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証券会社資格・等級引下仮処分申立事件
- 事件の分類
- 賃金・昇格
- 事件名
- 証券会社資格・等級引下仮処分申立事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成8年(ヨ)第21134号
- 当事者
- その他個人2名 X、Y
その他A証券株式会社 - 業種
- 金融・保険業
- 判決・決定
- 決定
- 判決決定年月日
- 1996年12月11日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下
- 事件の概要
- 債務者は証券会社であり、債権者X(昭和18年生)は平成元年12月に、債権者Y(昭和23年生)は昭和62年4月に、それぞれ債務者に入社した営業社員であって、いずれも平成6年10月に債権者らで結成した全労連・全国一般東京地本証券関連労働組合A証券部会(組合)の組合員である。
債務者の営業成績は、株式不況により不振が続いたことから、債務者はリストラの一環として営業店舗について統廃合、人員削減を行った外、平成6年4月に就業規則の改定を行い、「社員の給与については、別に定める給与規定による」という規定を置き、更に給与規定では給与の種類を定め、その具体的な金額については別に定める給与システムによることとした。新給与規定7条は債務者の基本給は職能給であるとした外、同8条には昇減給に関する定めが置かれ、昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して行う等とされた外、営業成績によって支給される営業奨励金制度が設けられた(本件変動賃金制(能力評価制))。本件変動賃金制の実態は、人事考課・査定に当たって、正社員の年間人件費が年間手数料収入の25%(その後33%)になるようにするというおよその基準を設定し、各従業員についてこの比率を基準にして、これを超える場合には役職又は職能給の号俸を引き下げる対象とし、特にこの比率が40%以上になれば直ちに役職又は職能給の号俸を引き下げる必要がある等として運用されていた。
被告では毎年5月に給与システムの変更をしており、平成4年5月以前は、病気で療養していた従業員につきその同意を得て給与を減額した等の事例を例外として、成績不振を理由に降格、職能給の減額という措置は執られなかった。平成4年4月当時、債権者Xは、6級11号俸(課長二)で、職能給31万9500円、役付手当11万円、住宅手当8万1000円、営業手当6万円、調整給2万9500円の合計60万円、債権者Yは、6級7号俸(課長一)で、職能給30万8500円、役付手当9万5000円、住宅手当8万1000円、営業手当6万円の合計54万4500円であったが、平成4年5月以降、債権者らはいずれも号俸を下げられ、平成8年12月現在では、債権者Xは4級3号俸(主任一)で合計28万2500円、債権者Yは3級14号俸(一般)で合計23万0500円となった。債権者らの職能給が変更されたのは、勤務成績不振を理由とするものであった。
これに対し債権者らは、営業奨励金制度はぺナルティ制度を含むものであって合理性がなく、利益は僅かである一方不利益は著しく大きいこと、債務者が一方的に給与額を切り下げることは許されないことを主張し、債権者Xについては毎月45万4000円が、債権者Yについては毎月48万5601円が必要であるとして、給与カットの停止を求める仮処分を申し立てた。 - 主文
- 1,債務者は債権者Xに対し、平成8年12月から平成9年11月まで金13万7500円を毎月25日限り仮に支払え。
2,債務者は債権者Yに対し、平成8年12月から平成9年3月まで金18万9500円を、平成9年4月から同年11月まで金21万2000円を毎月25日限り仮に支払え。
3,債権者らのその余の申立をいずれも却下する。
4,申立費用は債務者の負担とする。 - 判決要旨
- 1 職能資格・等級の見直しによる減給措置の適否
使用者が、従業員の職能資格や等級を見直し、能力以上に格付けされていると認められる者の資格・等級を一方的に引き下げる措置を実施するに当たっては、就業規則等における職能資格制度の定めにおいて、資格等級の見直しによる降格・降給の可能性が予定され、使用者にその権限が根拠付けられていることが必要である。本件においては、債務者は、就業規則等の根拠がないにもかかわらず、債権者らの格付けを引き下げてその職能給を減給しているのであるから、債務者の、債権者らに対する平成4年5月以降の右取扱いは無効である。
債務者は、賃金制度が年功序列的なものではなく、各人の能力あるいは挙績度に応じたいわゆる職能給であり、右資格制度自体が降格・減給の根拠となる旨主張しているようであるが、仮に債務者の賃金制度が職能給であったとしても、それ自体は、昇格・昇給が年功的でないというにとどまり、降格や賃金の減額を根拠付けるものとはいえず、債務者の右主張は理由がない。また債務者は、債権者らに対する措置は一般に認められている降格であり、それに伴い賃金の減少が生じてもやむを得ない旨主張する。しかし、債務者の給与システムには、部長・次長・課長・課長代理・主任・一般の区分があるが、これはいわゆる資格であって職制とは関係がなく、債務者において行われている「降格」は、資格制度上の資格を低下させるもの(昇格の反対措置)であり、一般に認められている人事権の行使として行われる管理監督者としての地位を剥奪する「降格」(昇進の反対措置)とはその内容が異なる。資格制度における資格や等級を労働者の職務内容を変更することなく引き下げることは、同じ職務であるのに賃金を引き下げる措置であり、労働者との合意等により契約内容を変更する場合以外は、就業規則の明確な根拠と相当の理由がなければなし得るものではない。
ところで、債務者においては、平成6年4月1日、就業規則の改定が行われ、「職能給は、職能資格、別号俸制とし、職能資格に基づき決定する」と規定されたほか、「昇減給は社員の人物、能力、成績等を勘案して…行う…」との定めが置かれたことは当事者間に争いがない。新たな就業規則の作成又は変更によって既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは原則として許されないと解すべきであるが、統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該条項が合理的である限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないというべきである。そして、当該条項が合理的であるとは、当該就業規則の作成又は変更が、その必要性及び内容からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できるだけの合理性を有するものであることをいうと解される。特に、賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の作成又は変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものと解すべきである。
本件における新給与規則の規定は降格・減給をも基礎付けるものであって、右規定の新設は債権者らにとって賃金に関する不利益な就業規則の変更に当たるから、右規定を債権者らに対し適用するためには、右規定がその不利益を債権者らに受忍させるに足る高度の必要性に基づいた合理的な内容のものといえなければならない。しかしながら、本件においては、債務者において、右規定の新設について、その高度の必要性及びその合理性につき主張及び疎明がないから、新給与規定は平成6年4月以降の降格・減給につき根拠たり得ないものというべきである。以上のとおりであって、債権者らはその求める職級号俸により、債務者に対し職能給等の支給を求めることができる。
2 就業規則の変更による諸手当等の減給措置の適否
債務者においては、平成6年4月、就業規則の改定が行われ、給与規程上は、初任給等、職能給、役付手当、営業管理手当、株式手当債権手当、証券レディ手当、運転手手当、住宅手当、赴任者手当のいずれもが、別に定める給与システムによるとされ、その具体的な額については債務者が定める給与システムにより定めてきたことはそれぞれ当事者間に争いがない。ところで、右給与システムの法的性格は就業規則であるから、右給与システムの変更についても、当該条項がそのような不利益を労働者に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである場合において、その効力を生ずるものというべきである。
本件においては、債務者の営業成績は、経常利益が赤字となり、営業店舗の統廃合を実施し、また人員削減の措置を講ずるなどして人件費等の経費節減に努めていることについては当事者間に争いがない。右事実によれば、債務者において、就業規則を変更して諸手当等の減額を行う必要性が全くなかったとまではいえないが、更に進んで高度の必要性まで存したかについてはなお疑問の余地があるものといわざるを得ない。
債務者は、各改定の時点で従業員各人から異議の申立てもないこと等を主張するが、債権者らから訴訟提起が行われていることは明らかであるし、従業員らが右改定につき個々に同意していると認めるに足る証拠もない。また債務者は、営業員男子について、平成3年4月から平成8年3月期までの各1年間の平均給与額が減少していないから本件給与システム改定は合理性があると主張しているようであるが、従前より減少していなければそれが従業員の利益をも適正に反映している限りその合理性を肯認できると解する余地もあり得よう。しかしながら、本件においては、債務者主張の事実を裏付けるに足る証拠はないから、債務者の主張も理由がないといわざるを得ない。
以上のとおりであるから、本件においては、平成4年5月以降毎年5月に実施されている給与システムの改定による役付手当、営業手当及び住宅手当の減額や調整給の廃止等については、いずれも高度の必要性に基づいた合理的な内容のものであるとは認めがたい。してみれば、被保全権利として、労働契約上の賃金債権につき、債権者Xが60万円、債権者Yが54万4500円を主張するのは理由がある。
3 保全の必要性の存在
賃金仮払仮処分は、「争いがある権利関係について債務者に生ずる著しい損害又は急迫の危険を避けるためにこれを必要とする」ことを要件とするものであるところ、債権者の生活困窮の危険を避けるための必要性がこれに当たるものである。したがって、これが肯定されるからといって、当然に賃金の全額に相当する額の金員を仮に支払わせる必要は認められず、具体的な生活の困窮を避けるために必要な金額の限度においてのみ仮払の必要性が認められるものと解すべきであり、認容すべき賃金の額は、被保全権利である賃金請求権の範囲内で、債権者の生活状況等諸般の事情を考慮して、その通常の生活を維持し選るに足りる額とすべきである。 - 適用法規・条文
- 07:労働基準法24条,
99:その他民事保全法23条,条2項 - 収録文献(出典)
- 労働判例711号57頁
- その他特記事項
- 本件は第二次仮処分が申し立てられた後、本訴に移行した。
・法律 労働基準法、民事保全法
・キーワード 就業規則、パワーハラスメント
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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東京地裁−平成8年(ヨ)第21134号 | 一部認容・一部却下 | 1996年12月11日 |
東京地裁 − 平成8年(ヨ)第21134号 | 一部認容・一部却下 | 1998年07月17日 |
東京地裁 − 平成7年(ワ)第2789号 | 一部認容・一部却下・一部棄却(控訴) | 2000年01月31日 |