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S社ホテル部長二重解雇事件
- 事件の分類
- 解雇
- 事件名
- S社ホテル部長二重解雇事件
- 事件番号
- 東京地裁 − 平成11年(ワ)第9794号
- 当事者
- 原告 個人1名
被告 株式会社 - 業種
- サービス業
- 判決・決定
- 判決
- 判決決定年月日
- 2000年08月25日
- 判決決定区分
- 一部認容・一部却下(控訴)
- 事件の概要
- 被告は、ホテルの経営及び不動産関連事業を業とする株式会社で、S社が中心となっているSグループに属しており、原告は、平成2年3月、S社に入社して不動産部に配属され、平成4年8月にホテル事業部管理課長を経て、平成6年12月同部部長に昇進した。原告は平成9年8月21日、被告に転籍になり、被告のホテル事業部長として、Sグループの関連会社が経営するホテルの運営管理を担当していた。
I社長は、平成9年11月頃、ホテル数の減少が予想されるとして、原告に対し賃金を減額する旨の話をしたところ、原告はこれに合意したが、具体的な額については明確にされず、その後被告は賃金の減額を行わないまま、平成10年5月25日付けの書面により、原告をS社の就業規則に基づき解雇するとの意思表示を行った(第一次解雇)。原告は同年7月に地位保全の仮処分(別件仮処分)を申し立てたところ、被告に対し月額55万円の賃金仮払を命ずる仮処分命令が発令された。そして被告は、同年12月7日付けで、原告に対し、第一次解雇を撤回し、原告の部長職を解職し、賃金を35万2000円等とする旨の通知を行ったところ、原告は第一次解雇後の平成10年7月分から11月分までの賃金支払を求める訴訟を提起し、平成11年1月10日、原告の請求を認容する判決(別件判決)が言い渡された。
第一次解雇撤回後、原告の勤務に関し、原告代理人と被告との間でやりとりが行われたが、被告は平成11年3月30日付けで、被告が職場復帰を催告しても原告はこの命令を無視した外、職場復帰を求められていた間に貸金業を営むR社を設立し、その代表者となったが、これは被告の禁ずる二重就業に当たるとして、就業規則54条5号(正当な理由なく無断欠勤が3日以上に及ぶもの)、7号(職務上の指示命令に違反し、その職務遂行を妨げた時)及び18号(その他前各号に準ずる行為のある時)に該当するとして、原告を懲戒解雇処分に付した(第二次解雇)。
これに対し原告は、被告は、第一次解雇撤回後、合理性のない賃金引下げを一方的に提案し、原告の求める過去の賃金の支払、復職後の労働条件等の具体的提案に応じないまま、原告に形式的な出勤を求め、その後欠勤を理由として原告を懲戒解雇したものであって、同解雇は解雇権の濫用として無効であること、懲戒解雇の根拠とされた就業規則は、S社のものをそのまま流用し、適式な意見聴取の手続きもとられていないから、就業規則としての効力を有しないことを主張した外、原告は第一次解雇以降生活が困窮したため、平成10年12月24日からK建設に日給制の臨時雇として稼働し、K建設の社長からの依頼で形式上代表取締役に就任したに過ぎず、被告が主張するような二重就業に当たるものではないとして、本件懲戒解雇の無効と、未払賃金の支払いを請求した。 - 主文
- 1 原告が被告に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、326万円及びこれに対する平成11年4月26日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
3 被告は、原告に対し、平成11年5月から本判決確定に至るまで毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。
4 原告の請求中、本判決確定の日の翌日から毎月25日限り65万2000円及びこれに対する各支払日の翌日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求める部分を却下する。
5 訴訟費用は、被告の負担とする。
6 この判決は、第2項及び第3項に限り、仮に執行することができる。 - 判決要旨
- 1 懲戒解雇の効力
本件就業規則は、被告において労働者の過半数を代表する者の意見を聴いたものとはいえないから、労基法90条の定める手続に欠けるものと認められる。しかしながら、原告ら被告の従業員はS社から転籍した者であり、被告の原告に対する第一次解雇もS社の就業規則を根拠規定として明示した上でなされるなどしており、本件就業規則の内容は被告の従業員に対し実質的に周知されていたものと認められるから、前記手続の欠嵌により本件就業規則が無効となるということはできないものと解される。
本件において、被告は、第一次解雇が無効であるとして原告に対する月額55万円の賃金仮払いを命ずる別件仮処分が発令された直後において、原告に対し第一次解雇を撤回する旨の通知をしたが、その際、原告の部長職を解職し、賃金は月額65万2000円から35万2000円に引き下げるとしたものであるが、このような内容は本件懲戒解雇に至るまで一切原告には知らされておらず、被告が原告に通知したのは、第一次解雇撤回後、部長職を解任し、賃金は引き下げるとするに止まり、復職後の勤務内容等は全く明らかにされていなかった上、右の復職後は課長職程度を担当させるというI社長の考えについても、どの程度の現実性を有していたものであるかは、極めて不確定であったといわざるを得ない。
このような状況の下において、原告が、第一次解雇が撤回されたとしても、復職後の勤務条件に不安を持ち、原告代理人を通じて被告に対し勤務内容を明らかにするよう申し入れ、また被告が第一次解雇を撤回した以上、解雇期間中の過去分の賃金を速やかに支払うよう求めるのは当然であるといえ、これに対し、被告は原告代理人に対し原告の今後の担当業務等を具体的に説明したり、明らかにするなどの対応は全くしないまま、直接原告本人に来社するよう強く求めるのみであったのであり、これら一連の事実を総合考慮すれば、原告が職場復帰命令に応ぜず就労しなかったとして、無断欠勤及び職務上の指示命令違反を理由としてなされた本件懲戒解雇は、社会的相当性を欠くもので、解雇権の濫用に該当し、無効であるというべきである。
また、被告が、原告がK建設において就労したこと及びリース会社の代表取締役となったことが二重就業に該当するとしてした第二次懲戒解雇についてみるに、就業規則上、二重就業は服務規律違反には該当するが、二重就業自体が懲戒事由として規定されているものではないこと、原告は第一次解雇撤回にもかかわらず被告が解雇期間中の過去分の賃金を支払わないため生活費が不足し、日給制の臨時雇としてK建設でアルバイト勤務したに止まること、またリース会社については貸金業を営む相当額の資金を原告が有していたとも認められず、原告がリース会社から取締役報酬の支払を受けたこともないことからすれば、原告はリース会社の代表者として名義を貸したに止まると認められること等の事実関係に第一次解雇撤回後の経緯を併せ考慮すれば、被告が原告に二重就業があるとしてした第二次の懲戒解雇も解雇権の濫用に当たると言わざるを得ない。よって、被告の原告に対する本件懲戒解雇及び第二次懲戒解雇はいずれも解雇権の濫用に該当し、無効なものと認められるから、原告は被告の従業員としての地位を有するというべきである。
2 未払賃金請求権等の存否
労働者は債務の本旨に従った労務の提供として就労しなければ賃金を請求することはできないのが原則であるが(民法624条1項)、違法な解雇など使用者の責に帰すべき事由によって労務の提供が不能になった場合には、労働者は賃金債権を失わない(民法536条2項本文)。ただし、同条項適用の前提としても労働者が債務の本旨に従った労務の提供をする意思を有し、使用者が労務の提供を受領する旨申し出れば労働者においてこれを提供できる状況にあることが必要というべきである。
これを本件についてみると、第一次解雇撤回後、原告は被告に対し、部長職の解任及び賃金の引下げは不当であると通知するとともに、職場復帰については、就労開始日、就労場所及び勤務内容の明示を求め、就労の意思を書面により通知して口頭による労務を提供していたものと認められ、本件復帰命令自体を拒否する意思を表示していたことはなく、他方、被告は、復職後の原告の職務内容等の明示に全く応じなかったものであり、また、本件懲戒解雇及び第二次懲戒解雇後は、原告の就労を事前に拒否する意思を明確にしていたものであるから、原告の労務を遂行すべき債務の不履行は被告の責に帰すべき事由に基づき履行不能となったものといえ、原告は被告に対する未払賃金請求権を有すると認められる。したがって原告は、平成10年12月分以降の未払賃金請求権を有するといえるが、雇用契約上の地位の確認と同時に招来の賃金を請求する場合には、地位確認の判決確定後も被告が原告からの労務の提供を拒否してその賃金請求権の存在を争うことが予想されるなど特段の事情が認められない限り、賃金請求中判決確定後に係る部分については、予め請求する必要がないと解されるから、右特段の事情の認められない本件においては、本判決確定後の賃金請求は不適法というべきである。 - 適用法規・条文
- 民法536条2項、624条1項、労働基準法89条、90条
- 収録文献(出典)
- 労働判例794号51頁
- その他特記事項
- 本件は控訴された。
顛末情報
事件番号 | 判決決定区分 | 判決年月日 |
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