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建設会社転進支援嘱託更新拒絶事件

事件の分類
雇止め
事件名
建設会社転進支援嘱託更新拒絶事件
事件番号
神戸地裁 − 平成15年(ワ)第2564号
当事者
原告 個人11名 A〜K
被告 株式会社
業種
建設業
判決・決定
判決
判決決定年月日
2005年05月18日
判決決定区分
棄却(控訴)
事件の概要
被告は建設工事等を業とする株式会社であり、原告らはいずれも被告の元従業員である。

 被告は、人員削減策として、平成10年4月1日より「ニューライフ支援制度」と称する中高年早期退職制度を施行し、従業員に対する早期退職の勧奨を始めた。この制度の下では定年選択制度の対象者の年齢条件が満48歳以上に引き下げられるとともに、転進支援として、満55歳以上の従業員の早期自主退職の動機付けを図るための優遇措置として、早期退職に応じれば月額20万円の嘱託支給金の支給を受けられることとした。その後被告は、転進支援制度の適用は平成11年12月20日までに申し出た者、定年選択制度の適用を申請する者は退職日を平成12年3月末日までの期間で選択できることとした。

 原告らは、転進支援制度の適用を受け、同制度の下での定年選択制度の適用を選択して被告を退職した上、それぞれと被告との間で非常勤嘱託契約(本件嘱託契約)を締結し、その後毎月20万円の嘱託手当金の支払いを受けていた。ところが、ニューライフ支援制度を導入した直後より、建設業を巡る情勢は更に急激に悪化し、被告は一般管理費の削減や工事原価の低減等の努力をしたが、それを上回る勢いで景気が悪化した。

 被告は、平成13年以降、「新経営革新計画」に基づき、金融機関からの債務免除を受けると共に、役員報酬や従業員の給与の引き下げ等を行ったが、更に平成14年5月に被告の元副支店長が競争入札妨害罪で逮捕され、国や市長村から指名停止処分を受け、被告の業績に多大な影響を受けることになった。このような中で、被告は再度の債務免除を受けて倒産を免れるため、可能な限りの経営改善措置を行わざるを得なかったことから、同年9月30日付けで、原告ら転進支援制度選択者に対し、その期間満了をもって終了させ、更新しない旨通知した。

 原告らは、60歳まで就労義務のない1年更新の非常勤嘱託契約により、退職金の延払としての月額20万円の嘱託手当金の支給を受ける権利があるとして、嘱託手当金を原告それぞれに対し、160万円から480万円を支払うよう要求した。
主文
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
判決要旨
1 本件契約の性質及び内容

 原告らは、ニューライフ支援制度による早期退職者に対する優遇制度が見直されることとなり、それまでの定年選択制度及び転進支援による優遇制度の適用に期限が設けられたことを踏まえ、それらの制度の適用を受けるために早期退職した上、被告との間で本件嘱託契約を締結したものであるところ、原告らはいずれも、同契約の期間を1年間とし、当事者双方から特段の意思表示がない限り更新されるとの約定が記載された本件各契約書に異議なく署名押印して被告に提出し、もって本件嘱託契約を締結したのであるから、特段の事情がない限り、本件各契約書記載の約定により本件嘱託契約を締結したものと認めるのが相当である。しかるところ原告らは、本件嘱託契約は形式的に締結されたもので、嘱託手当金の実体は退職金の延払いであると主張しているが、被告から原告らに対し、加算金を含めた退職金は別途支払われているし、本件嘱託契約に基づく給付は、勤続年数とは無関係に一律月額20万円を嘱託手当金名目で支給するものであり、失業保険の受給期間中は支給しないこと、退職金の一部が延払いないし年金払いされることは通常あることであり、本件の嘱託手当金の実体が退職金であれば、形式的にもそれとして給付することに支障がないと思われるのに、非常勤嘱託契約に基づく給付という形式をとり、委嘱期間や嘱託手当の金額等に関し嘱託規程の整備もしていることからして、その実体が退職金であるとみることは困難であって、中高年従業員の早期退職を奨励するために従業員の退職後の所得を補填する趣旨で支給される一種の助成金ないし奨励金と認めるのが相当である。以上、上記特段の事情が存することを肯認できず、本件嘱託契約は、本件各契約書に記載の約定により成立したものと認められる。

 原告らは、仮に本件各契約書に記載のとおりの合意が成立したとされるとしても、同契約書用紙は原告らが退職してから数ヶ月後に送付されてきたもので、後出しであるとするなど、信義則に反し無効であると主張する。しかし、原告らが退職願等を被告に提出してから1ヶ月前後の時期に、契約書用紙が原告らに配布ないし提示されているし、原告らはそれぞれ同契約書における上記の記載に何ら異議を留めず署名押印し、本件嘱託契約を締結したものであること、上記の契約期間や更新に関する記載は署名欄の上部に欄内の記載と同じ大きさの文字で記載されており、格別気付きにくいものとは思われないこと、「ニューライフ支援制度Q&A」には、転進支援制度の適用を受けるために「嘱託契約書」の提出が必要であることが明記されていたし、その契約書用紙は、原告らが退職願等を提出した時期以前から、同制度の窓口とされる各支店の管理部に備え置かれていたことが認められ、被告が殊更本件嘱託契約につき、その契約条件が付されることを隠蔽したとは認められないこと、被告神戸支店において、原告らより先に転進支援制度を選択して退職した従業員が9名おり、そのうち7名は原告らが退職願を提出するより先に非常勤嘱託契約を開始しているところ、それらの者は上記契約書と同内容の契約書により本件嘱託契約を締結したと想定されること、原告らはニューライフ支援制度による早期退職に対する優遇制度が見直されることとなったため、駆け込み的に同制度の適用を受けるため早期退職し、転進支援制度の適用を選択したものであること、ニューライフ支援制度による優遇措置としては退職金の加算もあるのであり、嘱託手当金を受給し得ることのみが選択に当たっての唯一の判断要素ではないのみならず、原告らは、被告会社の先行きへの不安感や社内における自らの将来性、更には自らの人生設計等を含め判断したものと考えられ、単に経済的な得失や犠牲的精神のみで判断したものとも思われないことなどを考慮すると、上記約定が信義則に反するものとは認められない。

以上により、原告らがそれぞれ被告と締結した本件嘱託契約の期間は1年であり、双方から特段の意思表示がなければ更新されるが、被告において、「事業の都合上やむを得ないと認められるとき」には更新拒絶が可能と解される。

2 更新拒絶は「事業の都合上やむを得ないと認められる」か

 被告は、平成14年9月当時、それまでも数度にわたり経営改善策を策定し、実行していたにもかかわらず、依然として経営状態が改善せず、約3000億円の債務超過状態にあり、倒産の危機を回避するために金融機関から約3200億円の債務免除を受けなければならなかったことが認められるから、原告らに対する転進支援制度を打ち切ることにより、約4億6000万円の費用を削減したことは「事業の都合上やむを得ない」事由があると認められる。

 原告らは、被告の経営状況の悪化は、景気低迷などの外部要因よりも、むしろ社会的不正行為等の幹部クラスの不祥事の続発によると主張するところ、幹部の不祥事が被告の経営状況に悪影響を与えたことはその通りであるが、それが主たる原因とまでは認められず、転進支援制度の打切りが、専ら幹部クラスの不祥事の結果を原告らに転稼するものとはいえない。また原告らは、転進支援制度打ち切りによる費用削減の効果は約4億6000万円程度であって、原告らの早期退職による約110億円の費用削減効果と比して小さいと主張するが、平成14年9月当時において、被告は倒産回避のため金融機関から巨額の債務免除を受けなければならない状況にあったのであり、法的な再建手段によらずにそのような救済措置を受ける以上は、可能な限りの自助努力をする必要があったと考えられるところ、個々の費用削減の効果は大きくなくとも、その集積により大きな成果をもたらすことになるのであり、したがって、上記の金額の多寡は転進支援制度打ち切りの必要性を否定するものとはいえない。

 なおまた原告らは、転進支援制度の打ち切りによる原告らが受ける影響の大きさを主張するところ、原告らが受ける影響の大きさは十分理解できるところであり、更新拒絶を許容し得る場合は極めて限定されるべきものといえるが、平成14年9月当時の被告の経営状況に鑑みると、本件の更新拒絶が「事業の都合上やむを得ない」事由によることを肯認することができる。よって、被告の原告らに対する本件嘱託契約の更新拒絶は正当な事由に基づくもので、有効であると認められる。
適用法規・条文
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収録文献(出典)
労働判例922号79頁
その他特記事項
本件は控訴された。

 ・法律

 ・キーワード  雇止め・更新拒絶