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地公災基金和歌山県支部長(町役場職員)橋出血死控訴事件
- 事件の分類
- その他
- 事件名
- 地公災基金和歌山県支部長(町役場職員)橋出血死控訴事件
- 事件番号
- 大阪高裁 − 平成20年(行コ)第91号
- 当事者
- 控訴人個人1名
被控訴人地方公務員災害補償基金 - 業種
- 公務
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2008年12月18日
- 判決決定区分
- 原判決破棄(控訴認容・上告)
- 事件の概要
- A(昭和25年生)は、S町の職員として採用され、平成10年頃から同町民生課係長として勤務していた。Aは恒常的残業を続いていた中、平成11年6月1日から3泊4日で洋上老人大学の引率を行い、更に同年7月7日、遺族連合会主催の旅行に唯一のS町職員として随行し、出張先の旅館で橋出血を発症した(本件発症)。
Aは本件発症は公務上の災害に該当するとして、地方公務員災害補償基金和歌山県支部長に対し、地公災法に基づき公務災害の認定請求をしたが、同支部長は、本件発症が公務に基づくものではないとして公務外認定処分(本件処分)をした。その後Aは昏睡状態のまま平成15年2月16日に死亡したため、Aの妻である控訴人(第1審原告)が、本件処分の取消を求めて本訴を提起した。
第1審では、脳・心臓疾患の公務起因性について、当該公務による負荷がその他の要因に比して相対的に有力な原因となって発症させたことが必要であるとする見解(相対的有力原因説)を採用し、Aの公務が他の平均的労働者を基準にして特に過重であったとはいえないこと、Aには基礎疾患や多くのリスクファクターがあったことから、公務が本件発症の相対的有力原因とはいえず、公務起因性は認められないとして、控訴人の請求を棄却したことから、控訴人はこれを不服として控訴に及んだ。 - 主文
- 1,原判決を取り消す。
2,地方公務員災害補償基金和歌山県支部長が控訴人に対し平成15年8月27日付けで行った公務外認定処分は、これを取り消す。
3,訴訟費用は、第1、2審とも、被控訴人の負担とする。 - 判決要旨
- 当裁判所は、本件処分が違法であり、取り消されるべきであると判断する。
控訴人は、宿日直業務についても時間外勤務として算定すべきであると主張するが、その時間的な拘束は精神的・肉体的負担はあるものの、日直業務の内容は、町民からの戸籍関係の届出の預かり、電話の応対、郵便物の受領にとどまるもので、かかる届出や電話が頻繁にあると認める証拠もないから、その労働の密度は他の時間外勤務と異なる。そこで宿日直業務は時間外業務から除外する。
Aは、高血圧性橋出血のリスクファクターとされる高血圧を発症していたものであるが、血圧降下作用のある狭心症の治療薬を内服することで血圧を正常値に保っていたから、Aの高血圧症が本件発症の有力な原因になったとは必ずしもいえない。次に、Aは高血圧性橋出血のリスクファクターとされる糖尿病及び高脂血症を持病として有していたが、食事療法及び投薬治療により、Aの血中脂質はほぼ正常、血糖は正常ないし境界型と考えられる数値で推移していたことが認められるから、Aのこれらの疾病は軽度であり、かつ、治療等により良好にコントロールされていたということができる。更に、一般に脳血管疾患のリスクファクターとして、遺伝的要因が挙げられるが、Aの父に脳梗塞の発症歴があることが認められるものの、その程度等は明らかでない上、Aの他の親族が脳血管疾患を有していたと認める証拠はないことから、Aに脳血管疾患の遺伝的要因があるとまではいい難い。また、脳内出血は60代以上、橋出血は50代以上で自然発症する場合が多いとされるが、Aは未だ48歳にすぎないから、年齢的に橋出血のリスクが高かったとまではいえず、Aは喫煙をせず、肥満体でもなかった。
以上によると、一般に、高血圧性橋出血のリスクファクターとして挙げられるもののうち、Aにそのまま当てはまるものは、性別が男性であることくらいであり、それ以外の要素について上記で検討したことを総合しても、Aの基礎疾患等が、本件発症以前に、自然的経過により橋出血を発症させる程度にまで増悪していたとは認め難い。
Aの担当する福祉行政は、その性質上、解決困難な問題や解決に長い時間を要する問題も多く、また、住民、病院等からの苦情や相談、約56名の民生委員からの相談などが、勤務時間に関係なく次々と持ち込まれていたことからすると、Aの業務が相当に精神的な負担を伴うものであったことは否定できない。また、平成10年以降福祉係に新たな業務がいくつも加わったこと、同年8月に福祉係の主事が別の係との兼務となり、平成11年4月には同主事の替わりに新人が配属されたことで、Aの業務は一層増加したものと認められ、更にAには、選挙の担当者として同月中の休日に早朝から深夜まで勤務した日が2日あったなど、福祉係以外の勤務もあったのである。
発症前1ヶ月間ないし6ヶ月間にわたって、1ヶ月当たり概ね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と脳・心臓疾患発症との関連性が徐々に強まるとの報告があるが、Aの本件発症前6ヶ月間の平均時間外労働時間は、1ヶ月当たり56時間33分に達していたものであり、Aにはこれ以外にも、宿日直業務があったほか、休日でも緊急の呼び出しに備え、常に携帯電話を持参していたことからすると、Aの業務は量的にも相当な負担を伴うものであったということができる。以上に加え、本件発症後、福祉係において、副課長が係長の上に置かれるという人的体制の強化が図られたことをも勘案すると、Aの日常業務は、精神的・肉体的に相当な負担を伴う業務であったということができる。
Aは同年6月1日から4日まで、洋上老人大学に随行したが、船内の2泊は相部屋での宿泊であったことから、精神的にも肉体的にも相当な負担を伴う業務であったということができる。また、その翌日から本件発症までの約1ヶ月間において、Aは週末に完全な休日が取れなかったほか、平日は同月14日に7時間の時間外労働に従事するなど残業が恒常化し、本件発症前1週間においては、連日招魂祭の準備作業が続き、休日である7月3日に、午前8時から午後4時まで行われた招魂祭への参加業務があったものである。本件発症前1ヶ月間のAの時間外労働時間の合計は75時間30分に及び、これ以外に宿日直業務もあったことをも勘案すると、Aの業務は、量的に相当な負担を伴うものであったということができる。招魂祭の翌4日の日曜日は完全な休日であったが、Aはほぼ1日中寝たままであり、また翌5日及び6日は急遽決まった靖国旅行への随行業務の準備に負われ、帰宅後はなかなか寝付けなかったことが認められ、この頃、Aの疲労が相当蓄積していた様子が窺われる。以上によると、洋上老人大学の随行業務及び本件発症前1ヶ月間のAの業務は、日常の業務と比べて、一層精神的及び肉体的な負担を伴う業務であったということができ、Aは疲労が蓄積したまま本件発症に至ったものと認めることができる。
Aは、同年7月7日午前6時頃にバスに乗車し、午後6時15分まで高齢者のバス観光の引率業務に従事したが、他に旅行の責任者がいたとはいえ、S町から9名の参加者がいたことや行程の遅れなどがあったことから、Aにはそれなりの緊張感が持続していたものと推認される。また、その間になされた明治村における参加者の捜索は、日頃運動しているわけでもないAが、5分ないし10分程度S町からの参加者を捜索したものであって、付近には上り坂もあり、夕刻とはいえ、気温は27度ないし28度あった。そして、予定より1時間程度遅れて宿泊所に着いた後、Aは休憩を取ることなく、参加者の部屋割等の業務をし、宴会が始まった後も、スーツを着替えることもなく参加者に酌をして回るなどしていたが、その途中で身体の異常が現れ、本件発症に至ったものである。更に、仕事の要求量が多く、裁量度が低く、周囲からの支援が少ない業務では精神的緊張が生じやすいが、精神的ストレスはとりわけ高血圧者又は境界域高血圧者の血圧を即時的に上昇させるという報告があるところ、本件発症当日のAの業務は、仕事の要求量は多いが、主催が遺族連合会であったため、A自身の裁量度は低く、またS町の職員としてはAのみが参加したことから周囲の支援も少ないものであったといえるから、高血圧症を有するAの血圧がこれにより上昇した可能性も否定できない。
以上によると、本件発症当日のAの業務は、従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえず、それまでの過重の業務の継続と相俟って、Aに精神的及び肉体的に過重な負担を与えたものということができる上、急激な血圧の上昇を招きかねない精神的ストレスを与えた可能性も否定できないから、Aの基礎疾患等をその自然の経過を超えて急激に悪化させる要因となり得るものというべきである。
以上説示したAの基礎疾患の程度、Aの業務の過重性に加え、長時間の労働及び業務に伴う精神的ストレスが脳・心臓疾患及び血液上昇に有意な影響を与えるという医学的知見をも併せ考えれば、Aの基礎疾患等が、本件発症当時、その自然の経過によって橋出血を発症させる寸前にまで増悪していたとみることは困難というべきであり、他に確たる増悪要因を見出せない本件においては、Aが本件発症前に従事した業務による過重な精神的・身体的負担がAの基礎疾患等をその自然の経過を超えて増悪させ、本件発症に至ったものとみるのが相当であって、その間に相当因果関係を肯定することができる。本件発症は、地方公務員災害補償法にいう公務上の災害に当たるというべきである。 - 適用法規・条文
- 05:地方公務員法地方公務員災害補償法31条、45条
- 収録文献(出典)
- 判例タイムズ1344号91頁
- その他特記事項
- 本件は上告された。
・法律 地方公務員災害補償法、労災保険法
・キーワード 配慮義務
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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