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介護職員手指腱鞘炎等退職事件

事件の分類
解雇
事件名
介護職員手指腱鞘炎等退職事件
事件番号
大阪地裁 − 平成21年(ワ)第24号
当事者
原告個人1名

被告医療法人
業種
サービス業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年10月08日
判決決定区分
棄却
事件の概要
被告は、病院及び老人保健施設を経営する医療法人であり、医療・看護業務のほか、介護職員による介護業務も行う被告病院を経営している。原告は平成20年2月18日から3月21日まで被告病院に介護職員として勤務した者であり、被告病院に勤務を始める前の既往症として、平成19年6月30日に左手の腫れと痛み、左手関節炎・左中指腱鞘炎、平成20年2月12日に診断された両手腱鞘炎などがある(以下日付は平成20年)。

 原告は、被告病院で勤務を始めてから約1ヶ月経った3月15日、左前腕、左足、右手の痛みを訴えて整形外科を受診し、血液検査を受けたところ、高脂血症の状態であった。原告は同日以降も被告病院での勤務を続けたが、女性職員に対するセクシャル・ハラスメントを理由として、被告病院を解雇された。原告は、5月12日、解雇を不服として雇用契約上の地位確認などを求め、被告を相手方とする労働審判を申し立てたところ、被告が解決金22万円を支払うことで調停が成立した。

 原告は、解雇後においても整形外科を受診し、鎮痛剤の処方等を受け、「左前腕〜手腱鞘炎、右手腱鞘炎」と診断された。原告は、その後も整形外科を受診し、右手バネ指と診断されて切開手術を受け、左示指・中指と右示指・小指の痛みを訴えるなどし、その後も整形外科を受診して、本件後遺障害の診断を受けた。

 原告は、労働基準監督署長に対し、4月11日、労災保険法に基づく休業補償給付、同月17日、療養補償給付の支給を請求し、これらを受給したほか、後遺障害について障害補償給付の支給を請求し、障害補償一時金144万円余、障害特別支給金29万円を受給した。
 原告は、特浴介助を行うに当たり、患者をお姫様抱っこして、車椅子等と入浴用ストレッチャーとの間を移乗させる作業を繰り返すなどしたことにより、右中指・左示指腱鞘炎の傷害を負い、それが原因となって本件後遺障害が残存したこと、被告には人員配置、教育、健康診断などを適切に行わなかった安全配慮義務違反があったことを理由として、被告に対し、症状固定から10年間20%労働能力喪失分の逸質利益360万8751円、後遺障害慰謝料420万円、弁護士費用60万7125円、このうち労災保険給付分173万7493円を控除した合計667万8383円を請求した。
主文
1,原告の請求を棄却する。

2,訴訟費用は原告の負担とする。
判決要旨
原告は、本件後遺症害が被告病院における業務、特に、特浴介助の際に患者をお姫様抱っこしていたことに起因する旨主張する。しかしながら、本件後遺障害の原因疾患は、右中指・左示指のいずれも手指屈筋腱の中手指節関節部分で発症した腱鞘炎、あるいはこれに起因するバネ指であると認められるところ、お姫様抱っこは、主に介助者の前腕で患者の体重を支えるものであって、通常、手指や手掌を使って握持するような動作を要しないから、お姫様抱っこが手指に腱鞘炎を発症させ得るような負荷を与えたとは考え難い。

 そもそも原告は、被告病院で勤務を始める直前に、両手指の屈伸障害を主訴とする両手腱鞘炎を患っているところ、同年3月15日の受診時点で、右手の痛みについては、左前腕や左足の痛みとは異なり、痛みが出現した時期を明らかにしていないことを踏まえると、上記腱鞘炎が完治することなく継続していたことが強く窺われ、その後の診療経過等に照らすと、この右手の痛みから、本件後遺障害の原因疾患である右中指の腱鞘炎あるいはバネ指へと至ったことが認められる。

 また、左示指の腱鞘炎あるいはバネ指については、その疾患部分が手指の付け根の関節部分であることから、原告が既に3月25日の受診時点で当該部分の痛みを訴えていたと認める余地はあるものの、原告は被告病院解雇後約2ヶ月の時点では、左示指の痛みを訴えていなかったにもかかわらず、その約2ヶ月後に、痛みを訴えて腱鞘炎(バネ指)と診断されるに至っており、被告病院での勤務時間から長期間経過後に、腱鞘炎の症状の出現ないし増悪を呈している。その上、原告は、左示指につき腱鞘炎(バネ指)と診断された際に、左中指についても腱鞘炎(バネ指)と診断され、これとほぼ同じ時期に、右示指・小指の痛みも訴えているほか、その後には、左環指にもバネ症状が認められているところ、腱鞘炎やバネ指がその原因となる慢性の機械的刺激を受けなくなってから長期間経過した後にも発症し得るとする医学的知見を認めるに足りる証拠はない。このような状況を踏まえると、原告の手指の腱鞘炎等の発症については、被告病院における業務以外の何らかの要因が関与していると疑わざるを得ないところ、原告は、手指に負担のかかる柔道を趣味にしており、また高脂血症も呈しており、これらが腱鞘炎等を発症させる要因となっているおそれも否定できない。
 以上によると、特浴介助の際に患者をお姫様抱っこしていたことにより、本件後遺障害の原因疾患である右中指・左示指腱鞘炎あるいはバネ指を発症したと認めるには合理的な疑いが残るといわざるを得ず、他に被告病院における業務が上記疾患の原因であると認めるに足りる証拠はない。したがって、原告の本件請求は理由がない
適用法規・条文
02:民法709条,
収録文献(出典)
その他特記事項
・法律  民法、労災保険法
 ・キーワード  配慮義務、慰謝料、セクシャルハラスメント