めての年であり、5月の連休明けにPM活動の診断が予定されていたことから、原告は5月2日から5日まで出勤した。
同月4日、午前8時から午後5時まで、原告は、プレス周りの清掃、枕木(幅25cm程度、高さ10cm程度、長さは170cmから70cm程度、重さは20kgから30kg程度)6本の切断作業、鉄板のガス溶接作業及び鉄板の入替え作業に従事した。翌5日、原告は。午前6時30分頃に出勤し、午前8時頃から9時頃まで垂れ幕用の枠を電気溶接し、午前9時頃から正午頃まで、鉄板を切断・溶接する作業、昼食後も同様な作業に従事し、午後4時頃に休憩した時は特に変わった様子はなかったが、午後4時45分頃、鉄板を切断している格好でしゃがみ込んでいるところを発見され、原告宅に搬送された後、午後6時5分に病院に搬送された。原告はその病院では治療を受けることなく、次の病院で検査を受けたが、手術施設がなかったため、更に午後7時44分に市立病院に搬送され、脳内出血の治療を受けたが、半身麻痺等の重篤な後遺障害が残った。
原告は、被告に対し、主位的請求として、安全配慮義務違反を理由として、逸失利益7979万円余、付添看護料3066万円余、慰謝料3000万円、弁護士費用800万円、合計1億4845万8922円の損害賠償を請求するとともに、予備的請求として、被告の災害補償規程に基づく重症障害見舞金として、障害等級3級以上に該当する2800万円を請求した。なお、原告は労働基準監督署長に対し、本件脳内出血に関する治療費及び障害について、労災保険法に基づき補償給付申請をしたが、同署長はこれらを支給しない旨の処分をしたことから、原告はその取消を求めて審査請求、更には再審査請求をしたがいずれも棄却された(原告は上記処分について取消訴訟を提起しなかったため、同処分は確定した)。 - 主文
- 1、原告の請求をいずれも棄却する。
2、訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 1 相当因果関係の判断基準について
新認定基準は、脳・心臓疾患の認定基準に関する専門検討会の報告を踏まえて、現段階における産業・労働の実態や医学的知見に基づいて解明された範囲を集約した基準であるということができ、平成13年12月に発せられた比較的新しいものであることをも考慮すると、新認定基準で挙げられている負荷要因等の事項は、業務と脳内出血の間の相当因果関係の有無を判断するに当たっては、十分参考となるものと認めることができる。一方、新認定基準は、業務の過重性の判断につき、同僚労働者や同種の労働者との比較をいうが、全く同じ条件での労働に従事したとしても、個々人の体格や体質、耐久力等により、脳・心臓疾患を発症する場合も発症しない場合もあると考えられるから、高血圧症の労働者が脳内出血を発症するに至った場合であっても、当該労働者が当該業務に従事することが許容されていなかったなどの特段の事情がない限り、業務が過重か否かは、当該労働者にとって過重であるか否かにより判断されるべきであり、同僚労働者等との比較によりこれを判断するのは相当でないというべきである。そじて、本件において、原告は昭和54年頃から高血圧症で要観察とされているものの、原告が作業長としての業務に従事することが許容されていなかったなどという事情は認められない。したがって、本件においても、具体的には、原告が従事した業務が、既存疾病である高血圧症を自然的経過を超えて増悪させるほどの過重性を有するか否か、その過重な業務に就いたことによって現に高血圧症が増悪し、発症に至ったと認められるか否かという点から相当因果関係の存否を判断することになる。
2 原告の従事していた業務と本件脳内出血との間の因果関係について
原告が昭和63年11月から平成元年4月までに従事した時間外労働時間数は、昭和63年11月90時間、12月79.5時間、平成元年1月67時間、2月60.5時間、3月86.5時間、4月72時間であり、また平成元年5月のPM活動業務に従事している間は、いずれも午前8時頃から午後5時頃まで(ただし、同月5日は午前6時30分頃に出勤したと推定)であって、特に時間外労働として着目すべき時間帯はない。そして、昭和63年11月から平成元年4月までの各月の時間外労働時間の目安は前記のとおりであり、新認定基準のいう「発症前1ヶ月間に概ね100時間又は発症前2ヶ月ないし6ヶ月にわたって、1ヶ月当たり概ね80時間を超える時間外労働時間が認められる場合」には直接該当しないものの、80時間を超える月が2ヶ月間に及ぶなど、その時間数から形式的に判断すると、業務と本件脳出血との関連性が比較的強い場合に該当するということができる。
しかしながら、(1)原告が従事していた業務は、肉体作業ではなく、身体的な負担は問題とならないこと、(2)上記時間外労働時間の算定に当たっては、勤務記録表上の記録に昼勤の際のサービス残業として昼勤1日当たり1時間を加算しているが、昼勤の際のサービス労働は、要するに在庫確認作業や引継ぎのためのものであり、在庫確認作業はカンバンを見て在庫の状況を把握するという形式的な作業であることや、食堂で雑談をしたりコーヒーを飲むなどしている時間があったこと、(3)上記時間外労働時間の算定に当たっては、勤務記録表上の記載に夜勤の場合における反対番との引継ぎに要する時間として夜勤1日当たり30分を加算しているが、引継ぎそれ自体が過重な業務であるとは評価し難いこと、(4)原告には週1、2日の休日が確保されており、また本件脳内出血発症時にはPM活動業務に従事していたものであるが、PM活動業務に従事する前3日間は休日となっていたことなど、原告が従事した作業の内容、労働密度の観点からすると、前記認定の時間外労働時間数等、原告が従事してきた業務の状況を総合考慮しても、原告が従事していた業務が、高血圧症を自然的経過を超えて増悪させるほどの過重性を有していたとは認め難い。
結局、本件脳内出血は、原告の基礎的疾病である高血圧症が、自然的経過の中で増悪しその結果発症するに至ったものと考えるのが相当であり、原告の従事した業務と本件脳内出血との間に相当因果関係を認めることはできない。そうすると、本件脳内出血に対して被告の災害補償規程が適用される余地はないから、被告は本件脳内出血発症に関し、同規程に基づく重症障害見舞金の支払義務を追わない。 - 適用法規・条文
- 02:民法415条、
- 収録文献(出典)
- 判例時報1848号88頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
・法律 民法、労災保険法
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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