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国・橋本労基署長(銀行員)脳出血事件

事件の分類
過労死・疾病
事件名
国・橋本労基署長(銀行員)脳出血事件
事件番号
和歌山地裁 − 平成19年(行ウ)第9号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年01月12日
判決決定区分
認容(控訴)
事件の概要
原告(昭和37年生)は、昭和60年12月本件銀行に入社し、本社経理部、幾つかの支店での内部事務、外交営業事務に従事した後、F支店の渉外係長を経て平成8年4月からG支店の渉外係長となり、平成10年2月2日付けでH支店の支店長代理に就任した。平成10年3月下旬か4月上旬頃、G支店に内部監査が入った際、同支店の渉外担当者の指導要綱違反の事実が発覚したため、当時の渉外係長であった原告は本社に4、5回呼び出され、責任追及を受けた外、本社の部長らが3、4回H支店に訪れ、原告は同人らから毎回1〜2時間の追及を受けた。その結果、原告は同年6月8日付でH支店長代理から同支店の貸付係長に降格された。当時H支店には原告を含めて17名が在籍していたが、原告は主として住宅ローン関係業務や貸付部門の役職者としての業務を行っていたが、貸付部門の業務を担当するのは初めてであった。

 原告は、平成10年7月18日から20日まで労働組合の主催する韓国旅行に参加し、18日には午前7時30分頃自宅を出発して韓国内を観光し、翌19日は韓国内を観光した後夜はカジノに興じたりして翌日午前3時頃就寝し、翌20日は韓国内を観光して午後5時頃帰国し、午後8時頃和歌山駅に到着した。

 原告は、翌21日、脳出血の疑いでA病院に救急搬送され、更にB病院に搬送され、右被穀出血と診断されて、同月23日手術を受けて入院治療を開始し、同年10月12日、左上下肢不全麻痺の障害を残して治癒となった。原告は、現在障害等級2級の認定を受け、障害者年金を受給している。
 原告は、本件疾病により後遺障害を遺しているとして、平成15年12月26日、労災保険法に基づき、労働基準監督署長に対し障害補償給付の請求をしたが、同署長は、平成17年3月29日付けで、これを支給しない旨の処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として、審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1,橋本労働基準監督署長が原告に対し、平成17年3月29日付けでした労働者災害補償保険法に基づく障害補償給付を支給しない旨の処分を取り消す。

2,訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
労災保険法に基づく補償は、労働者の業務上の災害に対して行われるものであり、業務上の疾病に当たるためには、業務と疾病との間に相当因果関係があることが必要であると解される。そして、労災保険制度が労働基準法の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすると、相当因果関係が認められるためには、当該疾病が、当該業務に内在する危険が現実化したものと評価し得るものであることが必要と解するのが相当である。

 ところで、脳血管疾患の発症は、血管病変、動脈瘤、心筋変性等の基礎的病態が前提となり、これが長い年月をかけて徐々に進行し、増悪するといった経過をたどり、発症に至るものとされており、基礎的病態の形成、進行及び増悪には、加齢、食生活、生活環境等の日常生活における諸要因や遺伝等の個人に内在する要因が密接に関連するとされている。このような医学的知見を前提にすると、脳血管疾患の発症について業務との間に相当因果関係が認められるには、業務による明らかな過重負荷が加わることによって、血管病変等が自然的経過を超えて著しく増悪し、脳血管疾患が発症したと認められる必要があり、脳血管疾患の発症の原因のうち業務が相対的に有力な原因であることが必要であると解するのが相当である。

 本件疾病発症から6ヶ月前までの原告の労働時間は、発症前3ヶ月目(連休で休日が多かった)以外は全て月間時間外労働時間が80時間を超えており、平均の時間外労働時間を見ても、80時間を超える月が多く、80時間を超えない月でも70時間を超えている。よって、新認定基準によると、原告の業務と本件疾病との関連性が強いと評価できる。原告の平日の労働時間は10時間を超える日がほとんどであることに加えて、原告は昼食休憩以外にほとんど休憩を取ることはなく、昼食休憩を多く取れる日でも40分程度で、昼食時休憩を取ることができない日もあったのであるから、原告の勤務は拘束時間の長い勤務であったといえる。原告は、本件疾病発症の6ヶ月前までの間に、G支店からH支店に転勤し、初めて支店長代理に就任したが、間もなくG支店時代の不祥事が発覚し、降格処分を受けて貸付係長に就任しており、短期間の内に2度の異動があり、降格処分まで受けている。ところで、支店長代理の業務や貸付部門の業務は原告にとって初めての経験で責任も重く、不慣れな業務による精神的負担があったと考えられる。上記降格処分についても、これが17人しか従業員のいないH支店内でなされたことも考慮すると、原告への精神的負荷は相当に大きかったと考えられる上、降格処分前にも度重なる本店への呼出しや、責任追及により、原告が自らの地位等に大きな不安を抱いたことが十分考えられるから、これらによる原告への精神的負荷も大きかったと考えられる。

 以上の原告の労働時間及び業務内容等を総合考慮すると、原告は長期間の過重業務に従事していたといえるから、本件は新認定基準の認定要件を満たしている。

 本件疾病発症時36歳と比較的若齢であった原告には、自然的経過によって本件疾病を発症する危険性は低かったと考えられる。原告は、平成9年度の健康診断において高血圧症で経過観察が必要と診断されており、それ以降原告の血圧が大きく下がったことを窺わせるような事情も認められないから、本件発症当時も原告は高血圧であったと認められるが、原告の高血圧は直ちに入院等を要するような重度であったわけでもないから、これが本件疾病発症のリスクを高めたとは考えられない。原告は本件疾病発症当時、167cm、93kgと肥満体型であったと認められるが、重度の肥満とはいえず、原告の年齢も考慮すれば、肥満が本件疾病発症のリスクを高めたとは考えられない。原告は、平成9年度の健康診断において、高脂血症で経過観察が必要と診断されていたが、脳出血に関しては負の相関を示すとされているから、高脂血症が脳出血のリスクファクターであるとは考え難い。原告は、本件疾病発症当時の喫煙量は1日20本くらいであったが、喫煙と脳出血との関係は必ずしも明らかになっているとはいい難いし、喫煙量も極端に多いとはいえないから、原告の喫煙が本件発症のリスクを高めたとは考えられない。原告は飲酒することがあったが、大量に飲酒することはなく、自宅で飲酒することもなかったから、飲酒が本件疾病発症のリスクを高めたとは考えられない。原告は、本件疾病発症の前日まで2拍3日で労働組合主催の韓国旅行に参加し、毎日午前7時頃起床し、夜遅くまで遊興していたが、原告は連休を利用して自らこれに参加し、観光をしたり、カジノを楽しんだりしていたのであるから、この韓国旅行が本件疾病発症のリスクを高めたとは考えられない。
 以上のように、原告の労働時間や業務内容等を総合すると、原告は、長期間の過重業務に就労したため、これによる明らかな過重負荷が加わり、血管病変等の基礎的病態が自然的経過を超えて著しく増悪し、本件疾病を発症したと認められるから、本件疾病の発症の原因のうち業務が相対的に有力な原因であるということができる。したがって、本件疾病は、原告の業務に内在する危険が現実化したものと評価することができるから、原告の業務と本件疾病との間に相当因果関係を認めることができる。
適用法規・条文
99:その他労災保険法15条,
収録文献(出典)
労働判例1004号166頁
その他特記事項
本件は控訴された。

・法律  労災保険法