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地公災基金東京都支部長(都立高校教員)くも膜下出血事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 地公災基金東京都支部長(都立高校教員)くも膜下出血事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 昭和57年(行ウ)第66号
- 当事者
- 原告個人1名
被告地方公務員災害補償基金東京都支部長 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 1987年06月24日
- 判決決定区分
- 棄却
- 事件の概要
- A(大正5年生)は、都立K高校の保健体育の教諭として週16時間の授業を受け持ち、昭和51年5月以降も、バレーボール部の指導、父母スキー教室の指導をするなどしたほか、体育に関する知識と経験を買われて、全国高等学校長協会体育部会事務局長、日本学校体育研究連合会副会長等の役職に就き、これらの団体の運営に尽力していた。
財団法人日本体育協会から、K高校に対し、昭和51年7月7日開催のオリンピック大会日本選手団結団式の入場行進等の指導につき協力の依頼があったことから、Aはその総括責任者となった。そのためAは、同月5日及び6日の2日にわたって現場コースを視察し、生徒らに細かく指示を与えた上、同月7日には生徒とともに結団式に参加した。
K高校では、昭和34年頃から毎年1年生を対象とする必修科目として遠泳実習を実施しており、Aは昭和39年以降引率責任者としてこれに参加してきた。昭和51年の遠泳実習は44名の姓とを対象に7月13日から実施され、Aは他の7名の教諭とともにこれに参加した。同日、Aは午前6時5分に自宅を出発し、午前11時50分に新潟県柏崎の宿舎に到着した。Aは午後0時35分頃、海水浴場の水温、海流等の調査に出掛け、同僚がボートを漕ぎ、Aが水温を測定しながら沖合200mまで進み、同僚が海に入って泳ぎながら海流の調査をし、Aはこれに付きそう形でボートを操作した。Aは同僚と宿舎に戻り、午後1時10分頃生徒の人員点呼を行い、開校式の挨拶と訓辞を述べ始めたところ、約15分話したところで急に気分が悪くなった。Aは別室に移動して安静を保ったが、激しい頭痛を訴えたため引率教諭の1人が医師の往診を依頼し、高血圧症に伴うくも膜下出血による脳症と診断された。
Aは、昭和51年12月1日、被告に対し、本件疾病が公務上の災害であることの認定を求めたが、被告は昭和52年11月11日、これを公務外の災害であると認定する処分(本件処分)をした。Aは本件処分を不服として審査請求をしたが、その最中である昭和53年8月5日に死亡したため、同人の妻である原告がこれを承継したところ、棄却の裁決を受けた。原告は更に再審査請求をしたが、これも棄却されたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。 - 主文
- 1,原告の請求を棄却する。
2,訴訟費用は原告の負担とする。 - 判決要旨
- 地方公務員災害補償法に基づく補償を請求するには、その補償の原因である災害(疾病)が公務により生じたものであることを要するところ、右にいう災害が公務により生じたとは、災害と公務との間に相当因果関係のあること(公務起因性)が必要であり、この災害と公務との間の相当因果関係の存在の立証責任は、補償を請求する側(原告)にあると解するのが相当である。そして本件の場合には、Aの公務の遂行と本件疾病発症との間に相当因果関係のあることが必要であるが、右の相当因果関係があるというためには、必ずしも公務の遂行が本件疾病発症の唯一の原因であることを要するものではなく、Aの有していた病的素因や既存の疾病が本件疾病発症の原因となっている場合であっても、医学上の経験則に照らして、公務の遂行がこれらを急激に増悪させて本件疾病発症の時期を早める等共働原因となって本件疾病を発症させたと認められる場合には、原則として相当因果関係あるものと解するのが相当である。
本件疾病は、Aの左前大脳動脈基始部A2の部位に発生した嚢状動脈瘤の破綻により生じたくも膜下出血による脳症であるところ、Aの脳動脈瘤の発生自体に公務の遂行が寄与したのか否か、また寄与したとした場合の寄与の程度については、これを明らかにする証拠は存在しない。Aは、昭和33年頃高血圧症と診断され、昭和50年7月まで投薬治療等を受けていたものであるところ、昭和42年3月に頸部硬直が疑われ、更に昭和49年2月に右不全麻痺の治療のために入院し、その際脳血栓である旨の診断を受けたが、既にこの時期には同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性は相当に進展しており、昭和51年7月13日に遠泳実習に参加したときには、脳動脈瘤がいつ破綻するかわからないという状態になっていたものと推認するのが相当である。しかも、Aは約18年にわたる高血圧症を基礎疾病として有していたのであるから、同日には、脳動脈瘤の破裂によるくも膜下出血発症の高度の危険性を帯有した状態で遠泳実習に参加したものということができる。そして、Aに脳動脈瘤が発生してから遠泳実習に参加する前日である同年7月12日までの公務の遂行に基づく精神的緊張又は身体的負担が同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性の進展に全く影響を与えなかったとはいえないものの、高血圧症という基礎疾病を主たる基盤として、公務の遂行及び私生活上の諸要因が相互に影響を与え、一体となってその進展に寄与したと考えるのが相当であって、公務の遂行がその進展を著しく促進したものということはできない。
また、本件疾病発症当日のAの公務遂行の過程を見ると、重量40ないし50kgのボートを引き上げる動作、海上でボートのオールを漕ぐ動作、勾配12ないし30度の坂道を登る動作、正座から立ち上がって生徒に対して開校式の訓辞を述べる動作等Aの血圧を上昇させ、血圧の変動を大きくする行為が数回にわたって行われており、これらの行為がAの脳動脈瘤を破綻させる最後の引き金になったことが推認できる。しかし、同人がいつ破綻するかわからない状態にある脳動脈瘤という病的素因を有しており、かつ約18年にわたる高血圧症という基礎疾病を有していたこと、及び脳動脈瘤の破綻は家庭や職場において日常的な動作をしている際や就寝時においてさえも発生することを考慮すると、医学上の経験則に照らして、本件疾病発症当日の公務の遂行が、同人の脳動脈瘤及び脳動脈瘤壁の結合組織の変性を急激に促進させて破綻に至らしめたもの、すなわち同人の有する病的素因及び基礎疾病と共働原因となって本件疾病を発症させたと認めることはできない。したがって、Aの公務の遂行と本件疾病の発症との間に相当因果関係があると認めることはできない。 - 適用法規・条文
- 05:地方公務員法
地方公務員災害補償法26条、28条、45条, - 収録文献(出典)
- 労働判例500号64頁
- その他特記事項
- ・法律 地方公務員災害補償法
・キーワード 配慮義務
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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