判例データベース

川崎南署長(大手ハンバーガーチェーン従業員)急性心臓死事件

事件の分類
その他
事件名
川崎南署長(大手ハンバーガーチェーン従業員)急性心臓死事件
事件番号
東京地裁 − 平成19年(行ウ)第615号
当事者
原告個人1名

被告国
業種
公務
判決・決定
判決
判決決定年月日
2010年01月18日
判決決定区分
認容(確定)
事件の概要
Tは、大学卒業後の平成11年4月に、大手ハンバーガーチューンのM社に入社し、高校から大学にかけて約8年間同社でアルバイトをして店舗運営に習熟していたことから、研修終了後本件店舗に配属され、第二店長代理として交替制勤務の各種業務に従事していた。Tは、平成11年6月14日と平成12年6月14日に定期健康診断を受診したが、肥満、高血圧症、糖尿病及び高脂血症等心臓疾患につながる項目について異常所見は見られなかった。

 本件会社ではTが作成した本件システムを50店舗で導入しており、1ヶ月に1回更新する必要があったところ、Tは上司であるXの指示により本件システムのメンテナンスを行っていたが、直属上司の店長は本件システムに消極的で、Tの作業を黙認するという態度であった。Tは本件システムの更新作業、新製品の準備、IOC研修のための勉強等について、相当長時間自宅でパソコン作業等を行っていた。

 Tは、平成12年11月7日正午頃出勤し、午後10時32分に通常勤務終了後、午後11時30分頃から始まった清掃業者による店舗清掃の立会のため、翌8日午前5時30分頃まで勤務した。Tは一旦退社した後、正午頃かに再び出勤したが、出勤後間もなく倒れ、病院に搬送されたが、同日午後1時01分に急性心機能不全、いわゆる「突然死」により死亡した。Tの本件疾病発症前6ヶ月間の労働時間及び休日は、発症1ヶ月前79時間30分、8日、2ヶ月前68時間、10日、3ヶ月前46時間30分、12日、4ヶ月前86時間30分、6日、5ヶ月前86時間30分、6日、6ヶ月前71時間00分 7日であった。

 Tの母親である原告は、Tの本件発症及びそれによる死亡は業務に起因するものであるとして、労働基準監督署長に対し、労災保険法に基づき、遺族補償年金及び葬祭料の支給を請求したところ、同署長は、平成14年10月2日これを不支給とする処分(本件処分)をした。原告は本件処分を不服として審査請求、更には再審査請求をしたが、いずれも棄却の裁決を受けたため、本件処分の取消しを求めて本訴を提起した。
主文
1,川崎南労働基準監督署長が平成14年10月2日付けで原告に対してした労働者災害補償保険法に基づく遺族補償給付及び葬祭料を支給しない旨の処分を取り消す。

2,訴訟費用は被告の負担とする。
判決要旨
1 業務起因性の判断基準

 労災保険法に基づく保険給付は、労働者の業務上の死亡等について行われるのであり、労働者の死亡等を業務上のものと認めるためには、業務と死亡との間に相当因果関係が認められることが必要である。そして、労災保険制度が、労働基準法上の危険責任の法理に基づく使用者の災害補償責任を担保する制度であることからすれば、上記の相当因果関係を認めるためには、当該死亡等の結果が、当該業務に内在する危険が現実化したものであると評価し得ることが必要である。

2 Tの死因及び本件疾病と業務との条件関係

 Tの本件疾病発症前2〜6ヶ月の平均時間外労働時間は、64時間40分〜73時間45分であり、全て45時間を超えている。してみると、一般的な経験則に照らせば、業務と本件疾病発症との関連性が強まっている労働時間であるということができる。そして、Tが自宅で行った作業は、明示的な業務命令はないものの、パソコン作業等のうち、本件システムに関する作業については、上司であるXの指示によるものであること、直接の上司である店長には、店舗での作業を黙認されるという程度の評価しか受けず、後に休日出勤を止められたという事情からすれば、相当に長時間に及ぶ自宅でのパソコン作業等にも業務遂行性を認めるべきである。Tの労働時間の把握は困難であり、特に自宅への持ち帰り残業について、Tは業務と関係のないインターネットやゲーム等をも行いながら遂行しているものの、少なくとも一定量の業務をある程度の時間を費やしていたと推認できるのである。そうすると、本件疾病発症前6ヶ月間におけるTの時間外労働時間は、月当たり概ね平均80時間を超える範囲に達していた月が相当程度あった蓋然性が高いといわなければならず、業務と本件疾病発症との関連性が強いと評価することができる。

3 Tが従事していた業務の性質

 本件会社における業務のシフトは不規則な勤務であって、その性質上、深夜勤務を含む業務形態であり、しかも、Tを始めとする正社員は、所定労働時間を超えて勤務することがほとんどで、勤務実績どおりに時間外労働を申告しておらず、いわばサービス残業を行うことが常態化していた勤務態勢であったことを指摘しなければならない。この業務形態は、単に交替制の深夜勤務というだけでなく、業務の不規則性や実際の労働時間の長さに、心理的にも長い拘束時間を従業員に意識させるものであり、心血管疾患に対するリスクを増大させる要因となるものである。

 次に、自宅に持ち帰っていたパソコン作業のうち、本件システムの更新に関する業務は、本件システムはTが開発したものであること、Xの指示によるものの、店長との関係では本件店舗内で作業することが憚られる環境にあり、しかも、後に休日の出勤を禁止されたことからすれば、そのメンテナンス作業はT自身の責任を感じさせられる作業であって、精神的な緊張を強いられるものといわなければならない。そして、平成12年11月半ばには本件会社のパソコンが入替になる予定があり、本件システムの更新が必要になっていたこと、厳密な意味での業務内容とは言い難い面の否定できないものの、時を同じくして、同月中に本件会社のIOC研修に参加することになっており、Tは自宅でもこの研修に参加するための予習を行っていたことが窺えるものであり、これらの期限の設定された業務が重なることは、ストレスを亢進させる事情であるということができる。

 以上のような本件会社における業務の内容、Tに課せられた業務の内容と態様、本件疾病発症前後の事情は、いずれもTが相応のストレスに晒されており、負荷のかかる業務に従事したことを裏付ける事情であるといわなければならない。

4 本件疾病発症前の負荷

 本件疾病発症前1ヶ月間は、Tの時間外労働時間が算定可能なだけで79時間30分であったこと、深夜にわたる勤務が10回、11回のシフト変更があったこと、本件疾病発症前1週間には、算定が可能なだけでも時間外労働時間が24時間30分で、深夜にわたる勤務が2回、シフト変更が2回あったこと、本件疾病発症日の前日である平成12年11月7日正午頃出勤し、翌8日朝5時30分まで16時間30分(拘束時間17時間30分)の間労働したこと、この勤務は修正シフトによる通常の労働時間13時間(拘束時間14時間)を3時間30分超えるという事情が認められる。もとより、シフト変更には概ね休日が挟まれており、休日が一定程度あったことは認められるが、本件疾病発症の段階では、更に業務の負荷が増大したものということができる。

5 小 括

 Tには、従前の健康診断で、脳・心臓疾患の原因となる異常は認められず、解剖所見でも特記すべき異常が認められないものであり、本件会社の業務により、負荷の強い業務に長期間にわたって晒され、更に直前の業務の負荷が増大することにより、自律神経の過度な緊張を来し、疲労蓄積や過労状態の発症に強く関連し、心室細動等心臓刺激伝達系の異常を引き起こした可能性が極めて高いということができる。そうすると、Tには何らかの基礎疾患が存在していた可能性はあるものの、上記のメカニズムにより、業務上の過重負荷によりその自然の経過を超えて増悪して本件疾病が発症したということができる。すると、本件疾病の発症は、本件会社におけるTの業務に内在する危険が現実化したものと評価でき、業務と本件疾病との間には相当因果関係があることを認めることができる。

 以上によれば、Tの死亡は業務に起因すると認められるところ、Tの死亡が業務に起因するものではないことを前提とする本件処分は違法であり、取消を免れない。
適用法規・条文
99:その他 労災保険法7条1項、16条の2、17条,
収録文献(出典)
判例時報 2093号152頁
その他特記事項
・法律  労災保険法

・キーワード  配慮義務