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和歌山(運送会社)脳出血事件

事件の分類
その他
事件名
和歌山(運送会社)脳出血事件
事件番号
和歌山地裁 − 平成15年(ワ)第114号
当事者
原告個人1名

被告有限会社W運送
業種
運輸・通信業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2004年02月09日
判決決定区分
一部認容・一部棄却(控訴)
事件の概要
原告(昭和19年生)は、昭和54年1月頃から被告において運送の業務に従事し、被告の指示に従い、単独で、深夜から翌日にかけて鮮魚等をトラックで運送する外、積込みや荷卸しの作業も行っていた。

 原告は、被告において運送の業務に従事するに当たり、自己の所有・管理に属する普通貨物自動車を使用しており、業務に従事するに当たっては、午前1時頃自宅近辺の駐車場から直接H水産まで行き、鮮魚や冷凍食品の配達を終えて概ね午後3時か4時頃には帰宅し、たまに被告の事務所に顔を出す程度であって、タイムカードや出勤簿に押印したこともなかった。

 原告は、平成11年6月24日午前10時35分頃、路上において普通貨物自動車を運転中、高血圧性脳内出血を発症し、進路前方に停止中の車両に追突する交通事故を起こした。原告は直ぐに病院に搬送されたが、最大血圧219mg最小血圧130mgであって、右上下肢不全麻痺と言語障害があり、その後リハビリを受けて杖なしで自力歩行が可能となり、血圧も正常化して、同年9月2日に退院した。原告は、退院後平成12年10月9日までリハビリ治療を受けたが、同年1月から車椅子を使用するようになり、同年7月6日頃をもって症状固定と判定され、身体障害者等級表1級に該当する状態となった。

 原告は、本件脳内出血と脳梗塞の発症は、被告の業務に起因し、被告の安全配慮義務違反によるものであるとして、被告に対し逸失利益、慰謝料等合計7166万8000円を請求した。これに対し被告は、原告に対する安全配慮義務は存しないこと、本件発症及び後遺障害は業務上の負荷によるものではなく、原告が起こした事故の後遺症であると主張して争った。
主文
1,被告は、原告に対し、6886万7651円及びこれに対する平成15年3月19日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。

2,原告のその余の請求を棄却する。

3,訴訟費用は被告の負担とする。

4,この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる。
判決要旨
1 被告は原告に安全配慮義務を負う立場にあったか

 原告は、被告において運送の業務に従事するに当たり、自己の所有・管理に属する普通貨物自動車を使用していたこと、原告はたまに事務所に顔を出す程度であり、タイムカードや出勤簿に押印したことがないこと、被告は、原告の売上げに応じて報酬を計算し、所得税の源泉徴収をしていたが、社会保険料等を控除していなかったこと、被告は、原告を運送の業務に従事させるに当たって、運送の経路の指定や高速道路の使用制限をしなかったことなどを指摘でき、これらの諸点に鑑みると、原告を被告の労働者と認めるのは困難であり、被告が原告を運転手として雇用していたということはできない。

 しかし、他方において、原告は被告から鮮魚の配達先や冷凍食品の積込み先の指示を受け、運送作業日報と受取伝票を被告の事務所に届けており、仕事に関しては従業員運転手と同様に被告から指示を受け、これに従って運送の業務に従事していたこと、原告は妻から仕事を休むように言われたものの、被告の意向に反して休みを取った運転手が被告を辞めざるを得なくなったこともあって、ほとんど休みを取っていなかったことなどを考慮すると、原告は被告の業務に従事するに当たり、時間的、場所的に従業員運転手とほぼ同様の拘束を受け、しかも専属的に被告の運送業務に携わっており、被告の意向に反して仕事を休むことができなかったのであるから、被告と原告との間には、雇用契約は認められないものの、原告が被告の指揮監督の下に労務を提供するという関係が認められ、雇用契約に準じるような使用従属関係があったということができる。したがって、被告は、信義則上、原告に対して安全配慮義務を負うべき立場にあったというべきである。

2 被告は原告に対する健康管理を怠ったか

 被告は、原告に対する安全配慮義務を負っており、具体的には、原告の労働時間、休日の取得状況について適切な労働条件を確保し、かつ、原告の労働状態を把握して健康管理を行い、その健康状態等に応じて労働時間を軽減するなどの措置を講じるべき義務を負うものである。

 原告は、平成10年6月から平成11年6月23日までの間、1ヶ月当たり417時間30分ないし540時間にわたって被告の運送業務に従事し、同業務に従事しなかった日数は平均して1ヶ月当たり2日に満たなかったこと、原告は、深夜から日中にかけて、助手や交代要員を置かず一人でトラックを運転し、鮮魚や冷凍食品を運送する業務に従事し、しかも積込みや荷卸しの作業をも行っていたもので、その仕事の内容は相当程度の緊張を伴うものであったことなどを指摘することができる。これに加え、トラック等の自動車運転者の労働時間については、長時間の過重な労働となりやすいことなどに鑑み、労働大臣告示「自動車運転者の労働時間の改善のための基準」が策定され、1ヶ月の拘束時間(始業時刻から終業時刻までの時間)は原則として293時間でなければならないことなど、通常の労働と異なる規制がされていることをも勘案すると、原告の業務内容は、原告に対して精神的、身体的にかなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらすものであったということができる。

ところが、被告は、原告の業務内容を十分把握していたにもかかわらず、原告から進んで仕事を休みたいと申し出ることのできない状況を作り出していたということができ、しかも被告が原告に健康診断を受けるよう指示したことはなかったと認められるので、以上の諸点を総合すると、被告は原告の休日の取得を妨げたとの非難を免れない上、原告の健康管理を怠り、その健康状態に応じて労働時間を軽減するなどの措置を講じず、原告を過重な業務に従事させたものであり、原告に対する安全配慮義務に違反したといわなければならない。

3 原告は過重な業務によって高血圧性脳出血及び脳梗塞を発症したか

 原告は、本件事故直前に高血圧性脳内出血を発症し、後遺障害として両上下肢障害が残存したということができる。

 原告は、本件事故前に脳内出血を発症するまでの約1年間だけを見ても、深夜から日中にかけて一人でトラックを運転し、1ヶ月当たり417時間30分ないし540時間にわたる運送の業務に従事しており、拘束時間が長く、しかも仕事を休んだ日が1ヶ月当たり平均2日に満たなかったのであり、被告において運送の業務を続けたことが精神的、身体的にかなりの負荷となって、慢性的な疲労を蓄積したのであるから、これが脳内出血及び脳梗塞を発症する原因となったということができる。もっとも、原告には脳内出血及び脳梗塞の危険因子の1つである高血圧症が見られたので、被告における過重な業務が原告の脳内出血及び脳梗塞の唯一の原因であるということはできないが、被告における運送の業務は原告に慢性的な疲労の蓄積をもたらすものであったこと、一般に慢性の疲労や過度のストレスの持続は慢性の高血圧症の原因の一つとなり得ると考えられていること、原告の脳内出血及び脳梗塞の発症について高血圧以外の危険因子である飲酒、喫煙、肥満、糖尿病等が作用したとは考えられないことなどに鑑みると、原告は運送の業務に従事したことにより、高血圧が日常生活の中で徐々に悪化する程度を超えて著しく増悪し、そのため脳内出血及び脳梗塞を発症したのであり、原告の被告における業務と脳内出血及び脳梗塞の発症との間には相当因果関係があるというべきである。

 以上のとおりであるから、原告は、被告における過重な業務によって高血圧ひいては高血圧性脳内出血及び脳梗塞を発症し、その結果、両上下肢機能障害の後遺症を負ったということができる。

4 原告の被った損害額

 原告は入院し、その医療費として48万2000円を、入院雑費を5万1000円を要したというべきであり、休業損害は60万4931円であったというべきである。

 原告が過重な業務により高血圧性脳内出血及び脳梗塞を発症したことの外、原告の入院期間、治療経過等をも勘案すると、原告が過重な業務を原因とする疾病のため被った精神的苦痛に対する慰謝料は、85万9000円を下回ることがないというべきである。

 原告は平成12年7月6日頃の症状固定時56歳で、就労可能年数が11年であったが、後遺障害のため身体障害者等級表1級に該当する状態となり、労働能力を100%喪失したということができ、原告の年収が480万円であったから、原告の逸失利益は3987万0720円となる。
 原告の後遺障害の内容及び程度に鑑みると、原告が過重な業務を原因とする疾病による後遺障害のため被った精神的苦痛に対する慰謝料としては、2700万円が相当である。
適用法規・条文
02:民法415条、709条,
収録文献(出典)
労働判例874号64頁
その他特記事項
本件は控訴された。

 ・法律  民法
 ・キーワード  配慮義務、慰謝料